20.ツヴァイフェル伯爵家でのお茶会
ジークフリートとルプレヒトが国王フレデリックに愛妾をあてがう密談をしてから数日後の朝、アマーリエの落馬事故を誘発した容疑者として捕らえられた元近衛騎士が牢の中で死んでいるのが見つかった。多少拷問されても誰に指図されたか口を割らないまま、死人に口なしとなってしまった。2人は地団太を踏んで悔しがったが、敵の方が上手だった。
その翌週、いよいよツヴァイフェル伯爵家にジークフリートが招待される待望の日がやってきた。ジークフリートの諜報員エミールは数人同行する護衛のうちの1人として、ルプレヒトは側近として同行する。
今回、ジークフリートの利用する馬車は、艶やかな黒塗りの外装に王家の紋章が輝く4頭立てでかなり目を惹く。同乗するのはルプレヒトのみで護衛はそれぞれ騎乗して馬車の周りを固める。
ツヴァイフェル伯爵家は、表向きの来客がない時、伯爵家としては過剰なぐらいの見張りを邸宅の周囲に配置している。エミールが下見をした時もそうで、ネズミ1匹たりとも侵入できなそうな厳重な守りだった。
お茶会の日は、一見して普通の伯爵家程度の見張りしか見えなかったが、革命派の隠密が隠れて見張っているかもしれず、油断できない。
王太子が来訪する以上、当然のことながらツヴァイフェル伯爵夫妻は自ら彼を歓待しなければならない。ティーセットが用意されたサンルームには、当代伯爵夫妻と長女パオラ、パオラの弟の伯爵家嫡子の他、先代伯爵夫妻も勢ぞろいしていた。
緊張が解けない様子のツヴァイフェル伯爵に比べ、パオラはジークフリートにいつも通り馴れ馴れしく、許可もしていないのに勝手に彼の横に座った。
「ジーク様! 今日はいらして下さってありがとうございます! このサンルームはお気に召しましたか?」
「ああ、とても明るくて眺めもいいね」
「そうでしょう! 母と祖母の渾身の傑作なんです!」
ジークフリートは、瀟洒なサンルームを見渡した。ツヴァイフェル伯爵家のように領地のない宮廷貴族には少々分不相応なほど、高価な設えである。
大きなガラス窓は贅沢に何枚も壁にはめ込まれており、燦々と太陽光が降り注いでいる。その向こうには、小ぶりではあるが、季節の花々が咲き誇る美しい庭園が見える。
ガラス窓の間に円形に張り出している出窓には、細長いガラス板を何枚も使われ、疑似的に円形が作り出されている。そこには交互に色ガラスが使われていて太陽光を通して色とりどりの光が床に伸びている。
「これほど美しいサンルームは、我が王宮にもないですね」
「ありがとうございます。私達がデザインしましたの」
「素晴らしいセンスですね。この色ガラスはソヌスからの輸入でしょう?」
「そうですの! よくお分かりになりますね!」
『ソヌスからの輸入』という言葉に、ツヴァイフェル伯爵の顔色が一瞬だけ変わった。注意して見なければ、気が付かないほどの微かな表情の変化だ。
当代・先代伯爵夫人とパオラのサンルームの自慢を聞く限り、サンルームの改装は夫人達のたっての希望のようだった。ここが今回のお茶会の場所として選ばれたのも、伯爵自身は気が進まなかったのに、婿養子の立場の弱さゆえに押し切られたようだ。
ツヴァイフェル伯爵夫人と先代伯爵夫妻は、ジークフリートとパオラの距離が今以上に接近するのを目論んでいる。しばらくしたら、当代・先代伯爵夫妻と伯爵令息はパオラとお目付け役の使用人を残して退出するだろうとジークフリートは、当たりを付けていた。
その間にこの家の中をこっそり探索させるため、ジークフリートはなるべく当代・先代伯爵夫妻との会話を引き延ばした。自慢のサンルームを褒め称えると、有頂天になった夫人達はここぞとばかりに口が止まらなくなったが、パオラが不満そうに隣の母を肘で突いた。
「あら、ごめんなさい。貴女の殿下を独り占めするつもりはなかったのよ」
「ん、もう、お母様ったら!」
パオラはまんざらでもなさそうだったが、ジークフリートは、勝手にパオラのものにされてかなり不快だった。だが愛想笑いをしてパオラのご機嫌をとり、再び伯爵夫人に話しかけ、彼女の話に耳を傾けた。
「パオラとももちろんゆっくり話したいですが、このサンルームについてももっとよく聞きたいですね。こんな美しいサンルームがあれば、母が王宮で過ごす時間が増えて父も喜ぶでしょうね」
「まぁ、私どものサンルームが両陛下にお気に召していただけて、おふたりの仲立ちをできるのなら、とても光栄ですわ」
「そうなると嬉しいものです」
ジークフリートは、眉間に皺が寄らないように必死に笑顔を貼り付けて伯爵夫人に答えた。
王妃ヘルミネが夫のフレデリックを避けて旅に出てばかりいるのはよく知られている。それでも、重臣でもない一介の宮廷貴族の夫人に国王夫妻の仲立ちをするなどと出過ぎたことを言われ、ジークフリートは頭に来た。ましてや、考えるのも不快なヘルミネのことまで話題に出して不快感を抑えるのに必死だった。だが会話を引き延ばすのが最優先だった。




