第2話「続きから始まる風呂」
俺はまた、風呂で死にかけた。
——いや、正確には“また行く気がしていた”。
家の風呂だ。
いつもより少し長く浸かっていた気がする。
温度は問題ない。換気もしている。
それなのに。
ふっと、意識が遠のいた。
「……あー、これ来るやつだ」
抵抗する気はなかった。
どうせ、また——
気づいたとき、俺は水の中にいた。
やっぱりな、と思う。
息はできる。苦しくない。
この感覚も、もう慣れた。
「……やっぱり来たか」
軽く泳いで、水面に顔を出す。
見える景色も、もう知っている。
石造りの建物。
汚れた空気。
そして——
「遅かったな」
声が飛んできた。
振り向く。
やっぱり同じ顔だ。
「……ああ」
今度は、普通に返せた。
「今日は最後までやるんだろ?」
その言葉に、少しだけ間が空く。
——最後まで。
前は、途中で消えた。
その事実だけが、妙に重く残っている。
「……そのつもりだ」
自分でも驚くくらい、あっさり口に出ていた。
現場に向かう。
足が勝手に動く。
見慣れた場所だ。
そして——
「……やっぱり、途中だな」
思わず呟く。
湯船はある。
形にはなっている。
だが、水が漏れている。
火の位置もズレている。
未完成。
明らかに、前の“俺”のミスだ。
「前の俺、ここ雑すぎだろ……」
小さくため息をつく。
でも、直し方は分かる。
考えるまでもない。
体が覚えている。
「……ここ、こうすればいいんだよな」
石を外し、組み直す。
水の流れを調整する。
火の位置を修正する。
手が止まらない。
まるで、続きをやっているみたいに。
「お、おい……すげえな」
後ろで声が上がる。
「前より早いぞ」
当然だ。
だって——
「一回やってるからな」
ぽつりと呟く。
自分で言って、少しだけゾッとした。
“やってるはずがない”のに。
石を持ち上げたところで、ふと違和感に気づく。
「……前より、崩れてないか?」
思わず手を止める。
前は、ここまで壊れていなかった気がする。
「そりゃそうだろ」
後ろの男が、当たり前みたいに言う。
「お前がいなくなってから、三日は経ってるんだからな」
「……三日?」
思わず聞き返す。
ほんの数分のはずだ。
湯に浸かって、意識が飛んで——それだけの。
「……前は、そんなに急いでなかったのに」
小さく呟く。
ズレている。
時間が、合っていない。
作業は順調に進んでいく。
前回より明らかに速い。
無駄がない。
最短で、完成に近づいていく。
村人たちも、今回は手伝ってくる。
「そこ、支えろ」
「水、もう少し持ってこい」
気づけば、自然に指示を出していた。
全員が動く。
形が整っていく。
——あと少し。
そう思った、そのときだった。
「……前は、ここで消えたんだよな」
後ろから、ぽつりと声がした。
手が止まる。
「……は?」
振り向く。
さっきの男が、こっちを見ていた。
「急にいなくなった。あの時も、もう少しで完成だったのに」
頭の奥が、ズキッと痛む。
フラッシュバック。
倒れる視界。
未完成の風呂。
伸ばした手。
——届かなかった。
「……」
言葉が出ない。
でも、分かる。
これは、同じだ。
また同じところで、終わる。
そんな予感が、確信に変わる。
「……まだだ」
小さく呟く。
手を動かす。
あと少しなんだ。
ここを直して、湯を張って——
完成させる。
今度こそ。
——その瞬間。
視界が、揺れた。
「あ……」
力が抜ける。
まずい。
これ、前と同じ——
「おい!」
誰かの声が遠くなる。
手が、届かない。
あと一歩なのに。
完成、なのに——
次に目を開けたとき、俺は風呂場の壁にもたれかかっていた。
湯気が、目の前を流れている。
「……は」
息を吐く。
戻ってきた。
でも今回は、倒れていない。
立ったまま、戻ってきている。
少しだけ、違う。
「……クソ」
無意識に、壁を軽く叩いていた。
あと少しだった。
本当に、あと少しで完成だったのに。
手を見る。
震えている。
でも、その震えは恐怖じゃない。
——悔しさだ。
脱衣所に戻る。
体を拭きながら、スマホを取り出す。
無意識に、メモを開く。
そこには——
「……は?」
見覚えのない線が引かれていた。
いや、違う。
見覚えはある。
さっきまで作っていた風呂の設計図。
その“続き”が、描かれている。
自分で描いた覚えなんて、ないのに。
「……マジかよ」
小さく笑う。
理解した。
これは、夢じゃない。
途中で終わった作業が、残っている。
つまり——
続きがある。
「——あの風呂、俺がいないと完成しないのか」
ぽつりと呟く。
そして、スマホの画面を見つめたまま、
ゆっくりと息を吐く。
「——今度こそ、消えないようにしないと」
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