第323話 x クラーク・ロイド
リエラは入って来た人物を所長と呼んだ。
それが正式な役職なのか通称なのか判らなかったがリエラの上役であるのは間違いなさそうだ。若干の動揺が見て取れる。
所長と呼ばれた男はこちらに近づいてきて席に座るなり俺に話しかけてきた。
「初めまして、レイン君。私はクラーク・ロイド。リエラの上司に当たる者だ。この度は部下が君に失礼を働いたようで申し訳ない 」
ここでの話し合いを把握しているのかリエラの態度について謝罪をしてきた。数々の罵倒や敵対的で高圧な態度はすべてリエラの独断であったとほのめかしてくる。
「我々として…いや、帝国騎士団としては君と敵対する意思はないのだよ。仲良くやっていけたらいいと考えている 」
「…それは《《俺》》を信頼していると捉えていいのか? 」
どうなんですかね? エライ人…
このクラークと名乗った人物、どのぐらいの立場の人なのか判らないが結構上にいそうな雰囲気がある。
年齢は百を優に超えているだろうか? 地球で言うなら五十代ぐらいに見える。かなり長いこと騎士団に在籍していそう。
側面をきっちり短く刈り込んだ髪をオールバックになでつけて髪型に乱れはない。騎士団の制服ではないがスーツのような黒い服を着ていてそれがビシッと決まっている。シワ一つ見られない。
いかにも仕事が出来ます、ちゃんとした地位にいますと言った感じの風貌だ。話す価値は大いにあるだろう。期待は出来る。
帝国に入る前にこういう人物と話をしてみたいとは思ったことがあった。それは半分冗談みたいなものだったのだが、まさか向こうからやってくることになるとは…
妙な緊張をしているという自覚がある。ここでぽかをやらかすわけにはいかない。
ひりつくような空気の中相手の出方を待ってみた。
「……信頼しているというわけではないな。まだ、我々の間にそこまでの関係性が有るわけではないからだよ
ただ、君の今までの行動を我々なりに調べて分析してみたところ帝国と敵対する意思は見られないという結論に至った。その点においては信頼していると言っていい… 」
「そうか… それなら何よりだ 」
とりあえず第一関門はクリアか…
危険そうだから排除に動こうなんてことにはならなそう。今はそれだけで十分と言っていいだろう。
「ただし、リエラ君の言うことにも一理ある。まったく君に怪しい部分がないなんて言えないのが現状だ 」
それはそう…
隠していることは山ほど有る。そう思われても仕方がない。だが、それを本人に直接伝えるのはどうなんだろう? 何か意図があるのか?
思うに俺としっかり向き合うためのような気がする。自分たちがこう受け止めていることを正直に話した上で俺がどう出るかは俺に任せると言った感じかな?
それはある意味とても誠実な態度にも思えるし、なんだかんだで信頼しているからこそ取れる方法論だ。少なくともこれを伝えてもこちらが怒って席を立つような真似はしないだろうと考えているということだな。
ならば俺もそれに応えることにしよう…
「まあ、信用しきれないのはお互い様だな。それは人間であるならば仕方のないことだ。これからいい関係性が作れることを願っている 」
クラークは俺の言葉を聞いてニコッと笑みを作る。親しみが持てるような笑顔だ。やはりこちらに悪感情はないように思える。
「わかってもらえたようで何よりだよ。しかし、こちらとしては願っているだけじゃなくて実際にいい関係を作れるように努力していきたいと考えている 」
「それは具体的にどういうことだろうか? 」
「いつか君に仕事を引き受けてもらいたいと思っていると言うことだ。願わくば一緒に仕事が出来れば良い関係性を築けると思うのだがどうかな? 」
そう言うクラークの表情はやわらかい笑みを浮かべたままだったがこちらに距離を近づけてくるような真剣味があった。本音ではあるのだろう。
「仕事の内容にもよるが前向きに考えることにしよう 」
断定は避けるが拒絶まではしない。今はこれぐらいにしておこう。未来のことはわからないものだ。
「それでなにより。私としては今のところこのぐらいの距離感でいいと考えている 」
「そうか… なら、今日のところはこれぐらいでいいか? 帝都を観光している途中なんだ 」
そう言えば観光中だった。自分で言って思い出した。
「こちらはもう十分に話せたから今日のところは終わりでいい。すまなかった、時間を取らせて 」
「いや、気にしていない。こちらもなんだかんだで楽しめた 」
「ありがとう、そう言ってもらえて何よりだ。部下に見送りをさせようか? 」
「いや、ここまでの経路は覚えている。手間は取らせない…と言っても監視は付くんだろうがな… 」
「バレているか…流石だな 」
「心配しなくともおとなしく出ていくよ。もめ事は勘弁だ 」
大帝国と争おうとは思わない。どれだけ力があろうと俺は一人の人間にしか過ぎないんだ。そんな俺の態度にクラークは満足したようでニコッと笑った。
「今日はありがとう。いつかまた 」
「ああ… 」
短く答えて席を立つと部屋の出口に向かう。リエラも流石に上司の手前、こちらを引き留めて噛みついてくるなんてことはしなかった。平和裏に退室することが出来た。
