第333話 到着 x 草原の都市
「信頼を得たいか… 確かに納得だな。疑っているわたしが言うのも…いや、疑っているわたしが然うさせる一因でもあると言うことか…納得せざるを得ないな 」
黙っていたら次の質問が来た。反論や反発はないと判断したのだろう。
「レイゼルトではどうしていたんだ? 二年は過ごしていたんだろう? 」
そのぐらいは知っているか…
「むこうでは知り合いも出来た。ちゃんと《《人間》》関係を築けた人もいた。居心地は良かったよ… 」
「なら、どうして帝国に来たんだ? 」
質問が多い。遠慮なく来るな… しかし、リエラらしいとも感じている。俺が彼女に慣れてきているのか?
「《《この世界》》でいろいろなものを見て回りたかったからな… それは多分、《《こちら》》に流れ着いたからそう思うようになったんだろう。見て知って感じて…そうやって自分がこれから先、どう生きていけるのかを知りたくなった。そう言うことだと思う 」
「生きていける…か… 案外普通だな… お前ほどの力があるならもっと大それたものを抱いているのかと思ったが… 」
「小心者なんだよ、俺は… 」
「小心者!? お前がか? 笑えない冗談だ 」
そうかな? こちとら正体がバレやしないか結構びくついているんだけれど… まあ、以前ほどではないか…
「冗談ではないな…本当のことだ 」
こちらがそう言ってもリエラは納得しないようだ。話を続けてくる。
「どうかな? 小心者ならばこんな無茶な依頼を引き受けたりはしないだろう 」
……まあ、それはそう…
「お前が強いことは認めている。だが、黒い竜やザナン・ドグルを退けたことで調子に乗っているんじゃないのか? いくら強いと言っても必ず生きて帰れる保証などない。ほいほいこんな話に乗っていたらいつか死ぬぞ。本当は危険が好きなだけなんじゃないのか? 」
そんな風に評価される心当たりはあった。まったくの見当違いと言うわけではない。しかし、狩人というものを見くびっているようだな。魔境で生きること、そこから生きて還ること。生への執着は強い。
「自分自身を試したい、自分の力を証明したい、可能性を開きたい… それは、狩人や騎士に限らず誰もが持っているものだ。それに突き動かされて行動することもある…
しかし、行動する前に必ず勝算を考えるものだ。その上でやる決断を下している。心配しなくていい。俺もリエラも生き残る算段はあるさ 」
「お前の心配などしていないがな… 」
そこはもっと、こう…あるだろっ…
心配してくれてありがとうとか、わたしも最善を尽くすとか…
社交辞令を聞きたい…
「ただまあ… 思いのほか真剣に考えていると言うことは認めよう 」
「思いのほか? 大真面目だが… 」
失敬だな…君はっ…
《そこは認めてくれてありがとうではないのですか? 》
むぅ…
「正直、得体の知れない不気味で危険なヤツだと思っていた… 」
失礼だな…
しかし、言葉の響きが幾分か柔らかい。少しはわだかまりが解けたような、そんな印象を持った。
「マレスティリーゼ殿に鼻の下を伸ばしていた時はなんて軽薄なヤツなんだとも思った… 」
伸ばしていたか? 記憶にないな…
《それはもうのびのびと… 》
「昨日の打ち合わせでは一流の狩人なのは確からしいとも思ったし、今話してみていろいろなものを抱えているのは判った。一概にお前という人物を判断するのは良くないということは理解したつもりだ 」
どうやらお互いに多少理解が進んだようだ。俺もリエラを話せなくもないやつぐらいには捉えている。
「それはありがたい。一緒に仕事をやる上で信頼関係は必要だからな…俺もリエラとやっていける手応えを掴めたような気がする 」
場の空気が少し軽くなったかな?
