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機鋼神エイジャックス ー神石転生異世界記ー  作者: 井上 斐呂


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326/335

第326話 中央銀行②

戦争なら余りに余った人も物も消費できる。


《そうですね。実際に戦争に至る過程は複雑ですが確実に要因の一つとなったでしょう。戦地に人を送ればその分、生産力を下げることが出来ます。死者が出れば戦後においても生産力は落ちますが… 》


戦時公債を発行すればそれが通貨のように流通して経済を回すことにも繋がる。なんだったら戦争中のどさくさに紛れて通貨発行レートを上げてしまったりも出来るか?


まあ、後で大きな問題を引き起こしそうだけどな… 解決方法と言うには強引すぎる。


《ですね… 金を保有し続けなければならない金本位制を維持するのも大変です。金価格の変動にも影響を受けますし… そこで変動相場制に移行します 》


それなら通貨の量を比較的自由に変えることが出来るか?でも、どうやって通貨の価値を担保することが出来るんだ?


金本位制は保有していた金が通貨の価値を担保していた。だが、変動相場制にそんなものはない。銀行券を発行しても紙切れになってしまわないだろうか?


《その話をする前にちょっと別の話をすることにしましょう… 中央銀行は通貨を発行しますね? 日銀なら日本銀行券を印刷しています。では、印刷した物をその後どうするでしょう? どうやって市場に現金を供給するのでしょうか? 》


どうするって……それは……どうするんだろうな?


日銀は銀行の銀行とも言われるな… 銀行間でお金を遣り取りする時日銀にある口座の間をお金が動くことになる。民間銀行に渡すのか?


いや、それだと日銀の金庫が膨らむだけな気がする。民間銀行に大量の現金を捌く能力は無いだろう。


……国か? 国に印刷した現金を渡す?

ありそうだが……しかし、何か足りない気がする……


…ギブアップだ


《悪くないところまで行きましたけどね… 》


悪くない止まりか…


《日銀は印刷した現金を使って買い物を行います。それによって市場に現金が出回ることとなります 》


買い物…… 随分、漠然とした答えだな…


《日銀が物を買うことで現金が市場に出回ります。このとき制度上は何を買うかに縛りはありません。米でも小麦でもジャガイモでも…それこそ金でも… 》


だが、金を買ってしまうと本末転倒だな…


印刷する現金の量は膨大だ。そんなに大量の金を購入したら価格が高騰してしまう。そもそも現金を使い切れるほどの金が市場にない。


銀とか他の物と組み合わせても同様か… 米とかも同じ… 食品の場合、保管にも困る。大量の米が日銀の金庫にあってもしかたがない。


《現物を買うと市場に混乱を招きます。保管にも困りますし… そこで大量に購入しても問題ないように市場に膨大に存在していて再生産も容易で、尚且(なおか)つ実体がなくて価値の劣化がしにくいものを購入することにしました 》


あるのか? そんな物…


《それが国債です。日銀が国債を買う、つまり政府が国債を発行して日銀に売ることで日本政府は大量の現金を手にすることが出来ます。その現金を使用して数々の公共投資を行い市場に通貨を供給していく。こうすることで通貨量を必要に応じて増加させることが可能となりました 》


なるほど、デフレになりそうになったら国が国債の発行量を増やして日銀に売り現金を得る。公共投資を増やして現金を供給すると同時に消費も活性化する。


理論上はデフレになりようがないな。何故なら政府はいくらでも国債を発行出来るし中央銀行だっていくらでも現金を刷れる。


《疑問は通貨の価値をどう担保するのかでしたね? 政府が発行する国債を中央銀行が買う。国債とは債券であり国が債務を負っています。通貨の価値は国の債務によって担保されていると言っていいでしょう 》


国が負っている債務が通貨の価値を保証する。それは、国家が持つ総合的な力が試されていると言うことなんだろう。債務不履行にはならないという信用力そのものが通貨の価値だ。


