18.夜会の報告
夜会の後、ジークフリートが国王夫妻の離婚計画をルプレヒトと練っていた頃、アマーリエは自室でジルヴィアの帰りを待っていた。いつもなら瞼が落ちてしまっている時間だが、ジルヴィアの報告をわくわくして待っているので、目は冴えている。
ノックが聞こえるとすぐにアマーリエは、扉の所まで飛んで行った。
「ジルヴィア! どうだった?」
「あのパオラとかいう女が殿下にくっついてましたよ。でも引き剥がして殿下には私と知り合いのご令嬢5人と連続して踊ってもらいました」
「ジルヴィアを入れたら6人連続?! わざと意地悪したの?」
「ファーストダンスの外交官夫人を入れたら7人ですね。でも、殿下はそのぐらいの罰を受けても当たり前でしょう」
ジルヴィアがツンとしたすまし顔でそう答えると、アマーリエは笑いを堪えられなくなった。
「フフフ……ジルヴィアったら、王太子殿下にも厳しいのね!」
「殿下がお嬢様を大切にしてくださる限り、厳しいことは何もございません」
アマーリエの顔から笑みが消え、ジルヴィアは慌てて謝った。
「も、申し訳ございません! 出過ぎたことを申しました」
「いいのよ。殿下の本当のお気持ちを知りたいの。隠さないで話して。殿下とパオラさんの関係は何なのか分かった?」
「浮気でも何でもないけど、理由はまだ言えない、でも信じてほしい、だそうです。その前に色々噂になっていたのも同じく、本当に浮気ではないけど、理由はまだ言えないとおっしゃっていました」
「ふーん……どうして理由を言えないのかしら?」
「私も聞いていないですから、推測の限りですが、王国のためではないでしょうか」
「女の人と色々するのが王国のため? 婚約者がいるのにひどいと思わない?」
アマーリエが眉間に皺を寄せて意味深に問いかけると、ジルヴィアの表情が陰った。
「い、色々でございますか……そう心配なさらないでください。殿下を信じましょう」
「でも誤魔化された気分だわ」
「そんなことございませんよ……あら、もうお嬢様の瞼が落ちそうです。さあ、寝て下さいませ」
ジルヴィアに急に話題を変えられてアマーリエはふくれっ面になった。
「ジルヴィアまで誤魔化すの?!」
「いいえ、誤魔化しておりません。殿下が今は事情をお話できなくともお嬢様を裏切っていないことは私も信じております」
アマーリエは、もっと色々ジルヴィアに追求したかったが、彼女もそれ以上何も知らないことが分かると、急に瞼が重くなり、話はそこまでとなった。
◇ ◇ ◇
翌日、アマーリエはジルヴィアから聞いたことを父ルートヴィヒに報告するため、執務室へ向かった。
この時代にアマーリエとして目覚めてから、彼女はこの重厚な木製の扉をもう何度ノックしたことか分からない。だが、今回は決意を秘めていただけにノックする前に深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
アマーリエが入室すると、ルートヴィヒは予想していたかのように待ち構えていた。
「おお、アマーリエ。ジルヴィアは昨日の夜会で殿下と何を話したか、教えてくれたかな?」
「殿下は、パオラさんやその前に色々な女の人と噂になってたのは浮気でも何でもない、理由はまだ言えないけど信じてほしいとおっしゃっていたそうなんです。ジルヴィアは、殿下が王国のために何かしているからだと思っているみたいなのですが、お父様はどう思いますか?」
「殿下は殿下なりに頑張っていらっしゃるのだろう。そのやり方に私は賛成できないが、殿下は私の意見を聞き入れて下さらなかった」
ルートヴィヒは、ため息をついた。
「お父様、殿下のために諜報員として働きたいと私が3年前にも頼んだことを覚えてますよね?」
「ああ。私はもちろん今も反対だよ。未成年のアマーリエに殿下を守ってもらわなくても、近衛騎士団と我が諜報部隊がいるではないか。むしろ、お前は守られる存在なのだよ」
「もちろん近衛騎士団とお父様の諜報部隊のことは信じています。でも私は守られるだけでなく、私も殿下を守りたいのです。殿下のためにできることをしたい。そう思って行動しては駄目ですか、お父様?」
「ハァ……我が諜報部隊で働くなら、純……オッホン……殿下と結婚できなくなる場合もあるのだよ。お前は殿下のことを慕っているのに結婚できなかったら悲しいだろう?」
ルートヴィヒは言い淀んだが、現代で女子大生の歴女だったアマーリエには分かる。純潔を失えば王室に嫁げないのだ。
ルートヴィヒの言葉は娘を思いやっているように聞こえるが、アマーリエは転生直後に聞いた彼の発言を忘れていない。彼にとって娘を王太子に嫁がせるのは、娘の恋を叶えてやるためではなく、政治的に必要な話なのだ。
それでも彼なりに娘を愛しているらしいことは、家族として日々接しているうちにアマーリエも徐々に分かってきている。ルートヴィヒ達の両親としての愛情を感じるたびに、中身が彼らの本当の娘ではないことにアマーリエは良心の呵責を覚えて複雑だ。
アマーリエは、真剣な表情でルートヴィヒに訴えた。
「お父様。私が殿下の隣にいられなくなって殿下が他の女性と結婚したら、やはり悲しいです。でもそれ以上にもっと悲しいのは、殿下がこの世からいなくなることです。殿下さえ生きていてくれるなら、私は何でもします」
「アマーリエ、そんな縁起でもないことを言うんじゃない。殿下がそれほどまで命を狙われているとは私は思わないぞ」
「予知夢のようなものを見ることがあるのです。それで殿下が……言いたくないですが、その夢の中の未来では殿下が……最悪な結果になりました。その殿下も今と同じように色々な女性と肉体関係を持っていました」
「に、肉体関係……?! ウォッホン……そんな言葉を一体どこで?!」
13歳の娘の口から思いもかけないことが出てきてルートヴィヒは目を白黒させ、咳払いした。
「私は、もう小さな娘ではないのです」
「そうか……アマーリエもそんなに大きくなったのだな……」
アマーリエが執務室に入った時に見えたルードヴィヒの威厳はもはや消え、シュンとしてショックを受けたような表情をしている。
「とにかく、それはただの夢だろう?」
気を取り直したルートヴィヒにそう問われてアマーリエはどう答えるか逡巡した。
アマーリエが160年以上後の世界から時を遡って来たと話してもルートヴィヒに理解してもらえないに違いない。それにジークフリートが男爵令嬢と心中した史実が未来の世界で知られていることもアマーリエは話したくないし、話したとしても信じてもらえないだろう。
アマーリエは言霊を信じているわけではないが、口に出してしまうとそれが現実になりそうで怖い。それどころか、話した相手が父でなければ、アマーリエが不敬罪に問われるかもしれない。
「いえ……夢と片付けるには、あまりに生々しくて本当の出来事のようだったんです。お父様、殿下の周りの方々で殿下を害しそうな方はいませんか? 王妃陛下が親しくしている方とか……こう言っては何ですが……王妃陛下ご自身とか?」
「滅多なことを言うんじゃない!」
ルートヴィヒは、アンドレが王国の利益に反することをしないか諜報部隊に見張らせているが、彼がしっぽを出したことはまだない。慎重にことを運ばなければならず、ルートヴィヒは任務の内容を家族にも話していない。
「お父様、お願いです! 私を殿下付きの諜報員にして下さい! それでどうなっても覚悟はできています」
「そんなわけにはいかない」
ルードヴィヒは、苦々しい表情でアマーリエの願いを一刀両断にはねつけた。




