第321話 本屋街 x セリアの友人
食事が終わると店を出て本屋とか出版社が集中しているエリアへ向かう。
東京神保町のような性格の場所なんだろう。地下軌道車に乗って最寄りの駅まで行き地上に上がる。
ここは帝城に割と近い位置にあり建物は全体的に上に伸びている感じだ。雑居ビルといった感じの建物が所狭しと並んでいるが厳格に高さ規制がされているのか切り取ったように同じ高さをしている。
石造りの時代から修繕してそのまま使っているのかデザインは随分と古めかしい感じがする。タルタインの狩猟ギルドを思い出した。
外観のチェックが終わると実際に歩いてみる。
適当にいろいろな本屋に入ってみるとわかってくることがあった。新書を扱う店もあれば古書を扱う店もある。個人店もあれば巨大なデパートのような本屋もある。
個人店が圧倒的に多いのだが取り扱う本の種類にそれぞれ個性が有り小説だけとか図鑑だけとか辞書だけとか専門性がある場合が多い。
小説だけを扱うにしても恋愛専門とか活劇専門とか随分と細かな棲み分けがされているようだ。出版社専門の店舗もあるのかも知れない。
従魔連れで入れるかどうかも店ごとに対応がまちまちでジュジュには外で待ってもらうことも多い。街としてはペットを連れて歩いている人も多いので浮くことはないがジュジュのような強力な従魔は人目を引く。
撫でてもいいか聞かれることも多くて対応に困るがフレンドリーなのは悪くない。今までは遠巻きに見られることが多かったがここでぐいぐい来られるのはなぜだろう?
ひょっとすると魔物を見たことがないという人間が少なからずいるのではないかと思う。免疫がないというか魔物を脅威と認識していないということなのかも知れない。
平和なのも大概? いや、むしろ理想的か?
どちらがいいなんて言えないな…
本屋が多いのは当然として喫茶店が多いのもこの町の特徴と言っていいだろう。本屋に挟まれてちらほらとオープンカフェがあったりする。買った本を読みながらお茶を飲んで一息入れる人が多そうだ。実際に席は結構埋まっている。
そういったことが好きで趣味としてやっている人もいれば、それが文化的なものであるという認識によりやっている、言わば流行りのものとしてやっている人もいるのだろう。
意識にグラデーションがあると言うか人それぞれが違った楽しみ方をしていると言うことか? まあ、悪いことではないな
メイン通りから外れた場所には印刷所とか製本所があった。本の修繕を請け負っているところもある。水に濡れたりしてしわしわになったものや、張り付き、やぶれ、染み、日焼けなんかを手作業や木術で直したりするらしい。
一応、俺も出来るな… やらないが…
《それがいいでしょう。簡単な修復ならマスターでも可能ですが、古文書の修復などは歴史学や筆跡学、紙質に対しての専門知識などが必要になります。高度な専門性が要求されるので安易に素人が手を出すべきではないかと… 》
……思ったより難しかった…本気で取り組まないと生計を立てるのは難しいか…
一通り見て回ったので俺達もカフェでくつろぐことにする。ペット連れが多いオープンカフェを選んで入り外に近い場所に席を取った。
ジュジュにはバニラアイスを、自分にはギートとプリンアラモードを注文して甘いものを楽しむことにした。
プリンに生クリームとフルーツが添えられた華やかな佇まいは地球と同じ思考の元に作られていると感じる。固めで味の濃いプリンと淡泊な味でふわりとした食感のクリームがあう。
それだけだと口の中がもったりしてくるがそれをフルーツのサッパリした酸味と甘味が和らげてくれる。最後にギートの苦みでしめるとまた次が食べようとスプーンが出る。
甘いものも悪くないな…
そう思いながら食べていたら大きめの魔力がこちらに近づいてきた。敵意はなさそうだ。そこまで心配することもないだろうが、おや?と思うところがないわけでもない。
本屋街に来た時から視線は感じていた。遠巻きにこちらを見ているだけでただ監視をしているのだろうと思っていたが接触してくるとまでは思っていなかった。
どういう風の吹き回しだろう?
まあ、考えても仕方がない…
目線は合わせないようにしてあくまでお茶を楽しんでいる体でいると俺達のいる席の手前まで来てそこで止まる。俺に用があるで間違いないようだ。
「ご一緒してよろしいかしら? 」
やわらかいがそれでいて威厳を含んでいる声がかけられる。女性のようだ。それも格式を感じさせる口調は身分を感じさせる。
「ええ、かまいませんよ 」
俺の方もなんだか改まった感じの口調になってしまった。どう思われるだろうか?
