第15話「見られた側」
「お前、何を見た!?」
肩を強く掴まれる。
「っ……!」
視界が揺れる。
夜風。
ゴミ捨て場。
でも、
頭の奥だけまだ熱かった。
湯気。
水音。
石。
黒い穴。
フード。
あの口元。
「……俺」
掠れた声が漏れる。
「なにが?」
「……俺、だった」
男の表情が固まる。
「……おい」
「フードの奴」
呼吸が浅い。
「顔、見えた」
「見たのかよ……」
男が小さく呟く。
その声、
少し震えていた。
「……なんで俺なんだよ」
「知らねぇよ」
即答。
でも、
明らかに動揺している。
「普通、顔なんか見えねぇ」
「じゃあ何なんだよ、これ……!」
声が荒れる。
自分でも分かる。
怖い。
今までと違う。
底を見た時より。
もっと近い。
もっと嫌な感じ。
「……落ち着け」
「無理だろ」
「黙って聞け」
男の声が低くなる。
「“見られた側”は、そうなる」
「……見られた?」
「底に」
沈黙。
風が吹く。
どこかで水が垂れる音。
ぴちゃん。
「……あそこな」
男は小さく続ける。
「見に行く場所じゃない」
「……」
「向こうから見返してくる」
ぞわり、と背中が冷える。
思い出す。
あの感覚。
底を覗いた瞬間。
“目が合った”。
そんな感じ。
「……お前も見たのか」
「……少しだけ」
男は視線を逸らす。
「だから分かる」
「何が」
「近づいてる」
嫌な沈黙。
「……何に」
男は答えない。
代わりに。
俺の顔を見る。
じっと。
「……なんだよ」
「お前」
男の眉が寄る。
「目、赤くなってる」
「は?」
反射的にスマホを見る。
インカメ。
暗い画面。
そこに映る自分。
「……っ」
本当に、
少し赤い。
充血とかじゃない。
もっと妙な色。
水に長時間潜った後みたいな。
「……なんだよ、これ」
「だから言ったろ」
男の声が低い。
「壊れ始めるって」
「ふざけんな」
即座に返す。
「俺まだ普通だろ」
「普通の奴は」
男が小さく言う。
「風呂の音、追いかけねぇよ」
言葉が止まる。
「……」
「さっきから何回も見てた」
「……は?」
「排水口」
息が止まる。
無意識だった。
でも。
確かに。
さっきから、
ずっと気になっていた。
ゴミ捨て場の端。
雨水用の排水口。
黒い隙間。
暗い穴。
そこから。
ぴちゃん。
また水音。
「ん……」
視線が吸われる。
嫌なのに。
見たくないのに。
気になる。
「見るな」
男の声。
低い。
「近づくな」
でも。
水音が鳴る。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
ぴちゃん。
近い。
まるで。
呼ばれてるみたいに。
一歩。
無意識に足が動く。
「おい!」
肩を掴まれる。
「うっ!」
「行くなって!」
強く引かれる。
その瞬間。
排水口の奥で。
ぐちゃ。
何かが動いた。
「っ!?」
黒い。
濡れてる。
人の手みたいなものが、
一瞬だけ見えた。
次の瞬間。
引っ込む。
「は……?」
呼吸が止まる。
男が舌打ちする。
「クソ……早ぇ」
「今の、何だよ……」
「見るな」
「だから何なんだよ!」
「まだ見つかりたくねぇんだよ!」
男が初めて怒鳴った。
空気が張り詰める。
その瞬間。
スマホが震えた。
『もう遅い』
凍る。
『お前はもう見られてる』
直後。
ぴちゃん。
すぐ後ろで、
水音がした。
「……え」
振り向く。
誰もいない。
でも。
俺の足元。
いつの間にか。
濡れていた。
黒い水が、
靴の先に触れていた。
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