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トッピング・クライシス!~家出仕立て屋はお菓子の城を救う~  作者: 明石竜


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最終話 帰還! お菓子の城の大魔導士

「だ、大魔導士様が帰ってきたわ……! 終わった、私たちの妖精生命はここで終了よ……!」

 シュガーが、泡立て器の杖を抱きしめてガタガタと震えている。ソルトにいたっては、恐怖のあまり完全に水分が抜けて、ただの「塩の塊」と化していた。

 グラニュー糖城の玄関ホール。ゆっくりと開いたチョコレートの扉から入ってきたのは、床につきそうな黒いローブに身を包み、胸元まで伸びた白い髭を整えた老人だった。深く刻まれた眉間のしわと、細く鋭い灰色の瞳は、ひと目見ただけで相手を黙らせるほどの威厳を放っている。彼こそがこの城の主であり、世界最高峰のお菓子魔法の使い手、大魔導士マカロンである。

マカロンは、鋭い眼光で城内を見回した。そして、無残にかじり取られたウエハースの門、廊下にこびりついた焼きマシュマロの残骸、そして中央でガーリックフランスパンを肩に担いで突っ立っている赤毛の少女を捉えた。

「……シュガー、ソルト。これは一体どういうことかね?」

地を這うような低い声。ホールが一瞬で氷点下になったかのように凍りつく。

シュガーはリリィを見た。

リリィはソルトを見た。

ソルトは塩の塊になっていた。

「ずるい! 一人だけ証言できない姿になってる!」

 リリィはすかさずツッコむ。

「ひゃ、ひゃいっ! 申し訳ありません大魔導士様! このリリィという人間のおてんば娘が不法侵入して門を食べたり、ロック・ボアを焼きマシュマロにしたり、プリン・プリンセスをお神輿みたいに担いで走ったりしたんですぅぅぅ!」

シュガーが涙目で一気にまくし立て、すべての責任をリリィになすりつけた。

「ほう……」

マカロンが一歩、また一歩とリリィに近づいてくる。リリィはゴクリと唾を飲み込んだ。さすがの彼女も、伝説の魔法使いの威圧感には少し圧倒されている。

マカロンはリリィの目の前で立ち止まり、その顔をじっと見つめた。そして、おもむろに口を開いた。

「素晴らしい……!!」

「え?」

リリィ、シュガー、そして塩のソルトの声が重なった。

マカロンは、厳格な表情から一転、子どものように目を輝かせてリリィの手を握り締めた。

「ロック・ボアの突進を焼きマシュマロの粘着力で止めただと!? なんという斬新なアイデア! 私が何年も悩んでいた防衛システム(おやつ)の欠陥を、まさかそんな力技と野生の勘で解決するとは! 君は天才か!?」

「あ、いや、ただバーベキューの経験を活かしただけで……」

「さらに、プリン・プリンセスを運ぶため、布と砂糖の糸を組み合わせた即席の運搬具を作ったそうではないか! 力任せに見えて、仕立ての知識まで使いこなすとは!」

「あ、あれは家の仕事を手伝わされてたから、たまたまで……」

 リリィは居心地悪そうに頭をかいた。

「たまたまで、あれほど見事に荷重を分散できるものか! 君には仕立ての才能と、お菓子魔法を新しい形で使う発想がある! 素晴らしい! 君こそ我が城に必要な『総支配人』だ!」 

「ちょっと待って大魔導士様ぁぁぁ!」

シュガーがツッコミを入れた。

「この娘、ただの家出娘ですよ!? 淑女修行が嫌で実家を飛び出してきた、ただの脳筋おてんば娘ですよ!?」

「家出娘? ほう、それは好都合だ」

マカロンはフムフムと頷くと、ポンと手を叩いた。

「リリィと言ったかね。どうだ、私の弟子、いやこの城の総支配人兼おやつ係として、ここで暮らさないか? 毎日お菓子は食べ放題、家賃はタダ、思う存分暴れてくれて構わん!」

「えっ! 毎日お菓子食べ放題!?」

リリィの目が輝いた。

(何それ最高じゃん! あんな退屈な仕立て屋に戻るより、お菓子の城の英雄(?)として暮らす方が何百倍もマシだ!)