「ちょっと偉そうだな… …今のでわたしのお前への評価がガクッと下がったぞ。百億の減点だ。妙なやつから虫けらに格下げだ 」
桁が…辛口ってレベルじゃねぇな…シンプルに口が悪い
「お手柔らかに頼む… 」
しかし、そこまで悪い気はしていない。なんとなくだがリエラの機嫌は良いように思える。声の調子からも魔力からも親しみの様なものが感じられた。
これならいけるか…
「それじゃあ実験を再開しようか… 」
「! ちょっと待てっ! どうしてそうなるっ!?」
広げようとしていた魔力域が霧散させられた。
対抗術式…
かなり自然な感じに消失したような感じだ。空術においては細かな制御が俺より上手いかも知れない。
やるじゃないか… これは信頼出来そうだ
「変なことはやめろと言っただろうっ! 」
「いや、お互い打ち解けてきたからいいかと思ってな… 道路もすいてるし… 」
「打ち解けてない! 全然打ち解けてないぞっ! 」
「そうか? 」
「そうだっ! 」
そこまででもないような気がするんだがな…
「格下げだっ、格下げっ! 虫けらからごみクズに降格させる 」
ごみクズ… 生き物ですらない
「普通に走らせるとしよう… せめて生き物に昇格ないとな 」
「ああっ、そうしてくれ! 」
やれやれ、とんだツンデレだな…
流石にちょっと気まずくなったかと思ったが、その後もリエラと雑談を交わしながらの運転となった。
休憩も昼食も取らずにひたすら走らせて帝都を通り越す。さらにそのまま南下していくと大きな都市が見えてきた。
帝国南部最大の都市、オルティッサだ。
オルティッサから南に行ったところ、ガルゼーハン大山脈群の手前に帝国騎士団の基地がある。カストベナス号はそこを飛び立ったらしい。
だが、今回俺達はオルティッサにも基地にも寄らない。都市部に入った後、東西二手に分かれるジャンクションまでやってくると西方面のルートに入った。
更に進んでいくと再び分岐点が見えてくる。
このまま、まっすぐ西に向かうとアーミシア連邦、またの名を獣人連合国に辿り着く。いつか行ってみたいとは思っているが今回はそちらに用はない。南側の道に進む。
そうして日が傾き初めたころ、ガルゼーハン大縦貫道が見えてきた。
大山脈群を真っ直ぐに貫いて帝国とベノン大砂漠を繋げる超巨大トンネルが山脈の中腹に黒々とした口を開けている。
山脈に住まう岩人達と帝国が協力してこじ開けたこのトンネルは南下用と北上用の二本が開けられている。全長は百キロにも及び、世界最長と言って間違いないだろう。
二車線を基本として、ところどころ三車線に切り替わるトンネルは長いだけでなく巨大さも感じさせる。ここを通過した時、いかに大きな仕事を成し遂げたのか痛切に感じることになるだろう。
それなりに暗くなってきた中においてもトンネルは一際黒々とした口を開け、こちらを飲み込もうと待ち構えているかのようだ。
ヘッドライトを灯し暗視を強化する。すると、トンネルの内部がしっかり確認出来るようになった。
当然だが壁面はコンクリート製で普通の設計だ。これと言って他のトンネルと代わり映えはなかった。
他の車両に続いて中に入っていきそのまま速度を維持して走らせていく。
この時点ではガルゼーハントンネルの真価を感じることはない。
だが、しばらく走らせていくと何やら壁の様子が変わる境目が見えてきた。白っぽいコンクリートから黒々とした色の材質に変化している。
そのエリアに入ると黒い壁には視認を高めるための白い線が引かれていた。走行性に影響が出ることはない。
壁は表面が滑らかで暗視で見ても黒光りしているような感じがあり硬い材質であるように思える。
走らせていくとコンクリート壁とその黒壁のエリアは不規則に入れ替わるように表れた。
おそらくだが黒い壁は石で出来ているのだろう。工事中に出てきた石を岩人達が石術で変形させて壁に加工して作り上げたと考えられる。
場所によっては大岩や岩盤をその中心から穴を広げていってトンネルにしたのかもしれない。見た目からでは区別はつかないが地下に隠れた岩山の中を通っている区間もあるのだろう。
そんなことを感じつつ考えつつ車を走らせる。しかし…
…暇だ
そう言った変化に慣れてしまえば同じような景色が延々と続いているだけだ。ただひたすら真っ直ぐな筒状の道は人を恐ろしく飽きさせてくる。
眠気も疲れもない。しかし、何かをしなければ退屈でしかたがない。俺はリエラに話しかけることにした。
「なあ、リエラ… 」
「…なんだ? 」
俺がまた妙なことをするのかと考えたのだろうか。ちょっと警戒気味に応えてくる。
