第331話 帝国からの依頼②
要約すると…
帝国が所有する飛行船が航行中に魔物の襲撃に遭った。それにより不時着を余儀なくされる。降りた(落ちた?)先は死の大地として名高いベノン大沙漠の中心部。
修理をして再び飛び立てるようにしたいが物資が足りない。それを輸送するための人員は既に確保して向かっているのだが、現地の様子はあまり良くないらしい。
どうにも暗雲が立ちこめている。追加で派遣する人員に加わって欲しい。
…と、こんな感じか……少し不可解な点もあるな
「少々お聞きしても? 」
「はい、かまいませんわ。遠慮なく聞いてくださいまし 」
「何故、自分なのですか? 帝国騎士団にも凄腕の騎士は何人もいると思います。部隊を組んで救援に向かうのが確実ではないでしょうか? 」
人材が余ってはいないのかも知れないがやりくりすれば捻出は出来るはずだ。
それにアルバインにいるような機動騎士を使うというのはどうだろうか? 沙漠で戦っている姿を是非見てみたい…
《そうだとして見に行けますかね? 》
行けるか行けないかじゃない…征くんだ
「場所に問題がありまして…ベノンの地は帝国の版図ではないのです。砂人達が生活している場所でもあります。騎士の大部隊が動くのは帝国としては避けたいことですのよ 」
機動騎士の話は無しか…あまりおおっぴらにしたくないのは本当らしい……んっ? 大部隊?
「大部隊が必要な程の事態なのですか? 」
帝国騎士団の層の厚さなら少数精鋭でも何とかなりそうなものだ。騎士団長クラスを集めるのは難しくとも沙漠を渡って物資を届けるぐらいなら何とかなると思う。
沙漠の環境が過酷とは言え実際に砂人は普通に暮らしているという。協力を得ることでスムーズにことを進めることは出来そうなものだ。
何かあるようだな…
「流石ですわね… この後、説明するつもりでしたが今、説明させて頂きますわ…」
当たりか…これは簡単な事態ではないのだろう。
「飛行船、カストベナス号を襲ったのは竜種だったそうですの。翼を持つ真っ赤な爬竜が沙漠の上空にて襲撃を仕掛けてきた…そのせいで不時着を余儀なくされたのですわ 」
爬竜、爬虫類型の竜種か… 飛んでいるところを鑑みるにカイガルなんかと似たようなタイプなんだろう。
「現地に向かう道程でその竜に襲われる可能性がある、と… 」
「その通りですわ。我々はその竜種の脅威を最高位と見積もっておりますの。レイン様なら単独でも何とか出来る…違いまして? 」
出来るとは思う…しかし、あっさり出来るなんて言った時どう思われるだろうか? 自信家なんだな…ぐらいで済めばいい。
しかし、人に言えないような切り札を隠し持っていると思われたら何かしら探りが入るかも知れない。ここは慎重に行こう。大抵の狩人ならそうする。
「相手を直接見てみないことには何とも言えません…ただまあ、追い払うことぐらいならば可能だと思います 」
「まあ…慎重ですのね。そう言うところ、好ましく思いましてよ… 素敵ですわ 」
素敵…
単なるリップサービスだと感じている自分の他に、いやいや本心で言っているんだと叫んでいる自分がいる。
心がどうしようもなくゾワゾワしてしまうんだ…
「こちらとしましては根拠もなくレインさんに依頼を持ちかけているのではないのでしてよ… 黒い竜を単独で退けたレインさんにならこの依頼を託して余りあるとわたくしは考えておりますの 」
黒い竜…あいつの事だろう。やはり知っているのか…
「よくご存じで… 」
「トリオス王国でのご活躍は、わたくし、個人的に聞き及んでまして… 是非にと推薦させて頂きました 」
個人的…セリア経由かな?
キラキラした目と晴れやかな笑顔で語るティリーゼは本当に楽しそうに見える。本心から出ているものなんだろう。こちらも良い気分になってしまう。
ただ、ザナン・ドルグを引き合いに出してこないのはどういうことなんだろう? その件に触れて欲しくないこちらに気を使ってのことなのか、ただ単に情報規制を掛けていて知らないだけなのか?
