第三話 誘拐? 囚われのプリン・プリンセス
「ちょっと待って! プリン・プリンセスって何よ!?」
城の地下から響く不気味な地鳴りの中、リリィは赤毛のポニーテールを揺らしながら叫んだ。
シュガーは、泡立て器の杖を激しく振り回しながらパニックになっている。
「プリン・プリンセスは、このグラニュー糖城の心臓部! 究極の黄金比率で固められた、意志を持つ『巨大プリン精霊』よ! 彼女が放つ甘美な魔力があるからこそ、この城のお菓子は腐らず、常に美味しく保たれているの!」
シュガーは泡立て器の杖を握ったまま、早口で説明した。
ソルトがぷにぷにの体を揺らしながら、のんきに付け加えた。
「そうそう。でもね、さっきのロック・ボアの衝撃で地下の防衛扉が壊れちゃって……。タイミング悪く、城を覗き見してた『隣国のメタボ領主』の部隊に、お神輿みたいに担がれて盗まれちゃったみたい」
「泥棒じゃん! 警備隊長、何やってんのよ!」
「私のせいにしないでよぉ! あいつら、プリンの下に敷く用の巨大プッチンスライダーまで用意してたのよ!? 計画的犯行よ!」
シュガーがキィキィと悔しがっていると、リリィはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「いいじゃん、面白そう。英雄の旅には『囚われの姫の救出』が付き物って相場が決まってるんだよね! よし、そのメタボ領主の城に殴り込みに行くよ!」
「殴り込みって、相手は一国の領主よ!? スパイ作戦よ。誰にも気づかれないように潜入するの!」
こうして、おてんば少女とポンコツ精霊コンビによる「プリン奪還作戦」が始まった。
隣国ファットリアの領主、グラトニー男爵の居城。その厨房の裏口に、怪しすぎる三つの影があった。
「いい、リリィ。スパイの基本は『周囲への同化』よ。完璧に変装して潜り込むわよ」
シュガーが自信満々に指示を出す。現在の彼らの姿はこうだ。
リリィは、なぜか頭に巨大なキャベツを載せ、顔に煤を塗りたくっている。
「せめて顔が隠れるものにしない?」
「大丈夫よ。人間は頭にキャベツがあると、顔を見なくなる習性があるわ」
「初めて聞いた」
「今、私が発見したのよ」
リリィは一瞬、何も言えなかった。
「それを作戦に採用しないで」
ソルトは、厨房の塩壺のフタを頭に載せて「僕は塩化ナトリウム……ただの調味料……」とブツブツ呟いている。
シュガーにいたっては、リリィのポケットに入って隠れているだけだ。
「……ねえシュガー、これ本当に変装になってる?」
「当たり前でしょ! 厨房の野菜と調味料に擬態してるのよ! 完璧な変装よ!」
「おい、そこの怪しいキャベツ頭!」
速攻で、見回りの屈強な兵士に見つかった。
「ひゃああっ! バレたですぅ!」
「変装機能がガバガバすぎる!」
リリィは即座にキャベツを投げ捨て、腰に差した「二代目・カチカチフランスパン(今度はガーリック風味)」を抜こうとした。しかし、兵士はリリィの顔を見るなり、ポンと手を叩いた。
「お、お前、新入りの厨房手伝いだな! ちょうどいい、人手が足りなくて困ってたんだ! 早く中に入って、男爵様の『特大おやつタイム』の準備を手伝え!」
「え? あ、はい! 新入りのリリィです! 激辛料理が得意です!」
リリィは調子よく敬礼し、そのまま堂々と厨房への潜入に成功してしまった。
