第24話「忘れた場所」
巨大な目だった。
「……っ」
喉が鳴る。
黒い穴の奥。
暗闇の中。
それだけが見えている。
瞬きをしない。
ただ。
じっとこちらを見ていた。
大きい。
距離感がおかしい。
人間じゃない。
なのに。
どこか見覚えがあった。
「見るな!!」
男が怒鳴る。
反射的に目を逸らす。
だが。
遅かった。
視界が揺れる。
ぐらり。
足元が消える。
「っ!」
屋上。
夜風。
給水タンク。
全部が遠ざかる。
代わりに。
水音が響く。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
暗い。
寒い。
そして。
静かだった。
「……ここ」
知らない場所。
いや。
違う。
知っている。
思い出せないだけだ。
足元を見る。
黒い水。
浅い。
だが。
どこまでも続いている。
天井はない。
壁もない。
ただ。
暗闇だけが広がっていた。
「……は?」
声が震える。
前方。
何かが浮いていた。
写真。
古い写真だった。
思わず拾う。
そこには。
俺がいた。
小学生くらい。
知らない公園。
知らない友達。
知らない景色。
「……誰だ」
見覚えがない。
なのに。
俺だった。
裏返す。
何も書かれていない。
その瞬間。
写真が溶けはじめる。
黒い水になる。
「えっ!?」
思わず落とす。
ちゃぷん。
波紋が広がる。
すると。
周囲に次々と浮かび上がった。
写真。
ノート。
鍵。
スマホ。
折れた傘。
ゲーム機。
見覚えのある物。
ない物。
大量。
無数。
全部。
水面を漂っていた。
「なんだよ……これ」
『忘れたものだ』
声。
振り向く。
フードだった。
一人。
水の上に立っている。
「……お前」
『捨てたものだ』
「意味が分からねぇ」
『覚えていないだろう』
赤い目。
静かな声。
『だからここにある』
ぞわり。
嫌な予感。
頭の奥がざわつく。
「……ここは」
フードは答える。
『底じゃない』
水音。
『入口だ』
その瞬間。
遠くで。
誰かが泣いた。
子供の声。
「……っ」
振り向く。
暗闇。
誰もいない。
だが。
また聞こえる。
泣き声。
近い。
どこかで聞いたことがある。
懐かしい。
なのに。
思い出せない。
『行くな』
フードが言う。
「は?」
『まだ早い』
その言葉。
どこかで聞いた。
順番。
見るな。
聞くな。
近づくな。
全部同じだ。
「なんでだよ」
『思い出すからだ』
静かな返答。
「思い出したらどうなる」
沈黙。
フードは少しだけ考えて。
そして。
『戻れなくなる』
空気が凍る。
「……」
『俺達みたいに』
赤い目が揺れた。
その瞬間。
背後から。
誰かに肩を掴まれた。
「っ!!」
振り向く。
子供だった。
びしょ濡れ。
泣いている。
顔は見えない。
だが。
分かった。
直感だった。
これは。
俺だ。
そして子供は。
震える声で言った。
「なんで忘れたの?」
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