第322話 リエラ x 尋問
ティリーゼの案内でやって来たのは官公庁があるエリア、それもその中にある建物の一室だった。
騎士団が管理する建物であるらしい。看板にそう書いてあった。日本だったら防衛省辺りが該当するんだろうか?
ちょっと落ち着かない…
「紹介したい方がおりますの… ここで少々お待ち頂いてよろしいでしょうか? 」
こちらに伺いは立てている形だが有無を言わさぬような感じがする。それは、連れてこられた場所が場所だけにそう感じただけかも知れないが…
「ええ、どうぞ 」
断れるはずもなく、にっこり笑顔で快諾するとティリーゼは部屋から出て行く。
簡素な机と椅子だけがある狭くも広くもない部屋に残される。部屋の中は静まりかえっていてついろくでもないことを考えてしまう。
まさか… 美人局とかじゃないよな?
一体、何を要求されるのか…金…ではないな。いいように危険な仕事をやらされるのか? 大帝国が本気で美人局を仕掛けてきたのならば警察や司法も当てにならない。
個人でどうにか出来るってレベルじゃねぇ…
《考えすぎでしょう。ありえないと思いますけどね… 》
安心しろ… 俺も本気で考えている訳じゃない、
七パーセントぐらいの確率でしか起きないと思っている…
《七パーセント… 多くないですか? 》
エンジュと脳内でわちゃわちゃしていたら部屋の外に気配を感じた。ティリーゼが戻ってきたようだ。扉がノックされて中に入ってくる。
最初にティリーゼが入ってきてその後ろに誰かが続いた。
すわ、身長二メートル超えのガチムチゴリラ………と思いきや女性だった。背の高いティリーゼと比べるとやや小柄に見える。その顔には見覚えがあった。
アッシェバーンで会ってフルカヴントで別れたあの警察官?の女性だ。合計で三回遭遇したことがあるがまともに顔を見たのは二回目に農場地区で会った一度きり。
よくよく考えてみれば、ほぼほぼ会話らしい会話をしたことがない相手だった。一応は一緒に敵と戦った仲とも言えなくもないが繋がりは弱い。
そもそも警官でもなかっただろう。ここにいると言うことは少なくとも帝国騎士団関係のはずだ。
俺のことをどう見ているんだろうな…
最後は投げっぱなしで去ったから何をどう受け止めたのかわからない。最悪、危険人物と見なしていても何ら不思議でも不合理でもない。
今回こういう形で接触しに来たと言うことは、とりあえず会話が出来る相手ぐらいには思ってくれていると判断しておこう。ぎりぎり殺し合いにならないぐらいだ。
《前向きなのか後ろ向きなのかわかりませんね… 》
用心深いと言ってくれ…
しっかし、随分と印象が違うな…
警察の制服かバトルスーツのような服しか着ているところを見たことがなかった。今は街に溶け込むためか普通の恰好をしている。
生地が厚めのロングスカートに白のブラウス。薄手のパーカーを羽織っている。膨らみが大きめのキャスケット帽に長い黒髪を隠すように入れている。
全体的に濃いめのベージュ色でまとめていて地味ながらも女性らしさを感じさせる仕上がりだ。
名も知らぬ彼女が俺の対面の席に着く。だが、ティリーゼさんは席に着かなかった。
「本当はご一緒させて頂きたいところなのですがこの後仕事が残っていまして…申し訳ございませんがわたくしはこれで失礼させて頂きますわ 」
そうなのか…できればいて欲しかったのだが…
まあ、しかたがない。腰を浮かせて見送ることにしよう。
「今日は楽しかったですよ。また、お会いいたしましょう 」
「ええ、その時を楽しみにしていますわ 」
ティリーゼさんが出ていくと部屋の中は静寂に包まれた。なんだか気まずい。相手はこちらをじとっとした目で見ている。とても友好的とは思えなかった。
何かを話さなければとは思うものの、そう思えば思うほどに思考が空回りするのか出てこない。そんな中でふと、母の教えが頭に浮かんだ。
『女性の私服を褒める時は過度になりすぎないようにふわっと褒めるのよ… 具体的な言及は避けること 』
やってみるか…