厨房を通り抜け、城の大広間にたどり着いたリリィたちが見たのは、あまりにもシュールな光景だった。広間の中央には、直径三メートルはあろうかという、文字通り「巨大なプリン」が鎮座していた。表面は神々しいまでの黄金色。上部には艶やかなカラメルソースがたっぷりと注がれ、全体が「ぷるん、ぷるん」と、どこか気品を保ちながら波打っている。カラメルの表面には、王冠を思わせる金色の光が浮かんでいた。
これが、城の心臓部「プリン・プリンセス」だ。
「おおお、愛しのプリンセス! お前を一口食べただけで、私の体重がさらに5キロは増えそうなほどの至高の糖分を感じるぞ!」
ソファーに沈み込むように座っているのは、丸々と太ったグラトニー男爵だ。彼は大きなスプーンを武器のように構え、今まさにプリン・プリンセスに最初の一太刀を入れようとしていた。
『……いやぁぁぁ! 誰か、誰か助けてですぅ! こんな脂ぎったおじさんに食べられたら、私のカラメルが濁ってしまうですぅ!』
プリンが震えるたびに、脳内に直接、可憐な少女の悲鳴が響いてくる。本当に意志を持っているようだ。
「待てぇーーーい!」
リリィは大広間の扉を勢いよく蹴破り、ガーリックフランスパンを男爵に突きつけた。
「そのプリンから手を離しなさい! 彼女はグラニュー糖城の神聖なる心臓だよ!」
「何奴だ、無礼者め! 兵たちよ、その生意気な小娘を捕らえ――」
男爵が言い終えるより早く、リリィは足元に転がっていたソルトを拾い上げた。
「いっけえ、ソルト! 塩分過多アタック!」
「えぇ~、僕、投げられるって聞いてないよぉ~」
「今伝えた!」
「それは説明じゃなくて掛け声だよぉ〜」
リリィは男爵の顔面を目がけ、ソルトを全力で投げつけた。
「ぶごっ!?」
ソルトが、男爵の顔へぷにんと張り付く。
「わ~~~~、目に入るよぉ~~~~」
そう言いながら、ソルトは自身の体から塩分を大放出した。
「うわあああ! 塩辛い! 目が、口の中が血圧急上昇するぅぅぅ!」
男爵はのたうち回り、スプーンを落とした。
「よし、今だ! プリンセス、回収するよ!」
リリィはプリン・プリンセスの元へ駆け寄り、その巨大な巨体をどうやって運ぶか一瞬悩んだ。
「……よし、おてんばの基本は『力技』!」
『あの、できれば慎重かつ優雅な方法を希望いたしますわ』
「大丈夫。私、重いものを運ぶの得意だから」
『その説明に、慎重も優雅も一つも含まれていませんわ!』
プリン・プリンセスのお願いをよそに、リリィがプリンの底へ手を差し込もうとすると、シュガーがその指にしがみついた。
「待ちなさい! そんな大きなものを持ち上げたら、腰が折れるわよ!」
「大丈夫。重い生地なら慣れてるから」
「生地と巨大プリンを一緒にしないで!」
「でも、ほかに運ぶ方法ないでしょ?」
「それでも、あなたが潰れたら意味がないじゃない!」
シュガーの声は、これまでで一番必死だった。
リリィは少し驚いてから、笑った。
「心配してくれてるの?」
「警備対象を減らしたくないだけよ!」
「はいはい。じゃあ、危なくなったらすぐ助けてね、相棒」
「あ、相棒……?」
「頼んだよ、シュガー!」
「……仕方ないわね。絶対に落とすんじゃないわよ!」
リリィはプリンの底面に両手を差し込むと、実家の仕立て屋で鍛えた背筋と、十五歳とは思えない怪力を全開にした。
「ふんぬぅぅぅーーーーーーっっっ!」
ズゴゴゴゴ……!