よく知っているはずの人物がすぐ横にいるから余計に気に掛かる。
心がどうしようもなくゾワゾワしてしまうんだ、別の意味で…
「出来れば今回の依頼にご一緒させて頂きたいぐらいですわ… 」
「ティリーゼさんを危険な目に遇わせるわけには参りませんよ 」
「まあ… 」
リエラの目が一層険しくなる。こちらを射殺しそうなまでの目つきになっている。それでもティリーゼに気付かれないよう魔力を乱していないのは流石だ。ただ、彼女にはバレているような気がする。後が恐いぞ…
「しかしながら… 」
ティリーゼは仕切り直して話の続きを始める。
「沙漠の上空で偶然竜種に襲われたという点については不審なものを感じています。断定は出来ませんが共和国の差し金である可能性も当方は考えておりますわ 」
「気をつけるべきなのは竜だけではないと… 」
「はい。そのこともあって依頼料は三億エスクにもなりますの。想像よりも過酷な依頼になるかと存じますわ。断って頂いてもかまいません。ですが、引き受けてくださるならそのことをくれぐれも留意してくださいまし… 」
彼女は心配そうな顔でこちらの選択権を尊重する。
まともな狩人なら引き受けることはしないだろう。沙漠の環境、竜種の存在、共和国……不確定要素が多すぎる。
だが、こちとらまともな狩人ではない。
それに、物憂げなティリーゼの顔を見て引き受けなければという気持ちになった。その憂いを晴らして笑顔にしてあげたい、何とかしてあげたい。心が動いてしまっている。
《手玉に取られるとは正にこの事ですね 》
おっしゃる通り…
しかし、帝国に近づくためには打って付けの依頼とも言える。難しいことほど達成した時に得られるリターンは多いものだ。
「引き受けさせて頂きますよ。必ずや成功させて御覧にいれましょう 」
「まあ… 帝国を代表して感謝いたしますわ 」
礼を述べながらぱっと花が咲いたように顔をほころばせ、ぐっと身を乗り出すと俺の両手を取った。顔と顔が近づく。吐息がかかりそうなほどだ。
ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。潤んだような目に見つめられて自然と心臓は早鐘を打っていた。魔力で制御することも出来たが不思議とそうしたいとは思わなかった。
隣ではリエラが見ていられないといった具合で露骨に顔を背ける。
《わたしもそうしたい所存ですよ? 》
……慚愧に堪えません
なんだか急速に萎えてきたので仕切り直すことにする。
「そういえば、気になった点があるのですが… 」
こちらの意図を察したのかティリーゼはパッと手を離しソファに座り直した。背筋をピンと伸ばし仕事の話をするモードになったよう…切り変えが速い。さっきまでの態度がウソのようだ。
なんだ、この遣り切れない思いは…
「その飛行船…カストベナス号でしたか…不時着した後も無事であったとは考えられません。その竜とは落ちてからも戦ったのですよね? 救援を呼んだと言うことは撃退して生き残っているということではないのですか? 」
竜と戦って生き残れているならば機動騎士や帝国の新兵器があったのかも知れない。ちょっと期待出来るな…
「飛行船からの通信によりますと不時着をしてからは竜が襲ってきたことはないそうなのですわ 」
それならダメか…いや、まだ決まったわけじゃないか…
「そのことで共和国が関与している疑いが一層濃くなっていますのよ… 」
「救援物資を運ぶ輸送隊を襲う戦略であると言うことですね。物資が届かなければ飛行船は干上がるばかり。沙漠の魔物に襲われることもあって自動的に潰れると… 」
「はい… 次に竜が襲ってくるとすれば輸送に向かう部隊でしょう。途中まではいくつもの経路があって特定は困難でしょうが飛行船に近づくほどに襲われる危険性は高まってしまいますわ 」
そう言いいながらやや不安そうな顔になる。俺が強いことは理解していても難しい任務であることを改めて感じたのだろう。
俺の身を案じてくれているとも言える。悪い気はしない。
「問題はないと思います。失敗はしませんので 」
「まあっ、頼もしいですわ 」
つい、大口を叩いてしまった。まだ、ベナン沙漠についてろくに知らないのにな… まあ、何とかなるか…
《後悔することにならなければいいのですが… 》
大丈夫だろう… ジュジュもエンジュもいるし…
「ああ、そうでした。彼女についてまだ話していませんでしたわね… 」
ここで初めてリエラの存在に焦点が当たる。ただ居るだけではないと思っていたが何をするんだろうか? 少し嫌な予感がする。
「もう面識があると思うので紹介は省きますがリエラさんもこの任務に参加いたします 」
「よろしく頼む 」
「……… 」
よろしくとは言っている。
口元も笑みを浮かべている。
だが、目が笑ってねぇ。
威圧するような感じはないが逆にそれが恐い。接続を間違えて変な風に出力されたロボットを見ているかのようだ。
大丈夫だろうか… ?
