第330話 帝国からの依頼①
(別視点)
帝国より南に下ると険しい山岳地帯が東西に延びている。中央大陸の北部と中部を分かつガルゼーハン大山脈群である。そこからさらに進むと山脈の麓にそって広大な草原が続いている。
草原地帯を越えると、そこには一面、黄土色の大地が広がる。中央大陸中部の面積、その七割を占める沙漠、ベノン大沙漠である。
赤道直下から南北に広がり、気温は六十度を越える。
さらさらとした砂に覆われた灼熱の地は一見すると生き物が存在しない死の大地にも思えるがそれは違う。
大地の下には潤沢な地下水脈が広がっていて人々は点々と存在する湧水地や井戸の周囲に集まって生活を営んでいる。
そして、生活をしているのは人間だけではない。沙漠の環境に適応した様々な生き物が存在している。
その生態系の頂点にいるのは砂虫と呼ばれる巨大な環形動物だ。そこに生きる者ならば誰もがそう答えるだろう。普段は地中深くに住まう彼らも時折顔を出してくる。
ばったり出くわしたなら死を覚悟せねばならない。
砂沙漠は砂の海である。深く潜るほどに魔力は濃さを増していく。表層にいたとて油断は禁物。見える範囲全てが魔境、それも深層だ。
ここでの生き方を知らない者が軽々しく足を踏み入れてはならない。
そんなベノンの地の上空に何かがあった。
空は雲一つない快晴で地上からもその存在はうかがい知れる。かなりの高度にあるのだろう。青空の画布の上に打たれた点のようにも見えた。
もしも、じっと見る者がいたなら、それが動いているとわかっただろう。
上空を飛ぶ物体…それは帝国が所有する飛行船、カストベナス号だった。
帝国を飛び立ち、中央大陸南部に向かっている。帝国が所有する工房に重要物資を届けるためだ。
巨大な流線型をした気嚢の下には船体がぶら下がるように設置されている。その先端部にある船橋で、船長と操舵手が会話をしていた。
ガラス張りの船橋からは雄大な景色が見えている。それを見ながら話をするその顔には緊張から解放されたときの緩みがあった。
「無事にガルゼーハンを越えられましたね 」
「今回は何事もなかったな。いつもこうなら良いんだがね… 」
ガルゼーハン大山脈には珍しく鳥の魔物の生息が確認されている。上空を通る時に縄張りを侵されたと感じるのか襲ってくることがしばしばあった。
一体一体は初級上位程度の魔物であり脅威度は高くないが群れをなして襲いかかってくる厄介な性質を持っていた。
今ではそれなりに安全な航路が発見されていて遭遇する確率は減っている。遭遇した時に使う対空設備や忌避剤などの対処法も確立され安全性は十分に確保されていた。
それでも、襲われれば多少の損害が出るのは免れない。対処に追われる船員の苦労もある。ガルゼーハン大山脈群を越える際には緊張感が伴うのが常であった。
「そろそろ警戒態勢を解くとしよう… 通常態勢に切り替えっ 」
船長が副船長に向かって指示を飛ばす。
「通常態勢に切り替え、了解!… 全船員に告ぐ、本船はこれより通常態勢での航行に移る。順次休息を取れ 」
副船長は船内に全てに向け、船内放送で指示の内容を伝える。これにより船内にあった緊張は幾分か解かれることになった。
好事魔多し……と言うものの、何事もなく船は進む。
やがて日が沈み始め、西の空に地平線へと太陽が沈みゆく姿が見えるようになった頃、船内に僅かな明かりが灯り始める。
地上から見えないように最小限の明かりで運行する態勢を取っていた。
そろそろ夕食だ、どんな料理がでるだろう…船員の誰もがそれを意識し始める。
そんな時だった…
「 接近する魔力有りっ! 」
怒声にも、悲鳴にも似た声が船橋に響き渡った。気が緩みかけていた船橋内が一気に緊張に包み込まれる。
「魔物ですっ! 反応…極大っ! 」
「種別はっ? 」
「………竜種っ! 爬竜型ですっ! 」
「なんだとっ!? 」
観測手からの報告に誰もが耳を疑う。状況は絶望的だ。間違いであって欲しいという期待もなくはなかったが船長はすぐに決断をする。
「全速前進っ! ただちに厳戒態勢に移る。総員持ち場につけっ! 」
指令が響き渡ると同時に明かりが最大に灯る。明るくなった船内の通路を慌ただしく人が行き交い騒がしくなった。しかし、すぐに全員が持ち場につくとウソのように静かになる。
