第19章「せんにん」 5-2 ペッテルとマーラルの対話
ペッテルが黙りこみ、その無機質な複眼にマーラルの顔を映した。
「それがよかったのかどうかは、私にも公女にも分かるまい。私はもう……長くこの世界にいすぎて、アタマがおかしいから、そう云えるのかもしれんが……」
「いいえ、マーラル様……おっしゃられる通り、私にも、分かりません。しかし……私は、イジゲン魔王様に出会い……魂が救われました。それだけは事実です。私は、魔王様の御為ならば、何でもする覚悟が御座います」
「その覚悟の表れが、偽皇帝の暗殺かね」
「ハイ!」
ペッテルの触角がピョコンと立ち上がり、マーラルが微笑んだ。
「しかし公女、私もチィコーザで偽ムーサルクとやらに化けていた密林エルフを見たが……けっこうな魔法戦士だ。しかも、南方大陸の大規模陣地魔法や、強力で未知の呪術を使う。直接的な戦闘力も高いだろう。公女の力では、とうていかなうまい。どうやるつもりだね?」
「ハイ、そもそも地下書庫では、資料・書籍を毀損するような恐れのある攻撃的な魔術はいっさい使用禁止。タケマ=ミヅカ様の御力と仕掛けた秘術により、術が発動いたしません。また強力な魔物の番人がウヨウヨとおり……激しい戦闘もできません」
「ほう……!」
「そのため、暗殺が最も適しているのです」
「なるほど、代王が心酔するのもうなずける洞察力と観察力だ。……では、暗殺方法は後に考えるとして……問題は、毒だな」
「いかさま! 元来エルフは人間より毒の耐性が強く、またそれほどの術者であれば解毒魔法も極めておりましょう。さらに、書籍の情報ではありますが、南方大陸には帝国と比較にならぬ種類の毒草、毒蟲、毒物があり、それらの耐性も高いと考えられます。従って、生半可な毒では効果が無いか非常に薄いと思われます」
「では、毒の研究からか」
「そうなりましょう。マーラル様は世界の裏側の御出身……我らや、南方のエルフも知らぬ猛毒を御存じではありませんか」
そこでマーラルがややペッテルより目をそらし、自嘲気味に、
「そりゃあ、無くなはいよ。呪いと毒を混ぜるんだ」
「なんと……!」
「外道の法だよ。外法だ」
「しかし……」
「偽皇帝を殺すのに、無辜の人間の命を使う覚悟はあるのかね」
「えっ」
ペッテルが小さく息をのみ、大顎が開くや、驚きでまた触角が立った。
「それも、強力な毒を作れば作るほど、何の関係もない人が大勢死ぬ。その凝り固まった呪詛が、魔毒となるのだからな」
ペッテルは固まったまま、無言だった。マーラルが険しい眼を、ペッテルに向けた。
「どうするね?」
ペッテルの大顎がゆっくりと閉じ、強張った両肩が下がった。
「それで偽皇帝を確実に殺せる確証があるのなら、私の責任でやりましょう」
「ふむ……」
マーラルがうなずいた。
「本当に覚悟はあるようだな。だが、確証はない。強力なエルフの魔法戦士を確実に殺せる確証は、ね……。だから、今の話はナシだ。エルフを確実に殺せる毒薬か呪いを、古典より調べるところから始まるだろう」
「はい!」
「だが、もたもたしている暇はないぞ。公女はただでさえ、魔力を使わない世界固定の法を探しているというのに……エルフを確実に殺す毒まで」
「リースヴィルにも頼みます。また、書庫を検索する法にも改良を」
「待て……リースヴィルは、地下書庫に入れるのかね?」
「はい」
「そうか……」
云うが、マーラルが髪の毛を何本か抜き、それへ鋭く息を吹きかけた。
たちまち、いつも無楽堂で店番をしている少年が6人も現れた。
造り出す法は異なるが、リースヴィルと同じく魔力分体だ。
「こいつらも使ってくれ。いいな、お前たち」
6人が一斉に両手を合わせて礼をし、
「畏まりました、仙人様」
それからペッテルへ向き直ると、
「公女様、何なりと御申しつけ下さりませ」
そろった声でそう云った。
驚いたペッテルの大顎がまた大きく左右に開き、触角がピョンと立った。
ペッテルからマーラルへの連絡は、分体を通して行うこととなった。名もなき分体達とマーラルが、霊符を通して連絡を取るのだ。
そのため、ペッテルから連絡があるまで、マーラルはすることが無くなった。
帝都地下神殿の見回り業務に戻り、その日も、ゴミ掃除にも等しい異世界からの侵入物の地味な退治を行った。




