第二話 激闘! マシュマロの防衛戦
「突撃ぃぃぃーーー!」
リリィはカチカチに硬化した巨大フランスパン(全長1.5メートル、推定重量8キロ)をぶん回し、崩れかけたウエハース門へと飛び出した。
赤毛のポニーテールが、戦場の風に激しくなびく。地響きを立てて迫り来るのは、城の甘い匂いに釣られた巨獣「ロック・ボア」だ。その巨体はかぼちゃの馬車ほどもあり、全身がゴツゴツとした岩の皮膚で覆われている。突進の風圧だけで、周囲の草木がなぎ倒されていた。
「ちょっとリリィ! 本当に戦う気!? 死ぬわよ、普通に死ぬわよ!?」
シュガーが泡立て器の杖を握りしめたまま、リリィの耳元でキンキンと悲鳴をあげる。
「フン、英雄になる女が、たかがイノシシ一匹にビビるわけないじゃん!」
リリィは不敵に笑うと、迫り来るロック・ボアの正面に立ち塞がった。巨大なフランスパンを両手で握り、魔獣を迎え撃つ戦士のように腰を落とす。
「いくよ……せーのっ!」
カァァァーーーンッ!!!
森の中に、およそ生物の戦闘とは思えない、あまりにも小気味良い打撃音が響き渡った。
城の窓辺にいた小鳥たちが、そろって首を傾げた。
どこか遠くで、朝食の鐘と勘違いした精霊が皿を持って集まってきた。
リリィの渾身のフルスイングが、ロック・ボアの鼻先にクリーンヒットしたのだ。
「ぶごっ!?」
鼻に強烈な一撃を喰らったロック・ボアは、白目を剥いて横転。ズザザザザと音を立てて、チョコレートの堀の手前でギリギリ停止した。
「よっしゃ! 手応えあり!」
「えええええええ!?」
シュガーの目玉が飛び出さんばかりに丸くなる。
「な、何なのその腕力!? あなた本当にただの人間!?」
「実家の仕立て屋でさ、毎日クソ重い生地のロールを運ばされてたからね! 筋肉だけは自信あるの!」
リリィがフンスと鼻を鳴らした瞬間、倒れていたロック・ボアがむくりと起き上がった。鼻血(のような泥水)を垂らし、激怒のあまり目がさらに真っ赤に染まっている。
「ブモォォォォーーーッ!!!」
「あ、やば。怒らせちゃった」
「ほら見なさい! 岩の魔獣がフランスパン一本で倒せるわけないでしょぉ!」
ロック・ボアは前足で地面を激しく蹴り、今度は音速を超えるかのようなスピードで、突進の構えをとった。
「ブモォォォォーーーッ!」
「リリィ、逃げて!」
シュガーがリリィの前へ飛び出し、泡立て器の杖を構えた。杖の先から薄い砂糖の壁が広がったが、魔獣の突進を受け止められるほどの厚さはない。
「何やってんの! そんなので止められるわけないでしょ!」
「分かってるわよ! でも、あなたは人間で、ここに巻き込まれただけなんだから!」
シュガーの羽が震えていた。
「だから、今さら他人みたいなこと言わないでよ」
リリィはシュガーの襟元をつまみ、自分の肩へ乗せた。
「私は自分で残ったの。戦うなら一緒に戦うよ。警備隊長! 妖精の魔法とかないの!? 砂糖をぶっかけるとか!」
「そんなの、あいつのおやつが増えるだけでしょ! 待って、こういう時は防衛システムを……ソルト! 早くあれを起動して!」
シュガーが城内に向かって叫ぶ。すると、城のバルコニーから、ぷにぷにの塩の精霊ソルトが顔を出した。
「は~い、起動するよ~」
ソルトが、これまたお菓子でできたレバーをのんびり引き下ろす。
ズゴゴゴゴ……!
城の二階の窓が一斉に開き、そこから大量の「白い塊」がものすごい勢いで射出された。
「くらえ! 我が城の最終防衛兵器『メガ・マシュマロ・キャノン』ですぅ!」
空を埋め尽くすように降ってきたのは、座布団サイズの巨大マシュマロの群れだった。それらは突進してくるロック・ボアの足元に、ボトボトと容赦なく落ちていく。
「おお! 押しつぶす作戦!?」
リリィが期待の目を輝かせたが、現実は違った。
ベチャッ!
ぷにんっ!