心臓の鼓動が聞こえるような静寂の中、船橋では観測手が状況を報告する。
「ダメですっ! 振り切れませんっ! 速すぎますっ! 」
船長は戦うことを決断する。いや、残された道はもはやそれしかなかった。
「戦闘に移るっ! 回線開けっ! 」
そうして船橋での遣り取りが船内全域に、即座に伝わることになる。船員達は観測手が伝える敵との位置関係を聞きながら行動していく。
『敵、左舷後方より飛来っ、距離三千、高度二百 』
『距離二千……千五百……高度百五十 』
銃座に構える船員達はそれを聞きながら敵の、竜の姿を探す。もう見えてもおかしくない距離だ。
(あれかっ! )
暗がりの空に何かを発見した。その姿はかなりの速度で大きくなっている。
カストベナス号は飛行船でも速い。魔術で空気抵抗を減らしているからだ。それでも竜の速度には敵わなかった。おそらく小回りもきく。
取り回しで遙かに劣る飛行船のことだ。接近されればもう為す術はなかった。
『敵影確認っ! 赤い竜ですっ! 』
後方にいる別の観測手の声が船内に響く。銃座で構えている戦闘員達もその姿は捉えられていた。その魔力の大きさも感じている。人が勝てるような相手にはとうてい思えなかった。
船体からやや突き出すように設置された銃座には戦闘員が配置につき赤竜との距離を測っている。機銃の取っ手を握るその手には微かな震えが見て取れた。
だが、それでも敵が射程距離に入ると果敢に銃撃を開始する。
絶望に押し潰されそうになる心を何とか奮い立たせて狙いを定め引き金を引く。いくつもの銃弾が直線軌道を描き飛んでいった。
銃弾と言っても鉛の弾ではない。
照準用の曳光弾と忌避剤を内包した弾だ。この竜に効くのかはわからなかったが一応は爬虫類系の魔物に効くという触れ込みだ。
一縷の望みをかけて弾を発射していく。だが…
(効かないのか… )
当たっているはずだが竜は平然と飛び続け距離を詰めてきている。取り付かれるのは時間の問題だった。
『七百……五百…四百…三百… 』
船内には竜の位置を知らせる観測手の通信が続いている。
さらに距離が近づいてきた時、戦闘員の一人が榴弾砲を抱えて狙いを付ける。爆発ならば多少の効果が期待出来る、そう考えてのことだ。
下に向けて開く攻撃用の扉を解放しその上に乗っている。命綱を付けて身を乗り出し、体は完全に船外へ出ていた。
(喰らえ… )
吹き付ける風を浴びながら照準を合わせて引き金を引く。弾道が計算された弾は見事に命中すると竜の姿を炎で包み込んだ。
(どうだっ! )
炎を見つめる戦闘員達の誰もがそう思った。
しかし、次の瞬間、船内に通信を通して悲痛な声が響き渡る。
『真上ですっ! 攻撃来ますっ! 』
『総員っ! 衝撃に備えろっ! 』
一瞬の内に竜は船体の上まで来ていた。カストベナス号を本気で追いかけていたわけではなかったのだ。
あっさり上を取ると今度は急降下を開始した。
―ズンッ……
船体に大きな衝撃が走る―
『左後部気嚢、大破っ! 左舷後方飛行翼、大破っ! 』
整備士から船体の状況が知らされる…
『浮力、推力共に低下っ! 航行継続困難っ! 』
操舵手からも状況が深刻であると伝えられる…
船長は決断を迫られた。決断までに残された時間はわずかだ。
『「浮力を推力に回せっ! 離れながら降りるっ! 」』
決断はすぐに下した。数秒も経っていなかったように思う。そこで一旦、言葉を切ってから深く息を整えると再び船全体に向けて言葉を伝える。
『降りてから地上戦を開始する。総員、備えよ… 』
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タルマン専用の運搬車両ももうすぐ完成を迎える。そんな時だった。昼食時に工房から家に帰ると手紙が届いていた。
差出人は帝国騎士団……
だが、切手も消印もついていない。直接家に来て入れたようだ。おそらく急ぎの用件だろう。来たけど留守だったから一度引いたらしい。そう判断してすぐに手紙を開け、内容を確認する。
なになに…
手紙を書いたのはティリーゼだった。どうやら彼女が来ていたらしい。それなりに偉い立場だと思っていたのだが結構フットワークが軽いように思える。
自由がきく立場なんだろうか?