「そう警戒しなくていい。話がしたいだけだ。そうしなければ暇すぎて何か実験がしたくなってしまいそうだ 」
「! ……するなよっ! こんな所でっ! 」
俺の言葉にリエラの警戒レベルが一気に引き上げられる。
警戒しなくていいって言ったんだけどな…
《その振り方では当然なのでは? 》
……かも知れん
「だが、事前に通告してきたことはお前にしては上出来だ… 」
してはってなんだよ…
「二点、足してやろう 」
しょぼっ…
マイナスに比べてプラスは得がたい。文字通り桁が違う。人から信用を得るのがいかに難しいかを表しているかのようだ。
…いや、どうだろう? そう考えるにしてもリエラの判定はガバガバ過ぎだろう。判定基準を明確にして欲しいところだ。
「まあ、いい… とにかく話をしよう 」
「いいだろう。何か話題を振ってみろ 」
それ、困るやつ… だが、了解は取れた。そして、一応話題は用意してある。遠慮なくいこう。
「リエラは帝都に住んでいるんだろう? 」
「…そうだ 」
仕事関連の話しかしていなかったからな。プライベートに踏み込んだ会話をしようじゃないか。
「借りて住んでいるんだろう? 帝都だと家賃は高いんじゃないのか?」
「わたしの場合は国から提供された住居があるからな… 家賃はただみたいなものだ 」
さすが国家公務員と言ったところか…
俺の税金だぞ、っとは言わない。別に俺のでもないしちゃんと仕事をしているなら問題はないから。前の時は大怪我を負ったらしいし今回も死ぬかも知れない。低くはないが高い待遇でもないだろう。価値観によるとは思うけれど。
それからお互いに住んでいる街やそこでの生活についての話をしていった。どこそこの店のなになにが美味いとかこんな本を読んだとか他愛のない話だ。
おかげで退屈せずにトンネルを通過することが出来そうだ。出口が見えてきた。
一時間ぐらい掛けてこの穴蔵を突き進んできたのだが、外はすっかり日が落ちてしまったのだろう。ヘッドライトの光があるトンネル内より外は暗く見える。
次々と車は外の闇に消えていって俺達もそこに加わった。
トンネル内の走行は時間の感覚が狂うのか、随分長いこと中にいたような気がする。解放されると同時によくもまあこんな道を作る気になったものだと感心したものだ。
ちょっと疲れた…
精神的な疲れはあったが予定では休憩を取らずに帝国の施設まで行くことになっている。このまま走らせるつもりだ。
トンネルの外の道は山間に作られた橋脚の上に作られていてこの立地にありながら非常に走りやすい滑らかな道となっていた。
走っていると窓の外、山の中にぽつりぽつりと明かりが見える。岩人達の集落がそこにあるのだろう。洞窟を掘ってそこで生活をしているという。
あの明かりは洞窟の位置を示しているということか…
山間部を抜けると草原地帯にでる。そこでまた分かれ道に出くわした。東西二手に分かれる道だ。
西に行くと獣人連合国の南部へ向かう。半島が中央を山脈で分断されていて南北に別れた形になっている。
東こそが俺達が進むべき道なので間違えないようにそちらへとハンドルを切った。
少し進んでいくと高架化された道路は終わり、草原を切り開いて敷設された道路になる。これまたひたすら真っ直ぐに続いていく。
この草原には強い魔物がいないようで道路上に魔物が出てくる事もないようだ。特に渋滞することなく、他の車両と一緒に順調に進んでいけた。
窓の外は左の山脈側にぽつぽつと明かりが見え、右側の沙漠側には何もない闇が広がっていた。
時折、前方に集落の明かりが表れる。砂人達が暮らす集落だ。
大きな集落ではないので光は小さいのだが近づくにつれて視界いっぱいに広がってくる。闇の中のオアシスにも感じられた。視覚的な変化があることが有難く感じる。
道路が出来る前は草原を点々と移動して生活していたそうだ。道路が出来てから定住をするようになったという。昔ながらの牧畜業や行商をする傍ら、ドライバーに食事や宿を提供する暮らしをしているのだろう。
そんな場所をいくつか通り過ぎると光が広範囲に集まっている場所が見えてくる。今まで通り過ぎてきた集落とは比べものにならないぐらいに大きい。
交易都市ガデニアというらしい。草原最大の都市でありベナン大沙漠全域を含めても一番の規模を誇る。人口は三十万人を越えるそうだ。
城壁などは特になくそのまま都市部に入っていくと郊外の方に設けられた帝国の拠点に辿り着く。大使館に相当するような施設らしい。
ここが第一チェックポイントとなる。ここで補給を受けると同時に予備の支援物資を積み込んで沙漠へと乗り出していく段取りになっていた。