国が保有している具体的な資産のみならず安定した政治とか公平な法制度、防衛力といった国家の全てを含んだ価値と言うことか…


《ちなみに、日本銀行券ですがこれも債券ですね。債務者は日銀です。日銀が債務を負うことで通貨として有効な物になります。債務者である日銀は自身の責任において債務を履行出来るように最大限努めなければなりません。その為に、何を買って保有するかについて慎重に選ばなければならない…その結果が国債であると言うことですね 》


国が債務を負って中央銀行も債務を負う…債務、債務、債務…全ては債務によって成り立っていると言うことか…


歴史の教科書にあった風刺画…金持ちのおっさんが札を燃やして明かりを採っている絵が思い浮かぶ。あのおっさんが燃やしたのは結局のところただの紙切れでしかないんだ。


通貨の本質も債務。例え、契約書が無くなっても契約がなくならないように銀行券を燃やしたところで債務がなくなるわけじゃない。


まあ、あのおっさんが損をしたことには変わりないんだけどな…


貨幣経済の中核にあるものが債務… だが、債務が履行されてこそ貨幣は価値を持つ。この人ならば債務を履行してくれる、つまり約束を果たしてくれるという期待と信用があればこそってことだ。


貨幣経済を支えるのは信用という実体のないもの… それだとちょっと脆そうだな…


《そう言えば昔、マスターも債券を発行したことがありましたね 》


俺が…債券を? そんなことあったか?


《ご両親にプレゼントした肩たたき券ですよ 》


ああ、あれか… あれっ? 結局、どうなったんだっけ? 使い切ってはなかった気がするな… 使ったのは最初だけ…


もしかして、どうせこいつは債務を果たさないだろうとか思われていた!?


《おそらく使い切って債券が消滅してしまうことを嫌ったのでしょう。取っておきたかったんですよ、多分… 》


多分…、何故、微妙にフォローを外す…


しかし、債務を果たさずにこちらに来てしまった形だ。まだ、存在しているとは限らないがなんとも変な感じ。


そう言えば俺は肩たたき券と何を交換したんだったか? ただ、日頃の感謝とかで作って渡しただけだったように思う。だとしたら世の中に債券だけが増えた形だな。


債券市場に出せば売れる… いや、そんな物を扱う市場はないか…


《今のマスターであれば十分に売れると思うんですけどね 》

そんな物好きがいるか?

《自分の名声を過小評価していますね… ですが、債券が増えるという現象は面白いものがあります。マスター個人でも簡単に貨幣量を増やすことができますよ 》


簡単に? 肩たたき券でも大量印刷すれば良いのか? そんなに簡単にはいかなそうだが…


《いえいえ…聞き方が悪かったですかね? 借金をすればすれば良いんです 》


借金… あまりいいイメージはないんだが…


《まあ、聞いてください。仮の話です。例えばマスターが住宅を建てるために銀行から五千万エスクを借りたとしましょう。手元には五千万の現金があります。それを建設会社に渡して土地と建物が手に入りますね。そして銀行は五千万エスク分の債券を手に入れます 》


市場には五千万の現金が、銀行には五千万の債券がそれぞれある状態だな。


現金の価値は中央銀行ひいては国が担保している。新たに出来た債券の価値は俺が稼いで返済するという信用力と俺の得た家と土地が担保する。


確かに俺が作り出した債券だな。


ん? そう言えば増えているな。現金と債券の価値を足すと一億。倍になっている。


《それが信用創造の基本です。銀行はマスターから得た債券を担保にしてさらなる資金を調達して貸し出すことも可能です。貸し借りが連鎖していくと貨幣の量は膨れ上がっていきます

 この場合、マスターは現金として口座から引き出していますが全ての取引がそうなるとは限りません。企業でも個人でも事業資金は口座に残して使うのが一般的ですから

 このとき銀行は口座の数字をいじるだけです。先の例にならえば銀行には一億エスクの貨幣があると言うことになります。貸し出しが増えるほどに銀行の中にある数字は増えていきます 》


なるほど… 経済活動が活発になると貨幣の量はどんどん増えていく。しかし、貨幣の増加に対して今度は実際に生産される物の量が追いつかなくなるんじゃないだろうか? そうなると市場に金がだぶついてくる。物価は上がるだろう。インフレーションを起こす。


《そうですね。金本位制から変動相場制になったことでデフレを克服することが出来るようになりましたがインフレの問題は残ります。逆に通貨を簡単に発行出来るようになったことでその懸念はより強まったと言えるでしょう 》


デフレには通貨の発行量を増やすことで対処した。今度は逆に通貨を回収すればいいのか? だが、それをやるには国が国債を買い戻す必要がある。そこまでの必要があるのか?


