第19章「せんにん」 5-1 魔術師協会資料編纂室
安堵し、地上に降りて、
「先生、成功です!」
だがシラールの表情は、嬉しさ半分、悲しさ半分といったふうだった。
「先生……?」
「陛下……建物やらなんやらは元に戻りましたが、おそらく失われた命は戻っておりますまい。そこまで因果をゆがめる法ではござりません」
「……!」
ルートヴァンが息をのんだ。
そして、王宮内の被害を急ぎ確認するほか、大至急都内に兵を出し、全戸の被害状況を把握するよう命じた。
それから5日ほど経ち……。
代王と魔法学院長の「時間戻し」の秘術により、たちまち地震の物理的被害が修復されたことが喧伝され、王都は超絶的大混乱から平静を装うことができた。
しかし、失われた命は戻らないとなると、その平静も表面だけだ。
街中では王都人口の1/4が失われ、王宮でもほぼ同様だった。魔法学院の生徒や教授にも、大勢被害が出た。学院、王宮を含め、都内でも優れた才能ある魔術師が何人も死んだ。気がついたら建物の被害が直っており、夢か幻だったのではないかという思いと、身内の死の現実が結びつかず、精神的情緒的な混乱を訴える者が続出。結局、ルートヴァンもシラールも、その処理に忙殺された。
まったくもって、救世はおろかイェブ=クィープやチィコーザどころではなくなってしまった。まさにイェブ=クィープの狙いはそこであり、その隙に、斎王タケマ=マキラが新皇帝になろうというのだ。
(おのれ……!!)
怒髪天を衝くような憤怒を隠し、ルートヴァンは復讐の爪を研ぎ始めた。
5
時間はやや戻り、ホーランコル達がシュターラウス博士を迎えに王都ヴァルンテーゼを出たころである。
非番のある日、マーラルは、協会本部を訪れていた。
向かったのは、誰も使っていない資料編纂室だ。
誰も研究しない雑多な資料や、捨てるまでもないよくわからない紙ものであふれ、倉庫というか、物置を兼ねている。
この部屋の掃除用具入れが、ノロマンドル旧公爵家の屋敷と、帝都の地下書庫をつなぐ次元回廊とつながっているのは、第13章で述べている。
つなげたのは、精神体のタケマ=ミヅカであるらしい。
帝都の地下書庫には、おそらくタケマ=ミヅカにより「魔王が入ることを禁ず」という禁呪がかけられているようで、元とはいえ魔王だったマーラルも対象であるらしく、用具入れの中の次元回廊の入り口も発見することができない。
そこで、オネランノタルを通じペッテルに連絡してもらって、この資料編纂室で落ち合うこととなったのだ。
マーラルが椅子に座ってぼんやりとしていると、
「御待たせいたしました、マーラル様」
そう、魔族と同じ魔力合成による声がして、マーラルが振り返ると、略装ながら公女の立派なドレスを着た、年の頃14~16ほどの少女が体の前で手を組み、緊張に小さく震えながら立っていた。
その顔は、節のついた大きな触角とゆがんだ複眼、牙状の大顎のある、スズメバチとムカデとカマキリを合わせたような、凶悪なものだ。
かつて、人間やエルフと魔族の融合研究により裏の魔術世界で名を馳せたランゲンマンハルゲン博士による究極の逸品とも云える存在……半魔族の「完成体」である。
「ふうむ……」
マーラルが目を細め、思わずペッテルを……人工合成された半魔族を見つめた。
ペッテルがさらに緊張し、全身を強張らせた。
「すまんすまん、見事なものだと思ってしまった。許されよ」
「み……見事とは」
「許してくれ。私も、魔術師のはしくれだ。そう思ってしまったのだ」
「いいえ! 許すも何も……無楽仙人マーラル様を許そうなどと、私はそこまで思い上がっておりませぬ」
無楽仙人の名を出され、目元をゆがめたマーラルが苦笑まじりに軽く手を上げた。
「何の力もない、役にも立たない名だ。捨てようにも、捨てられない。仙人などとは名ばかりで……俗人のままなのだよ」
「そのような……」
「まあしかし、実際に会って確信した」
「な……何をでしょうか?」
「やはり……公女は魔力症だ。それも重度の。ルートヴァン代王から聞いているかね?」
「ハ、ハイ……」
「父上である、当時のノロマンドル公爵なのか誰かは分からないが……公女の命を救うために、あらゆる手を使ったのだろうが……最後にして最終手段の禁断の法が、魔族との融合だったのだろう」
「…………」