「では、失礼しますわ 」
女性は俺の体面の席に座った。そこで初めて相手を見るのだが少し驚いた。
帝国騎士団の制服を着ている。騎士であるのは間違いない。今も俺を遠巻きに見ている気配と関係があるなら騎士より警察関係と思ったのだが違うようだ。
騎士服の胸の部分は内側から突き上げられてかなりの膨らみを見せている。そこにかかるように伸ばされた長い金色の髪は先端当たりを縦にロールさせてゴージャスな雰囲気を醸し出している。
目尻がつり上がり気味で一見きつい性格のように見えるが大きなアメジスト色の瞳は浮かべている柔和な微笑みも相まって人当たりの良さも感じさせる。
なんだろうな… 背後にバラのエフェクトがかかってそうな女性だ…
しゃべり方と言い、見た目の華やかさと言い、お嬢様って雰囲気を醸し出している。だが、見に纏うカッチリとした騎士服はそれに対してアンバランスのようにも思えた。
対面に座りながら俺の方をじっと見ている。観察されているようで少し落ち着かない。
そんな中、ふと自分がプリンアラモードを食べていることが妙に気になってきた。
子供っぽいと思われていないだろうか?
女性の値踏みするような?眼があるとなんだか緊張してしまう。それが美人ならなおさらだ。
せめて食べる所作は男らしくスマートに行おうとスプーンに魔力を込める。プリンもフルーツもサクッとカットしてもたつくことなくササッと口に運んでいく。
やがて店員がやって来て女性にオーダーを取り始める。女性の視線が店員に向いた。
チャンス…
この間に食べきってしまおう。流れるような動きで器の中を空にしてスプーンを置くと、締めとばかりにギートに一口付けてカップを置く。
これでどうかな?
「そんなに緊張なさらなくてもかまいませんわ。わたくしどもに敵意などございません 」
どうやら何か勘違いをしてくれているようだ。だが、これはこれで良し…
「それはこちらも理解しています。ただ、狩人の習性のようなものです 」
そうかな? いや、そんな気がしてきた
「まあ、流石ですわね 」
流石…と言うことは当然こちらのことは良く知っているんだろう。
「あら、そう言えば自己紹介がまだでしたわね。申し訳ございません、わたくしとしたことが… 」
「いえ、こちらも切りが悪かったところでしたから… 」
おお、良い理由付けが出来た気がするっ
「では、改めまして… わたくし帝国騎士団機動騎士隊に所属します、マレスティリーゼ・ソル・ルーゼンテロスと申しますの。以後お見知りおきを… 」
「マレスティリーゼさんですか… 機動騎士隊の… 」
いつか会ったあの男… イスハムと同じだろうか?
しかし、随分と古風な話し方をする人だな… 貴族家出身のようだし随分と歴史のある家なのか…
俺まで丁寧な話し方になってしまう…
「ティリーゼとお呼びくださいまし… 」
「……では、ティリーゼさん。もう知っていると思いますが今度はこちらが… 私はレインです。流れの狩人をやっています。こちらは俺の従魔でジュジュという名前です 」
お互いに名乗りが終わったところでタイミング良くティリーゼのオーダーが届いた。淹れたての芳ばしい香りがする。ギートを頼んだようだ。
同じタイミングで口を付けると会話が動き出していく。
「今日は帝国騎士団としてレイン様と繋がりを持ちたいと思って参りました。レイン様の優秀な狩人としての能力をいつかお貸し頂くことがあるのではないかと当方は考えておりますのよ 」
能力… 嬉しいやら悲しいやらだ
自分の実力を認められるのは素直にうれしい。しかし、能力だけというのは残念な気持ちになる。
《能力だけでもないでしょう。人格面も認められていると思いますよ? 》
それはわかっている…そうだけどそうじゃないんだ…
《スケベ心ですね… 》
男のプライドと言って欲しいな
「高く買って頂いているようでなによりです。特にあなたのような魅力的な女性の口から語られるのは格別に嬉しく思いますよ。いつか一緒に仕事が出来ればと期待してしまいますね 」
「ふふっ、お上手ですね。狩人とは思えませんわ。もともと身分のある方だとか… 」
………なにっ!? そこまで知っているのか…
一瞬、自分でも忘れていた設定だ。あまり人に話したことはなかったと思うが帝国の情報網を甘く見ていたのか?
鼻の下を伸ばしている場合じゃなかった…
《自覚、あったんですね… 》
「あら… ごめんなさい。びっくりさせてしまいましたかしら? わたくしとしたことが… 」
そう謝罪をするとティリーゼは再びカップに口を付ける。仕切り直しのつもりなのだろう。こちらも付き合うことにする。一口だけ飲んでテーブルに戻した。
「騎士団としてのお話はもうおしまいですわ。レインさんにはわたくし、個人的にお話がありますの… 」
個人的!? どういう意味ですかね?
「そうなんですか、気になりますね… 」
表面上は取り繕っておく。どうかバレませんように…
「わたくし、エルセリア・ソル・ランセスと関係がありますのよ 」
「セリアと… 」
「彼女…セリアとは帝立騎士学校で同期でしたの。今でも手紙や電話で遣り取りする仲ですわ。あなたのことはお話の中で何度となく聞いていましたのよ 」
「…そうでしたか 」
どうしよう… なんだか急に恐くなってきた…
いったいどんな話をしていたんだ?