そもそも経済成長に合わせて常に中央銀行は通貨を発行してきた。そのスピードを緩めるだけでいいか… 国債の買い戻しは最後の手段だろう。公共投資を完全に止めるのは大きな問題を起こしそう…


だが、それだけでは十分じゃない気がする… 何故だ…?


……ああ、そうか


俺個人でも貨幣を増やすことは出来るんだ。通貨の供給を減らしたところで貨幣の増加を直接減速させることは出来ない。人々の経済活動量そのものが問題だ。


借金をすることが貨幣を増やす。ならば借金をしづらくすればいいと言うこと… 金利を上げればいいのか?


そう言えば民間銀行同士は中央銀行を挟んで金の貸し借りをしているんだったか… その際の金利が政策金利の影響を受ける… 政策金利を上げれば民間銀行は金利を上げざるを得ない。逆ざやになってしまうからな…


金利が上がると個人や企業は借り入れがしづらくなる。貨幣の増加は減速する。経済活動は減速していく。


政府が公共投資を控えて通貨の増加を抑制する。中央銀行が金利を上げて貨幣の増加を抑制する。その二つでインフレにならないようにするということだな。


《実際のところインフレはどうしても起こってしまうものです。しかし、その速度が緩やかなものであり賃金の上昇と釣り合いが取れていれば問題ありません。税収も増えますしね…

 もしもインフレが行き過ぎてしまったときは政府も自らが発行した債券、すなわち国債の返済を行うことになるでしょう。通貨の量を抑えるために。その時は税収も膨らんで返済能力も十分にある状態のはずです

 国債の発行上限は債務を履行出来るだけの能力に依存します。国が保有している資産や徴税力など総合的に見て決まりますので無限に発行出来るものではありません。返済にはちょうど良い機会とも言えるでしょう 》


実際にどういったことをどれだけの強さで、どのタイミングで行うのかを判断するのは難しそうだ。なかなか効かなかったり、逆に効き過ぎたりと右往左往することもあるんだろう。


様々な統計データを見ながらああでもないこうでもないと頭を悩ませる。大変そうだな… 俺がそれを考えることでもないが関係はあるし影響も受ける。しっかりしてもらいたいところだ。


……なあ、エンジュ。エンジュが俺をここに連れてきて、質問をしてきた理由がわかってきたよ


《何がでしょうか? 》


俺の能力を使えばいくらでも偽造通貨を生産可能だ。最大限有効活用すれば経済システムを混乱させることが出来るだろう。しかし、一時的に混乱させるだけだ。システムそのものを破壊することは出来ない。


俺が自分で言ったように通貨が信用なくなったならば、最悪別の手段を用いればいいだけだ。通貨が登場する以前から経済システムは存在していた。


通貨は経済システムを拡張したがあくまで表層部分にしか過ぎない。根柢にあるのは債務であり信用だ。本質の部分を破壊しない限り経済は、社会は崩れることはない。


ある意味では民間銀行券だって流通しているなら通貨と言ってもいいだろう。人々から通貨と認められたものが通貨となる。仮に帝国通貨が価値を落としたとしても代わりの物がある。


俺は自分の能力を過信していたのかも知れない…


中央銀行の方を見る。そこには相変わらずの異様を見せる建物が微動だにせず立っていた。


大異変よりも遙かに前の時代から経済は今に至るまで続き、様々な蓄積を重ねてきた。それらを引き継いでここに存在している。


その佇まいから、ここが経済の最前線で有り経済システムを絶対に守り抜くという気概を感じた。


やはり、中央銀行は恐ろしい組織だ…

喧嘩を売ってはいけないな… 最初からそのつもりはないが…


《その認識は少しずれているような気がします 》


なに… そうなのか?