それはさておき内容は俺に仕事を依頼したいというものだった。詳しい内容は手紙には書けないが会って話がしたいとのこと。
場所が書いてあって応じてくれるならそこに来て欲しいのだそう。時間の指定は今日の十八時までならいつでも。
先に昼食にするか…
おそらく向こうもこの時間はご飯にしているはず。ジュジュもご飯にしようと言っている。いつも通りのペースで昼食を取るとトライクに乗ってティリーゼの元へ向かった。
ここか…
見えてきたのは背の高い建物。ホテルだった。ここに宿泊している、もしくはこれから宿泊するのだろう。
地下駐車場に停めてロビーまで行く。ロビーは柱で支えられ天井の高いだだっ広い空間になっている。タルタインでも一、二を争う高級ホテルだ。
やはり帝国騎士団のエリートとなると待遇もそれなり以上になるらしい。
入る前はフロントに言って呼び出してもらおうと思っていたのだがティリーゼは既にロビーにいた。魔力でわかる。しかし、もう一人いた。それも俺が知っている人物だ。
リエラか… 何でいるんだろう?
あまり得意な人物ではない。しかも、彼女のいる部署が関わっているとなると急にきな臭さが増す。
ちょっぴり断りたい気持ちが出てくる。しかし、帝国とお近づきになるチャンスでもある。無茶なものでない限り受けるとしよう。
そう覚悟を決めて二人の元へと歩いていく。
二人はちょっと奥まっていて外から見えにくい場所にいた。ソファにゆったりと腰掛けている様は騎士には見えない。二人とも私服姿だった。
「レイン様、良く来てくださいましたわ 」
俺が近づくなり二人は立ち上がって挨拶をしてくる。ティリーゼに至ってはこちらに歩み寄ってきて握手まで求めてきた。俺も彼女の手を握って挨拶を交わす。
「ティリーゼさんのお誘いとあらば無下には出来ませんから 」
「まあ、お上手ですこと。わたくし、嬉しくなってしまいますわ 」
「私も嬉しく思います 」
「ふふふっ 」
美しい女性との上流階級の遣り取り… なんだか楽しくなってきた
リエラが物凄い目つきで睨んでくるけど気にしなーい…
《伸ばすのは鼻の下だけにしてくださいね… 》
だけってなんだよ、だけって…
「それにしても、こちらでずっと待っていらっしゃったんですか? てっきりホテルの部屋で待っているのかと… 」
「必ずすぐに来て頂けると思っていましたわ。実際に来ていただけましたでしょう? 」
「信頼して頂いているようで恐縮です 」
そこまで思ってもらっているのは嬉しくもある。しかし、なんだか試されているようでもある。これは気を引き締めないと評価がガクッと落ちてしまいそうだ。
仕切り直して皆がソファに座ると本題に入っていく。
「置き手紙にも書きました通りレイン様にはある仕事を受けて頂きたいのです。もちろん内容を聞いた上で引き受けるか判断して頂いてかまいませんわ 」
早速、ティリーゼから話が始まる。俺の意思を尊重してくれるようだがリエラからは「断らないよな? 」って感じの視線が飛んできている。逆効果じゃないですかね?
まあ、慌てなさんな…まだ序の口よぉ
「詳しく伺っても? 」
「はい… まずは事の発端から説明させて頂きますわ。先日… 」
事の発端から説明が始まった。