一緒にやっていける気がしねぇ
俺の秘密がどうとか以前の問題だ。連れて行かないという選択肢はあるのか? 俺がどうしてもと言ったら断ることは出来ると思う。この後に及んでご破算になるのは避けたいはずだ。
だが、それはそれでリスクにもなり得る。不審に感じる者が帝国上層部にいないとは限らない。リエラの直属の上司、クラークなどがその筆頭だろう。マイナス査定になるかも知れない。
それに、帝国からしてみればリエラの同行を断ったとして監視は必要だ。ちゃんと仕事を完遂するか確認しなければならない。俺が失敗した時も考えてB案も用意しているはず。
察知されないよう遠巻きに監視をしてくることは当然だ。サポートという名目でそれとなく接触してくる線もある。実際、救援物資を用意するのは帝国側だしそうならざるを得ないだろう。
先発隊とやらに合流するのも必須か…
どの道、行動を見られるのは必要条件となる。ならば、開示出来る手札だけで最後まで切り抜けられるかが運命の分かれ道。リエラが一緒にいるか居ないかは関係ない。
《出来ますか? もう引けませんけど… 》
できらぁっ!
…と言いたいところだがこればっかりはやってみないとわからんね。
ただ覚悟は決まった。
高速思考であれこれ考えて結論を出す。傍目にはほんの少しの間程度にしか見えなかっただろう。それでも、そのちょっとした間は俺が渋っているように捉えられたのか、ティリーゼがフォローに入る。
「優秀な調査員ですので足手まといになることはないかと存じますわ。いざとなったら盾としてお使いくださいまし。その位の覚悟は出来ていましてよ 」
その言葉にリエラの魔力はピクッと反応した。表情に変化はないが…
ちょっと嫌そう…
ただ、騎士団員としてのプライドなのか取り乱すようなことはない。ティリーゼの言葉通り覚悟は出来ているようだ。ある意味、俺よりも。
単に俺が嫌いなだけか…ハハッ……ハハッ…
「リエラの資質を疑っている訳ではないですよ。ただ、任務の流れを考えていただけです 」
「賢明ですこと… 」
「それと彼女を盾として使うつもりはありませんよ。どのような状況になったとしても無事に生還させるつもりです 」
リエラをちょっと安心させるつもりで言った言葉だった。だが、それが気に入らなかったようだ。彼女は淡々と自分自身の思いをぶつけてきた。
「お前が私の命を気遣う必要はない。自分の身ぐらい自分で守れる。その位の力も覚悟もあるつもりだ 」
侮られたと思ったのだろうか? こちらを威圧するようなするどい魔力が放たれた。さすがに加減はしているが普通の人なら圧倒されていただろう。
しかし、アッシェバーンやフルカヴントで出会った時の彼女に戻ったような感じがする。内面と表情も完全に一致したようでこちらの方が好ましいと思う。
「それは失礼した。前に出会った時のように任せるに十分のようだ。一緒に行動する上で不足は無いな… よろしく頼む 」
俺は謝罪した上でリエラを認める。そして、握手するために右手を差し出した。
「こちらもだ… よろしく頼む 」
リエラはそれに答えて差し出した手を握り返してくる。
視線と視線が正面からぶつかり合った。互いにプロフェッショナルの目になっている。そう感じた。
彼女なら下手なことはしないだろう。この仕事が終わるまでいい関係でいられそうだ。そんな期待が持てた。
「それではお互いに納得したところで仕事内容の話に参りましょうか? しっかりと意見を出し合って詳細を詰めていきますわ 」
ティリーゼが地図を取り出して作戦会議が始まる。細かな状況の把握や作戦の詳細な流れを話し合っていく。
俺はベノン沙漠について何も知らないから正直助かった。エンジュのサポートも受けて話を合わせていくと「そこまで知識がありますのね、流石ですわ… 」と感心されるまである。正直悪くない。エンジュ様々だ。
《………… 》
そして、日もすっかり暮れたころにはあらかた決めることが出来た。沙漠についての知識もそれなりに得ることが出来たと思う。