建物の外に向かう道中、やはり俺を囲むように気配が付いてきたが敵意があるわけでもないので放っておく。そのまま入ってきたところから出ていくがその際に警備をしている騎士達への挨拶を欠かさない。
建物の敷地から出ると気配はすっと消えていった。クラークの指示なんだろうけど俺を監視する意味は薄れたと考えてくれた。そう受け止めて良さそうだ。そこは素直に嬉しい。
本屋街に入ってきたところから監視の目が付くようになっていた。おそらく俺が帝城に接近したことで警戒スイッチが入ったのだと認識している。
帝城から離れるまで監視されるかと思っていたのだが早々に離れたことで信用度が上がったという実感が出てくる。
クラーク・ロイド…なかなかに話のわかる人物のようだな…
リエラだけと接触していたときは正直どうかなと思っていたがなんとか持ち直せた。ある程度は信用してもいいのかもしれない。
しかしながら、相手はまだ俺について何も知らないに等しい。いろいろ調べたようだが理解には遠いだろう。この段階で正体を知られるわけにはいかない。
仮に信用を積み重ねていったところで正体を明かしてもいいと思えるほどの信頼にはならないような気がする。
結局は諜報とかそういったことをやる組織か…
リエラは偽名と言っていたしクラークも偽名だろうな…
そんなことを考えていたらふと思いつくことがあった。
これって…
まさか…
バッドポリス・グッドポリスというヤツでは…
最初に威圧的な警官が攻め立ててきて相手の心を疲弊させる。そこにあとから気さくな警官が現れて話を聞く。そうすることで容疑者や犯人が口を割りやすくするとかいうヤツ。
その可能性がなくもない…
危ないな。引っかかるところだった。
リエラの強硬な態度とかクラークの一見話がわかる風の態度とかがなんとなしに嘘くさく思えてきた。
とくにクラークのエリート然とした感じが今だと少し鼻につく。
やはり時代はゴリラ… ガチムチゴリラしか勝たん…
《まだ引っ張りますか…ソレ… 》
やつのひたむきさを見習ってほしいものだ。あいつなら小細工無しで正面からぶつかってくる。
《聞いてない… 》
ガチムチゴリラは最高だぜっ!
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(別視点)
レインが部屋を出て行ったあとそこには残されたリエラとクラークだけが残っている。監視をしていた騎士達も今はレインの後を追ってここにはいない。
リエラにとって気まずい沈黙が流れていた。なのでさっさとこの場を離れようとする。
「では所長。わたしは仕事に戻ります 」
席から立って扉に向かって歩き出すと、途中でその背中に声がかけられた。
「待ちたまへ… 話しておきたいことがある 」
クラークがリエラを呼び止める。柔らかい感じの口調であったが有無を言わさぬ圧を含んでいた。しぶしぶといった感じで従うとクラークの対面に座る。
リエラと向き合うとほんの数秒だけ無言で視線を交わしてからクラークは迷いながら言葉を投げかけていく。
「……組織の方針としては彼と一定の距離を保ちつつ穏便にやっていく…君にもそう伝えたはずだと思っていたんだが違ったかな? 」
「いいえ、違いません。間違いなくそう聞いています 」
きっぱりと答えるリエラにクラークは内心で頭を抱える。わかっていてあんな言動をしていたのかと叱責したくなった。しかし、どうしてという疑問もある。とりあえず聞いてみることにした。
「なら、どうしてあんな攻撃的な態度に出たのかな? こちらとしては当然、客人と接するように迎えると思っていたのだけれど… 」
「お言葉ですが所長… アイツは所長が考えているような人間ではないと思います。馴れ合いは危険です 」
「そうかも知れない。だとしても、いや、だからこそ友好的な態度を取るべきじゃないかな? リエラ君…
君が彼を罵倒していると聞いて口から心臓が飛び出そうになったよ… もしも、彼がこの場で敵対行動に出たらこの場の戦力では止めようがないからね。君はもう少し自重するべきだった 」
「わたしのせいでアイツに帝国がナメられるのは我慢出来ません。最初にガツンとやってやった方がいいんです 」
「……… 」
リエラの行動原理に二の句が告げられなかった。一番面識があるから任せようと思ったのが失敗だったと後悔し始める。
「ダン君も一緒に面会させた方が良かったみたいだね。彼がいたならもう少し君の行動も抑えられただろう。別件がなければ同行させたんだけど… 」
「彼がいたとしても結果は同じだと思いますよ? アイツは… レインは危険です… 気に食いません 」
「何故そこまで警戒するのかな? 」
「アイツは何かを隠しています 」
「隠しているって… そんなのは狩人なら…いや、人間なら誰もが秘密を抱えているものだろう? 」
「そんなありきたりなものではありません。ヤツが抱えている秘密はとんでもないモノのはずです 」
「ふむ…? 」
レインに対するリエラの評価を聞いてクラークの中に迷いが生じる。
リエラはまだまだ若くて柔軟さに欠ける部分があるが優秀な調査員だ。彼女がそこまで言うならそれだけの何かがレインにあるようにも思えてくる。