知りたいような知りたくないような、そんな感じだ
そんな俺の内心など知らぬとばかりにティリーゼは話を進めていく。
「わたくしとセリアは同期の中でも一、二を争っていた間柄でしたわ… 」
どうやら昔話を始めるらしい。興味はある。しかし…
これは長くなるぞ…
覚悟を決めてギートに口を付ける。あっ、空になった…
「今思えば下らない理由でしたが… わたくし、入学当初からセリアに対抗心を燃やしていましたの 」
「どうしてでしょうか? 」
「彼女の姉が騎士校の中で伝説的な存在だったからですわ 」
「ソフィアが…伝説…、気になりますね 」
「ソフィリアーゼお姉様のことはどの程度ご存じ? 」
お姉様…?
「一緒に仕事をしたことがあります 」
「でしたらかなりお詳しいようですわね。お姉様はたぐいまれなるお力で在学中に数々の功績をお立てになられましたわ。それが校内だけでなく外にも漏れ聞こえるほどでしたの 」
「それ程ですか…まあ、納得と言えば納得ですが 」
「ええ… その中で貴族の間でも伝説として語られる逸話がございまして… お姉様は在学中に機動騎士と戦ったことがありますのよ… ああ、機動騎士はご存じでしたでしょうか? 」
「ええ、ある程度は… 戦ったというのは生身で…と言うことですか? 」
「そうですわ、余興のようなもので機動騎士の方も理力武装は使いませんでしたが、それでもお姉様は素手で圧倒して見せたと聞き及んでいますわ 」
「素手ですか… 凄まじい…ですね 」
当時、ソフィアは二十歳そこそこだったはずだ。その時点でガン・ザシャぐらいとだったら正面から殴り合えたかも知れないな。
「実際に見られなかったことが残念でしかたがありませんわ 」
「ティリーゼさんはソフィアを尊敬しているんですね 」
「はい、わたくしの憧れの人ですわ。だから妹であるセリアを好敵手と見ておりましたの 」
「なるほど? 」
うん、ちょっと良くわからない。でも突っ込んで聞かない方が良さそうだ。俺には理解出来ないものがあるんだろう。
しかし、機動騎士か…ちょっと聞いてみよう
「少し伺ってもよろしいでしょうか? 」
「はい、なんでございましょう?」
「ソフィアが戦った機動騎士というのはどれぐらいの大きさものだったでしょうか? 」
「大きさ…ですか? 学校が所有するものですから8セスタ程度のものだったと思いますが… 」
約8メートルか…そのぐらいの大きさだと遺跡で見たものと同じ感じだろうか? いや待て、学校が所有するだと…
「学校が所有する…と言うことは生徒がそれに乗る機会があるということですか? 」
「ええ、その通りですわ。教育課程に機動騎士の操縦を学ぶ時間が含まれておりましてね…座学で学んだあと実際に搭乗して動かす機会がありますの… 」
「なるほど、そこで好成績を残したからティリーゼさんは機動騎士隊に務めていらっしゃるのですね 」
「はい、機動騎士の操縦はわたくしのもっとも誇りとするところですわ… 剣の戦闘ではセリアに遅れを取りましたが機動騎士戦ではわたくしの方が上手でしたのよ 」
ティリーゼさんはそう言うと誇らしげに胸を張る…いや、突き出すと言った方が正しいのかも知れない。
内に秘められたものがゆっさりと身動ぎを起こしていた。生命の鼓動を感じさせてくる。豊かであると誇っているかのようだ。
《どこを見てるんですか? 》
……動くものを追うのは狩人の習性だよ
《関係ありますか? それ… 》
「へぇ… そうなんですね。一度ティリーゼさんが機動騎士を動かしているところ《《も》》見てみたいものです 」
幸いにして俺の目線はティリーゼの首元にフォーカスされていて、表情を含め全体を捉えている。目線からわかることではないだろう。
「申し訳ございません… それは機密扱いになりますのでお見せすることはできませんの。残念ですわ… 」
「お気になさらずに… 国家の所有するものでしょうから個人の一存で決められるものでもないのでしょう。仕方ありません 」
「ご理解頂けて助かりますわ 」
仕切り直しにカップを口に運ぶ。あっ、空だった…
相手もカップが空になったようだ。垂直に立てて飲む。それが引き金かはわからないがここが潮時とばかりに話を切り出してきた。
「ああ、そうでした… やらなければならないことがあったのでしたわ… 」
ん? これでお開きかな?
もう少し話を聞こうかと思っていたが用事があるようなことをほのめかしてくる。監視している目と関係があるように思ったんだが違ったか? セリアの知り合いと言うし、本当に顔つなぎのためだけに来たのかも知れない。
そう考えていた俺に意外な提案がなされた。
「レイン様… この後、お時間ありますでしょうか? 」
どういったお時間でしょうか?




