第21話「流れ込む」
『来い』
その声は。
全部。
俺だった。
「っ……!」
頭痛。
視界が揺れる。
無数のフード。
赤い目。
全員がこっちを見ている。
『来い』
『こっちだ』
『もうすぐだ』
『間に合う』
声が重なる。
頭の奥に直接流れ込んでくる。
「やめろ……!」
耳を塞ぐ。
意味がない。
聞こえる。
止まらない。
「下がれ!」
男が叫ぶ。
だが。
足が動かない。
フード達の向こう。
給水タンクの裏。
暗闇。
そこに。
何かが見えた。
穴だった。
「……は?」
屋上のはずだった。
なのに。
暗闇の奥に。
丸い穴。
黒い水が渦を巻いている。
ありえない。
距離感もおかしい。
大きさも分からない。
ただ。
見ているだけで。
吸い込まれそうになる。
『見ろ』
声。
『思い出せ』
『お前もいた』
頭が痛い。
知らない景色が流れ込む。
風呂。
石。
湯気。
完成した浴槽。
そして。
崩壊。
「っ……!」
喉が鳴る。
見たことがない。
なのに。
知っている。
次。
別の景色。
木造の浴場。
天井が落ちる。
誰かが叫ぶ。
黒い水。
排水口。
赤い目。
終わり。
「……ぁ」
また。
次。
また。
次。
また。
違う。
全部違う。
なのに。
作っているのは全部同じ風呂だった。
「やめろ!!」
男が俺を突き飛ばす。
視界が揺れる。
その瞬間。
全部消えた。
屋上。
夜風。
給水タンク。
現実に戻る。
「……はぁ……っ」
呼吸が荒い。
男が胸ぐらを掴む。
「何見た」
「……」
「何見た!」
初めてだった。
こいつがこんな声を出すの。
「……風呂」
言葉を絞り出す。
「いっぱい」
「……」
「全部失敗してた」
男が固まる。
数秒。
沈黙。
そして。
「見えたのか」
小さく呟いた。
「何が」
男は答えない。
代わりに。
無数のフードを見る。
赤い目。
誰も動かない。
ただ。
見ている。
待っている。
そんな感じだった。
「え?」
俺は男を見る。
「こいつら」
言葉が続かない。
「……何なんだ」
「……」
「なんで俺の声なんだ」
「……」
「何番目って何だよ」
男は俯く。
しばらく。
本当にしばらく黙って。
そして。
諦めたみたいに口を開いた。
「順番を外した奴らだ」
風が吹く。
ぴちゃん。
どこかで水が落ちる。
「外した?」
「ああ」
男はフード達を見る。
「お前みたいにな」
意味が分からない。
「俺は何も——」
「もう外れてる」
即答だった。
「だから見える」
背筋が冷える。
「普通は見えねぇんだよ」
赤い目。
同じ声。
大量のフード。
「……じゃあ」
嫌な予感。
頭の奥がざわつく。
「こいつらは」
男は答えない。
だが。
答えは顔に出ていた。
そして。
フード達の一人が。
ゆっくり口を開く。
「違う」
俺の声。
だが。
今までと少し違う。
「俺たちは外れたんじゃない」
赤い目が揺れる。
「辿り着いたんだ」
その瞬間。
給水タンクの裏。
黒い穴の奥から。
大量の水音が響いた。
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