本当に私服を着ているのか組織から用意されたものを着ているのか判断はつかないが話のとっかかりとしては悪くないような気がする。
いくぞっ…
「そっ、その服、に、似合っているな。そそ素朴な雰囲気がいい 」
「………… 」
《噛んでますよ 》
わかってる、みなまで言うな…
「………… 」
俺の渾身の爆死に対しても彼女は無反応だった。いや、目線は鋭さを増したように感じる。部屋の温度は下がり静寂は更に深さを増す。
体感では恐ろしく長い沈黙を破るように今度は相手から言葉が発せられた。
「さっきからなんだ、その態度は。巫山戯ているのか? 気持ちが悪い… 狩人なら狩人らしくしろ 」
なっ… なんだと…
恐ろしいまでに火の玉ド直球な罵倒だ。たいしてよく知らない相手によくもまあ、いきなりそんな感情をぶつけられるよなまったく…
わからなくはないがやらないだろ、普通…
「わたしはただでさえお前のことが気に入らないんだ。怪しいヤツめ。少なくともわたしの前ではその気持ち悪い態度を改めろよ 」
罵倒したな… 二度も罵倒した…
家族でもそんな遠慮なく言ってこないのに…
「不快に思ったのなら悪かった。これでいいか? 」
「ああ 」
もういいよ… さっさと話を進めようか…
「俺はレインだ。あんたは? 」
「わたしはリエラだ。偽名だ。本名は教えん 」
「そうか… 」
そんなこと言っちゃっていいんだろうか? もしかしてリエラなりに誠意を見せているつもりなのか…?
なんだかんだで俺は彼女たちを助けたような形にはなっている。それが気に入らないと思っているのかも知れないが理解はしていると…
まさか… これもツンデレ…
「言っておくがわたしはお前に何一つ遠慮なんてしないからな。 おおかた多大な貢献をしたから自分は評価されているなんて思っているんだろうがそうはいかない…まだ、十分な検証はなされていないんだ… 」
……違うか
「俺をどうするつもりだ? 」
果たしてリエラに俺の化けの皮が剥がせるかな? まあ、剥がしたら石しか残らないが…
「これからお前を尋問する。わたしの質問に嘘偽りなく簡潔に答えろ 」
……これは…どうなんだろうな?
帝国的にはこう言うのに令状のようなものが必要なような気がしてきた。だとするとこれはリエラの独断専行か? あとで問題にならないかな? クレームは帝国騎士団でいいのかな?
ここに連れてきたティリーゼの面子も潰れるような気もする。
尋問するとか言ってるリエラの格好も可愛らしい感じのする私服だしここも普通の部屋だ。これから厳しく詰められるって感じはしない。
イレギュラーな状況であるのは間違いないようだ。
「俺に黙秘権はあるのか? 」
あるよねっ、ふつう…
「バカめ、そんなものはない 」
バッ、バカ…!? おとなしく聞いていれば調子に乗りやがって…
どうにもこの女とは話が通じないような気がしてきた。ガチムチゴリラの方がまだ円満な話が出来るだろう。
ガチムチゴリラ、ガチムチゴリラ…ああ、ガチムチゴリラ
繰り返し言うと癖になる響きがある。なんだか無性に会いたくなってきた。この場に駆けつけて来てリエラとの間を取り持ってくれないだろうか?
《落ち着いてください。架空の人物です… 》
こういうときはあいつが頼りになるんだよ…
《ダメだ…聞いてない… 》
「それでは尋問を始める。あの個体…ザナン・ドルグを倒したのはお前なのか? 」
「……なあ、ガチ…… 」
「ガチ? なんだ、それは… 」
「何でもない… 」
あっぶね… ガチムチゴリラを呼べと言うところだった…
《弁護士じゃないんですから… 》
あいつはいない、少なくともここにはな… 真面目に向き合うとするか…
《微妙に正気じゃないですね… 》
「真面目に答えろ 」
「そうしてやろう… 倒したのは俺だが俺じゃない 」
「? どういう意味だ? 」
「俺は時間を稼いだだけだ。魔石が不安定な状態にあることに気付いてな… ヤツは勝手に自滅したんだ。戦いの途中で自壊が始まったのさ… 」
ウソだけどなっ! 本当のことは教えてやらねーよっ!