「やる! 私、ここで働く!」

「よし、交渉成立だ!」

二人が固い握手を交わし、大団円の雰囲気が漂った。

そのときだった。

「――いいえ、それは許しません」

城の門前、マシュマロのトラップを軽々と飛び越えて、一人の「超ド級に怒れる女性」が歩いてきた。手には、一本の「巨大な裁ちばさみ」が握られている。

「あ……」

リリィの顔から血の気が引いた。赤毛のポニーテールが恐怖でピシッと直立する。「お、お母さん……!? なんでここに……」

現れたのは、リリィの母親だった。仕立て屋の女主人であり、リリィの「おてんばの遺伝子」の元祖である。

リリィと同じ赤い髪をきっちりと後ろでまとめ、濃紺の仕立て服を一分の隙もなく着こなしている。琥珀色の瞳まで娘によく似ていたが、その鋭さはリリィの比ではなかった。 

「迷い子の森に逃げ込んだっていうから追ってきたら、まさかお菓子の城で就職活動をしてるなんてね。リリィ、お上品な刺繍が嫌だからって、こんなところに居着こうなんて百年早いわ!」

「な、何よ! 私はお菓子の城を守った英雄なんだから! 帰らないよ!」

「うるさい! 帰って針仕事をしなさい!」

 母親が裁ちばさみをジャキジャキと鳴らしながら迫ってくる。その迫力は、ロック・ボアの十倍は恐ろしかった。

シュガーは反射的にリリィの髪の中へ隠れた。

ソルトは床にこぼれた塩を装って動かなくなった。

マカロンだけは、「なんと見事な裁ちばさみだ」と目を輝かせていた。

「お、お母さん、待って! ここは大魔導士様の城で……」

「大魔導士? 誰ですか、それは。あ、あなたがここの主? うちの娘が迷惑をかけて申し訳ありません!」

 母親はマカロンをキッと睨みつけた。マカロンは、その圧倒的な迫力に一歩あとずさる。

 そのとき、

「待ってください!」

 甲高い声が玄関ホールに響いた。

 シュガーがリリィの前へ飛び出し、母親を見上げていた。裁ちばさみを前に、羽は小さく震えている。それでも、逃げようとはしなかった。

「リリィは、確かに門を食べました。勝手に城へ入りましたし、言葉遣いも乱暴で、すぐに力で解決しようとします」

「ちょっと、シュガー?」

「でも!」

 シュガーは泡立て器の杖を強く握った。

「この子がいなかったら、城も、プリン・プリンセスも守れませんでした。私が怖くて動けなかったときも、隣に立ってくれました」

 リリィは何も言えず、シュガーの小さな背中を見つめた。

「だから、その……リリィを連れて帰らないでください」

「シュガー……」

「城に必要だからじゃないわ」

 シュガーは振り返らないまま言った。

「私が、リリィにここにいてほしいの」

 リリィは目を丸くした。

 喉の奥がきゅっと熱くなって、うまく言葉が出てこない。いつもなら軽口の一つも叩けるのに、今だけは、小さな精霊の背中を見つめることしかできなかった。

「……何よ、シュガー。そんなこと言われたら、私まで泣きそうになるじゃない」

 リリィは赤毛のポニーテールを乱暴にかき上げ、鼻をすする音をごまかすように、わざと明るい声を出した。

「行き倒れかけてた家出娘を拾ってくれたのは、そっちでしょ。私の方こそ、ここにいさせてって言いたいくらいだよ」

「リリィ……」

 母親は裁ちばさみを構えたまま、しばらく黙っていた。小さな精霊の必死な訴えと、娘の照れ隠しの言葉を、じっと聞いている。

 やがて、ふう、と長い息を吐いた。

 振り上げていた裁ちばさみの切っ先が、すとんと下がる。

「……この子ったら、ちゃんと自分を必要としてくれる場所を見つけたのね」

 母親の声から、さっきまでの刺々しさが少し抜けていた。

 だが、すぐに我に返ったように眉をつり上げる。

「だからって、お上品な刺繍から逃げていい理由にはならないけれど!」

「うぐっ……そ、それとこれとは話が別でしょ!」