自分が受け取った報告書には言葉で表せることしか書かれていない。言葉で表すことが出来ない情報を軽視して断ずるのは危険なのかも知れないと言う考えに至る。
ただ、もっと詳しく聞いておかなければならない。もっと話を聞いてみることに決めた。
「その秘密とは何だと思う? 」
「わかりません… ただ、それを知ることが出来ればこちらが有利に話を進められると思います 」
「その考えこそ危険だと思うけどね… レイン君が秘密を抱えていると考える根拠はなにかな? 」
「ただの勘です 」
「勘……か… 」
もっと具体的な話を聞けるかと思っていたのだが帰ってきた言葉は期待に添うものではなかった。ただ、それはそれとして切り捨てて良いものではないと考えた。勘というものも意外とバカに出来ない。
「それは女の勘というものなのかな? 」
レインは男であるし女のリエラに対して隙を見せるようなことがあったのかも知れない。ダンの報告には表れないと言うことはそう言うことなのだろうと思えた。
「……そう捉えてもらってかまいません 」
そう答えるリエラの表情には特に何の感情も表れていないようにクラークには見えた。
男女の性差を引き合いに出されて多少なりとも思うところがあるのかと思ったが、そこは経験を積んだ調査員だ。私情を挟むようなことはしない。そのように評価する。
「なるほど… 多少は君の行動にも理があることは認めるよ。だがそれでも、レイン君に対していろいろと暴言を吐いたことを正当化するには足りないな… 減給三ヶ月…いや、二ヶ月程度…かな… 」
(うげっ… )
それを聞いてリエラは焦った。欲しいものも食べたいものも有る。十分な収入を得ているとは言え多少は控えねばならなくなる。何よりこんなことで処分を受けるのは外聞が悪い。経歴に傷が付きかねない。
「所長… あいつは喜んでいましたよ 」
咄嗟にいいわけが口をついた。
「喜ぶ……? 」
クラークにはその言葉が理解出来なかった。腑に落ちないと言った顔でリエラの言葉を反芻している。そこへたたみ掛ける。
「はい、女になじられて喜ぶ癖があいつにはあります。円滑な意思疎通を図るためにそう言う態度を取りました 」
ウソである。もしも、そう言う素振りを見せていたらリエラはレインを殴って退室していただろう。
ただ、自分でウソを言っていてその実、本当にそういう癖があったのではなかったかと心のどこかで思い始めていた。あれだけきつく当たったにもかかわらずそれなりに落ち着いていたことを思いだしてその信憑性に震える。
(まさか本当にヤバいヤツじゃ… )
一方でクラークはリエラに言われてその可能性を冷静に検討していた。
確かに普通の狩人であればリエラの態度に激怒して席を立ってもおかしくない。それどころか戦闘になっても不思議ではなかった。
その場合、非はこちらにあるので文句も言えない。それを危惧して慌ててこの場にやってきたのだが、実際には大きな問題は起きていなかった。そう言う事実がある。
リエラの言う通りそういった癖が有るのではないかとも思う。クラークもそう言う趣味の人間がいることは知っている。だが、リエラの言葉を鵜呑みにするのも危険だ。
「そう判断した根拠は何かな? 」
「女の勘です 」
即答した。
「………そうか。リエラ君の言うことにも一考の余地はあるようだね。減給は見送ることにしよう 」
それを聞いてリエラは内心で拳を握りしめる。
(……っしゃあっ! )
そのまま小躍りをしたい気分ではあるが上司の手前そんなことは出来ない。あくまで無表情を貫いて表面上は平静を取り繕っていた。
だが、喜びも束の間。そんなリエラに対してクラークが告げる言葉は彼女が望んでいないものだった。
「リエラ君の観察眼や女の勘はレイン君に有効のようだね。二人の相性も悪くないみたいだ。今のところ彼と一番面識がある… 」
(……ん? )
クラークが話す言葉の流れに不穏なものを感じて浮かれていた気分に暗雲が立ちこめる。
そんなリエラを置き去りにしてクラークは続ける。
「引き続きレイン君への対応は任せるよ。君を窓口にして彼と付き合っていくことにしよう 」
(うげっ…… )
リエラとしてはこれ以上レインと接するのは危険であると思っていた。深入りして秘密に触れてしまったら余計なものを背負わされるような予感があった。
それにレイン本人に対する懸念もそうだがレインに依頼する任務は相当過酷なものとなるだろう。過酷な任務には慣れているつもりだがおそらく想像の埒外のもの。それに付き合わされることも御免被りたい。
そんな思惑が表面に出ていたのかクラークから念押しのような確認が入る。
「リエラ君に特別任務を与えることにするよ。毎度のことながら辞令は発行しないけれど… もちろん引き受けてくれるね? 」
「はいっ、了解しました 」
小気味よく即答したのとは裏腹に胸中は拒否したい気持ちと対応を誤ったことへの忸怩たる思いでいっぱいだ。
変にいいわけをしたことで墓穴を掘った形であり本人もそれは理解している。しかし、それは納得を意味しない。
(クソッ! なんでわたしがこんな目にっ )