「ヤツの胸部には外部から貫いたような穴が空いていたが… 」
「魔石が自壊する時の爆発には指向性があった。前後に伸びるような形だ。それで貫いたように見えたんだろう 」
「確かにな… 魔石は見つからなかったしギルドに持ち込まれた記録もない… あり得なくはない……か… 」
何をどこまで調べたのか分からないが俺の言葉に納得できるものが多少なりともあったようだ。それはなにより…
このまま通り抜けられるか?
「しかし、腑に落ちない点もある。先ほどお前は時間を稼いだと言っていたがアレを相手にそんなことが出来るとは思えない。普通の方法ではな… どうやったんだ? 」
「それは言えないな… 狩人にとって狩り方は重要なものだ。教えるわけがない 」
「黙秘権はないと言ったはずだが………ふん、まあいい。意地でも答える気はなさそうだ 」
「理解してもらったようで何よりだ。一つ賢くなったようだな 」
「抜かせ… 」
あれ? もっと突っかかってくるかと思ったが意外にあっさりとしたリアクションだな…
もしかしてわかり合うことが出来てきているのか? そんな要素はなかったように思うのだが…
《マスターの危険性を改めて確認したからでは… 》
危険…俺がか? 冗だ…… いや、そうかもな… 確かに俺は強い
猫のつもりで接していたけどそう言えばライオンだった、みたいな感じか? それなら最初からそうしてくれよ… 散々に罵倒してからそうされても今さらな感じがする。
とは言え好機ではある。こちらからも聞いていこう。
「ところで、オリバーはどうなったんだ?」
「なんだ、いきなり… 」
「俺はヤツの結末を確認していない。聞かねばならないと思っている 」
「お前の想像している通りだが… 」
「それでもはっきりと聞いておきたいんだ 」
「《《死んだ》》よ… 」
「そうか…《《死んだ》》か… 」
あれだけのことを仕出かしたのだから当然と言えば当然だ。だが、なんとなく神妙な気持ちになる。
決してオリバーの死を悼んでいるとか悲しいとか言うわけでもない。ただ、話したことがある存在がこの世から消えたことに自分が消え去ることを重ね合わせたのかも知れない。
「この件はこれでいいだろう。質問を続けるぞ… いろいろ調べたがお前がレイゼルトに表れる前のことが判らなかった。お前は一体どこから来たんだ? 」
おや? ティリーゼは知っているようだったが彼女から聞いていないのか… 一枚岩と言うことでもない? いや、個人的に得た情報は話さないでいてくれると言うことか…
「それは言わないでおこう。今さらどうでもいいことだ 」
俺の方から積極的に話す必要はないだろう。わざわざ情報を渡しても得るものは少ない気がする。それに俺ですら忘れかけていた設定だ。あまり人に話すと後々困ることになりそう…
「過去に言えないようなことを仕出かしたと言うことか? 」
それはみんな同じじゃないかな? 黒歴史の一つや二つあるだろう。
「そう捉えてくれてかまわない。だが、そうすれば俺という存在を見誤ることになる… 」
意味深なことを言って煙に巻こう。せいぜい有ること無いこと考えてくれればいい。
いずれ帝国にとって重要なのは俺の能力だと理解する日が来る。重要なのは今とこれからじゃないかな?
「まあ、今のところ犯罪傾向は見られないな。直ちに処分を下すこともないだろう 」
物騒な物言いだ。 しかし、一歩前進したような感じもある。これは相互理解への入り口と捉えていいんじゃないだろうか…
仲良くする方がお互いのためになると思ってくれませんかね?
「だが、どうせいつかボロを出す日が来るだろう。その時まで枕を高くして寝ているといい 」
余計なお世話だよっ!
だが、妙に的を射ているような気もするな。リエラに自覚はないだろうけど… 今のところ正体がバレる気配はないがこう言った手合いにつきまとわれたら時間の問題な気がする。
俺の正体を知った時、リエラはどんな顔をするだろう? 好奇心の虫がウズウズしてきたな。ウズウズ…
《ご乱心はやめてください 》
「質問を続ける… 」
まだ続けるのか…もうそろそろ勘弁してくれと思い始めたところでこちらに誰かが近づいてくる気配を感じた。
それはリエラもわかっているようで尋問を中断してドアの方を見つめる。
やがてノックの音が響きひとりの男が入ってきた。その男を見るなりリエラは呟く。
「所長… 」