《マスターの今の力は確かに恐るべきものがあります。能力の詳細を知ればいい顔はしないでしょう。しかし、先ほどマスターがおっしゃったように絶対的な力ではありません。それを知ったからと言ってすぐに存在を消しにかかると言うことでもない…話し合いの余地ぐらいはあるでしょう 》


そうか… バレたらバレたで対処のしようはあると…


《もう少し相手を信用して見るのはいかがでしょうか? 自分から積極的に開示する必要はありませんがその余地はあります。ある程度こちらから働きかけて信用度を見極めるという選択肢を考慮してみるのもいいでしょう 》


こちらから歩み寄るか…


まだその段階ではないと思う。だが、ちまちまと着かず離れずをやっていても進まなそうではある。最悪なのはこちらの準備が整う前に相手から動かれることだろう。


考えておく必要はありそうだな…


ティリーゼなんかセリアの知り合いだし窓口の候補としてどうだろう? いや、まだ早いな… 帝国内でどういった立場なのかわからない。


今度、セリアに聞いてみるとしよう…


《…それともう一つ勘違いをしているようですが警戒するとすれば中央銀行ではなく帝国です。中央銀行はあくまで帝国の一行政機関でしかありません 》


そうなのか? 中央銀行は独立性がどうこうなんて話を聞いたことがあるんだが…


《政府が目標を決めてそれに添う形で中央銀行がその目標を叶えるための手段を決める。独立性とは手段をどうするか独自に決める権限があると言うことです 》


手段か… 目標に届かなかった場合、お前の手段は甘いと文句を言われることになる。そこでバチバチとやり合う訳か…


だが、議論を交わすのは決して悪いことではない。新たな視点が得られたりもする。


《手段を独自に決める必要があるのは中央銀行には中央銀行が設立された究極の目的があるからです。もっともどんな組織にも設立の目的はあります。独自の権限を持つことは何も特別なことではないんですけどね… 》


究極の目的… それはなんだろうか?


《マスターはデフレの話の時、生産を低下させることで解決する方法を思いつきましたよね? 》


そうだったな…


《それに対して私は、生産を低下させることは人間がいらなくなることだと答えました。失業者が大量に生まれてしまうと… 》


失業者… ああ、そうか… 失業者が出ないようにすること


《正解です。中央銀行の目的は失業者を出さないようにすることですから政府が掲げる目標に添いつつもその一線は守り通さなければなりません 》


その為に政府と対立するようなことも言わなければならない…


《バッチバチですね 》


そこまで対立はしないと思うがな…


中央銀行を作ったのは国だ。その役割は当然理解しているはず。お互いにある程度譲る部分もあるだろう。もともと協力し合わなければならない関係だ。行政機関と言うことは中央銀行も政府なんだから。


《そうですね。マスターが経済システム上の脅威となる場合、一番いやな顔をするのが中央銀行でしょうが対処を決めるのは帝国そのものです。実際のところ排除に動くのはまず警察でしょう。それでダメなら騎士団ですかね… 中央銀行の役割ではございません 》


なるほど、国という大きなものと付き合って行くにはその仕組みを理解しないとダメのようだな… 誰がどんな理屈でどのように俺を評価するのかわかったものではない。


だが、帝国には皇帝がいる。皇帝とお近づきになればまるっと解決しそうだな…


《そうしたいのであれば私の方でプランを考えます 》


冗談だ、やめてくれ…


上手くいったとしてもいろいろ面倒ごとに巻き込まれてしまいそうだ。お家騒動とか権力闘争とか相場が決まっている。


《まあ、地道にやっていくのがいいでしょう。過度に恐れる必要はありませんが油断は禁物です 》


そうだな… 帝国は巨大だ。侮って良い相手ではない。


レイゼルトとの時とは随分違った風になるだろう。今思えばあの時はトントン拍子で進んでいったような気がする。幸運が味方に付いていたようだ。


今度も同じように上手くいくとは限らない。しっかりと下調べして計画を練らないとどこで地雷を踏むかわからないぞ…


「あのう…すいません 」


ん?

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