 リリィは言い返したものの、腰の道具袋へ目を落とした。

「でも、今日、針仕事が役に立った」

「針仕事が?」

 母親が目を見開いた。

「巨大なプリンを運ぶために、布を縫ったんだ。母さんに教わった、重いものを包むときの縫い方で」 

 母親の表情が少しだけ変わった。

「私、仕立て屋の仕事が全部嫌いなわけじゃない。丈夫な服を作ったり、破れたものを直したりするのは嫌じゃないんだ」

「では、どうして家を飛び出したの」

「母さんが、いつも『女の子らしくしなさい』って言うから」

 リリィは母親をまっすぐに見た。

「私は、花の刺繍より、冒険しても破れない服を作りたい。仕立てが嫌なんじゃない。私のやりたいことを、最初から間違いみたいに言われるのが嫌だったの」

 母親はしばらく黙り、やがて裁ちばさみを腰のケースへ収めた。

「……私は、あなたがどんな仕立て屋になりたいのかを、聞いていなかったわね」

「母さん……」

「でも、何も言わずに家出したことは別です」

「うっ」

「ここに残りたいのなら、何をするつもりなのか、自分の口できちんと説明しなさい」

 リリィは少し迷ってから、強く頷いた。

「分かった。今度は逃げないで話す」

「よろしい」

 二人の間に、ほんの少しだけ照れくさい沈黙が落ちた。

「……素晴らしい」

 それまで黙っていたマカロンが、ぽつりと呟いた。

「は?」

 母親が振り返る。

 マカロンは彼女ではなく、その服の袖や縫い目を食い入るように見つめていた。

「その服は、あなたが自分で仕立てたのかね? 布の流れを生かした見事な裁断に、寸分の狂いもない縫い目……。まるで魔法ではないか!」

「え、ええ。私は仕立て屋ですから」

「素晴らしい裁縫技術だ! 私は今、あなたのその腕に心を奪われた!」

 どうやらマカロンは、母親本人ではなく、その完璧な仕立ての技術に一目惚れしたらしい。

「え、ええ……?」

「我が城のカーテンや絨毯、すべてお菓子でできているが、耐久性に難があってね! ぜひ、君のその仕立ての技術で、城の『お菓子ドレス』や『食べられる絨毯』の共同開発をしてくれないだろうか!」

「……は? お菓子の仕立て?」

母親は呆気にとられた。横では、シュガーが「もう何がなんだか分からないわ……」と頭を抱えて座り込み、ソルトは塩分のまま風に吹かれていた。

リリィは、目の前で急に「お菓子×仕立て」のビジネス談義を始めたマカロンと母親を見つめ、ハッと気づいた。

「待って……ってことは、私もここにいていいの?」

「もちろんだとも、リリィ君! 君の母親殿も一緒に、ここで『お菓子仕立て工房』を立ち上げるのだ!」

マカロンがパッと両手を広げた。母親は少し考え、フッとため息をついた。

「……まぁ、お上品な刺繍よりは、お菓子の城を仕立て直す方が、うちの娘の『おてんば』も活かせるかもしれないわね。リリィ、あんたのその腕力、生地の搬入じゃなくて、巨大チョコの運搬に使いなさい!」

「やったぁーーー!!」

リリィはフランスパンを空高く放り投げ、大歓声をあげた。

「それじゃあ、改めてよろしくね、警備隊長」

 リリィが人差し指を差し出すと、シュガーは小さな両手でその指を握った。

「言っておくけど、勝手に城を食べるのは禁止だからね」

「えー。端っこだけでも?」

「禁止!」

 グラニュー糖城に、二人の声が響く。

こうして、おてんば少女リリィの家出は、なぜか「お菓子の城の警備員兼ファッションモデル」という斜め上の結末で幕を閉じた。

ポンコツな精霊たちと、ちょっとおかしな魔法使い、そして最強の母親と共に、リリィの甘くて騒がしい大冒険(おやつの時間)は、これからもずっと続いていく――。

(めでたし、めでたし)


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