巨大なプリン・プリンセスが、ゆっくりと台座から持ち上がる。
「持ち上げたわよ、この子!? 握力どうなってんの!?」
シュガーが絶叫した。
『きゃあああ! 待ってくださいませ! 下の方が、横へ広がっていますわ!』
「え?」
リリィが見下ろすと、プリン・プリンセスの柔らかな体が、自重に耐えられず両腕の隙間から垂れ始めていた。
「まずい。このまま運んだら、途中で真っ二つになる!」
「だから無茶だって言ったでしょ! いったん戻しなさい!」
リリィは慌ててプリンセスを台座へ戻した。
力だけでは運べない。
けれど、リリィには見覚えがあった。柔らかく、重く、形を崩しやすいものを傷つけずに持ち上げる方法を。
「シュガー、この部屋に大きな布はない?」
「布? そんなもの、何に使うのよ!」
「いいから! できるだけ丈夫で、プリンセスより大きいやつ!」
シュガーが辺りを見回し、大広間の長机を指さした。そこには、端まで垂れ下がる巨大なテーブルクロスが掛けられている。
「あれならあるけど……」
「よし、借りるよ!」
リリィはテーブルクロスを一気に引き抜いた。机の上の皿と銀食器が派手な音を立てて床へ転がる。
「ひゃああっ! もっと丁寧に取りなさいよ!」
「今は緊急事態でしょ!」
リリィは腰の道具袋から、仕立て用の大針と太い糸を取り出した。
「そんなもの、持ってたの?」
「家出したとき、うっかり入れたままだったの。まさか本当に役に立つとは思わなかったけどね」
布を床へ広げ、リリィは端と端を素早く重ねた。針を通し、太い糸を引き締める。
母親に何度もやり直さされた、荷重のかかる部分を補強する縫い方。お上品な花の刺繍は苦手だったが、破れた作業着や運搬袋を頑丈に縫う仕事なら、何度も手伝わされてきた。
「シュガー、四隅を持ち上げたとき、力が一か所に集まらないようにしたい。ここを魔法で固められる?」
「できるわ。砂糖の糸で補強すればいいのね?」
「さすが相棒。話が早い!」
シュガーが泡立て器の杖を振ると、きらきらと輝く砂糖の糸が布の縫い目へ絡みついた。リリィの縫った糸と砂糖の糸が重なり、丈夫な網目へ変わっていく。
「完成! 特製プリン運搬包み!」
「名前は今つけたでしょ!」
二人は出来上がった大きな布をプリン・プリンセスの下へ滑り込ませた。布全体で柔らかな体を包み、四隅をひとまとめにする。
「今度こそいくよ。シュガー、そっちを押さえて!」
「分かったわ!」
「せーのっ!」
リリィが束ねた布を肩に担ぐ。
プリン・プリンセスの重みが布全体へ分散し、今度は形を崩すことなく、ふわりと台座から持ち上がった。
『まあ! 先ほどよりずっと安定していますわ!』
「でしょ? 仕立て屋をなめないでよね!」
そう叫んでから、リリィはわずかに目を瞬いた。
あれほど嫌だった仕立て屋の技術が、今は囚われた精霊を救うための力になっている。
けれど、感傷に浸っている暇はない。
「二人とも、退路を確保して! このまま脱出するよ!」
リリィはプリンを担いだまま、城の城門を突き破り、夕暮れの森へと猛ダッシュで逃げ切ったのだった。
グラニュー糖城の地下室。元の台座に戻されたプリン・プリンセスは、ぷるぷるという規則正しい振動を取り戻し、城全体に再び心地よい甘い香りが満ち渡った。
『ふぅ、助かりましたわ。一時はどうなることかと……。ありがとう、赤毛のおてんばさん』
プリンセスが脳内で上品にお礼を言う。
「気にしないでよ。お礼なら、さっきのシュークリームをもう一山ちょうだい!」
リリィがケラケラと笑っていると、城の玄関の方から、パカランパカランと馬車の蹄の音が聞こえてきた。
「あ、あれ……?」
シュガーが窓の外を見て、急に顔を真っ青にした。
「大変……。城の本当の主、大魔導士様が帰ってきたわ……!」
お菓子の城の本当の持ち主の帰還。不法侵入し、門を食べ、防衛兵器を焼きマシュマロにし、プリンを担いで走ったリリィの運命やいかに!?




