第10話「干渉の結果」
背筋が、凍った。
『——お前、何回目だ?』
画面の文字が、やけに白く見える。
「……は?」
知らない番号。
でも、
知らない感じがしない。
それが一番気持ち悪かった。
浴室は静まり返っている。
なのに、
排水音だけが止まらない。
ごぽ、ごぽ、と。
浴槽の底から。
「……っ」
視線を落とす。
排水口。
暗い穴。
見てると、
妙に吸い込まれそうになる。
嫌な感じだ。
スマホを握り直す。
『次は、止めろ』
短い文。
それだけ。
「止めろって……何を」
送信者情報を開く。
番号だけ。
登録なし。
通話履歴なし。
なのに。
ほんの少しだけ、
見覚えがある気がした。
「……気のせいだろ」
呟く。
その瞬間。
——コン。
浴槽の奥で、音がした。
空気が止まる。
「……は?」
見間違いじゃない。
今、
確かに鳴った。
内側から。
コン。
もう一回。
小さい。
でもはっきり。
まるで、
誰かが叩いてるみたいに。
「……」
喉が乾く。
ありえない。
水なんて入ってない。
誰もいない。
なのに。
コン。
コン。
一定の間隔。
ノックみたいに。
「っ……」
後ずさる。
その時。
スマホがまた震えた。
『見るな』
短文。
今届いた。
「……おい」
即座に打つ。
『お前誰だ』
送信。
既読はつかない。
数秒。
静寂。
排水音だけが響く。
ごぽ、ごぽ。
コン。
コン。
気持ち悪い。
すると。
ぴろん、と通知音。
『そっちを見るな』
汗が流れる。
“そっち”。
つまり、
見えてる前提。
「ふざけんなよ……」
浴槽を見る。
静かだ。
でも。
排水口の周囲だけ、
水滴が渦を巻いている。
吸われてる。
下へ。
ありえない方向へ。
「……っ」
スマホを握る手に力が入る。
『お前、どこから見てる』
打つ。
送信。
数秒後。
『後ろ』
心臓が跳ねた。
反射的に振り向く。
誰もいない。
洗面台。
鏡。
閉じたドア。
「……は、」
呼吸が浅くなる。
その時。
鏡の奥で、
何かが動いた。
「っ!?」
一瞬。
本当に一瞬だけ。
黒い影。
フード。
いや。
違う。
もっと濡れてる。
輪郭が崩れてる。
水でできた人影みたいな。
瞬きをした時には、
もう消えていた。
「……なんだよ、これ」
スマホが震える。
『見るなって言っただろ』
鳥肌が立つ。
「……お前」
喉が引きつる。
「誰だよ」
返信は来ない。
代わりに。
コン。
浴槽の奥。
今度は少し強い。
コン、コン。
近い。
まるで。
“上がって来ようとしてる”。
「……っ」
浴室を出る。
扉を閉める。
無理やり鍵をかける。
意味ないと思いながら。
呼吸が荒い。
頭がおかしくなりそうだ。
リビングへ戻る。
水を飲もうとして、
手が止まる。
シンク。
蛇口から、
一滴ずつ水が落ちている。
ぽた。
ぽた。
ぽた。
「……」
止めたはずだ。
なのに。
水滴が落ちるたび、
スマホが微かに震える。
ぽた。
ヴッ。
ぽた。
ヴッ。
連動してる。
「は……?」
嫌な汗が出る。
通知。
またメッセージ。
『お前、“見られた”な』
意味が分からない。
でも、
理解したくない。
『だから繋がった』
「繋がった……?」
送ろうとした瞬間。
画面が固まる。
ノイズ。
砂嵐みたいな表示。
ぶつ、と一瞬暗転。
そして。
カメラアプリが勝手に起動した。
「っ!?」
インカメラ。
自分の顔が映る。
青ざめてる。
汗まみれ。
その後ろ。
リビングの暗がり。
そこに。
誰か立っていた。
「……は?」
ゆっくりと、
顔を上げる。
フード。
違う。
俺だ。
濡れた俺。
黒い水を垂らしながら、
画面の向こうで立っている。
口だけが動く。
『次は』
音はない。
でも、
分かった。
『止めろ』
次の瞬間。
画面が真っ黒になった。
同時に。
浴室の方から。
ガコン、と。
何かが開く音がした。
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