「ブモ?」
ロック・ボアがマシュマロを踏みつける。しかし、マシュマロはただ柔らかく弾むだけだった。
リリィは苦笑いを浮かべて尋ねた。
「……ねえ、これ何の意味があるの?」
「何って、弾力で相手の動きを止めるのよ!」
「いや、あいつ普通にマシュマロを跳ね台みたいにして、大ジャンプしてこっちに向かってきてるんだけど!?」
「おかしいわ! 設計図では、敵がふわふわの感触に感動して戦意を失う予定だったのに!」
「誰が作ったの? その設計図」
「大魔導士様よ!」
「あの人、絶対に防衛よりおやつを優先してるでしょ!」
見上げれば、マシュマロの弾力を利用して空高く跳び上がったロック・ボアが、太陽を背に、リリィたちの頭上から肉弾落下を仕掛けてくるではないか。
「ひゃあああ! 踏み潰されるですぅ!」
シュガーが頭を抱えてしゃがみ込む。
「ったく、使えない防衛兵器だなぁ!」
リリィは上空を見上げ、ペロリと唇をなめた。
「でも、マシュマロ……熱を加えたら、どうなるっけ?」
リリィは懐から、家出のドサクサで持ってきた「着火用の魔導石(小さな火を出せる安物)」を取り出すと、それをフランスパンの先端に擦り付けた。
ボッ!
フランスパンの先が、まるで松明のように激しく燃え上がる。
「ちょっとリリィ、何する気!?」
「決まってるじゃん! バーベキューだよ!」
「今、魔獣に襲われてるのよ!?」
「だから焼くんでしょ!」
「どっちを!?」
「まずマシュマロ!」
「“まず”ってことは、その次がいるの!?」
リリィは、足元に落ちていた巨大マシュマロの一つを、燃えるフランスパンの先で突き刺した。そして、それを上空のロック・ボア目がけて、やり投げの要領で全力で投げつけた!
「いっけぇぇぇーーー!」
風を切り裂き、飛び出したのは「燃えるフランスパンに刺さった巨大マシュマロ」。それは空中を猛スピードで上昇し、落下してくるロック・ボアの、開いた大口へ、見事に一直線で飛び込んだ。
ズボッ!!!
「ぶもっ!?」
口の中に熱々の塊を突っ込まれたロック・ボアが動揺する。さらに、火が通ったマシュマロは、一瞬でドロドロの「超強力な粘着糊」へと変貌した。
「ブモッ!? ブモモモモ……ッ!!」
口の中でとろけたマシュマロが、ロック・ボアの上下の顎を完全に接着!
それだけではない。あふれ出た粘着マシュマロが顔全体に広がり、地面に着地した瞬間、足元のマシュマロとも強力に合体してしまった。
動けば動くほど、ドロドロのマシュマロが体に絡みつき、地面に張り付いて身動きが取れなくなる。それはまさに、巨大な甘い罠だった。
「ブ、ブモォ……(動けない……)」
ロック・ボアは完全にホールドされ、情けない声を出して横たわった。
「ふぅ、大成功! 焼きマシュマロって、冷めるとめちゃくちゃベタベタするんだよね!」
リリィは腰に手を当て、勝ち誇った顔で笑った。
静寂が訪れた戦場。シュガーはマシュマロまみれで完全に無力化された魔獣と、涼しい顔をしているリリィを交互に見つめ、呆然と呟いた。
「……あなた、本当に悪魔か何かなの?」
「失礼な! 機転の利く未来の大英雄って言ってよね!」
「でも……助かったわ」
「ん?」
シュガーはリリィから顔をそむけた。
「城を守ってくれて、ありがとう。リリィ」
出会ってから初めて、シュガーが怒鳴らずに名前を呼んだ。
リリィは少しだけ目を丸くしてから、ニッと笑った。
「どういたしまして、シュガー」
パチパチパチパチ……。
城のバルコニーから、ソルトがのんびりと拍手を送ってくる。
「すごーい。ロック・ボアが、まるで高級なスイーツのトッピングみたいになっちゃったね~」
こうして、グラニュー糖の城の最初の危機は、おてんば少女の「力技と焼きマシュマロ」によって、見事に(?)解決されたのだった。
だが、リリィが「さあ、お茶の時間の続きをしよっか!」と笑ったその瞬間、城の地下から、先ほどの地震とは比べ物にならない不気味な地鳴りが響き渡った。
ゴバァァァーーーン!!!
「ひゃああああっ!? 今度は何!?」
シュガーが再びパニックに陥る。
「……あ」
ソルトが、ぷにぷにの顔を青ざめさせた(塩の体が少し縮んだ)。
「大変。ロック・ボアの衝撃で、地下の『プリン・プリンセス』の封印が緩んじゃったかも……」
「ぷりん、ぷりんせす……?」
リリィが首を傾げた。お菓子の城の平和は、まだ始まったばかり。さらなるドタバタがリリィたちを待ち受けていた。




