第319話 高層建築 x 展望
車両から降りるとホームには結構な人がいた。改札を出るとさらに人が増える。
俺とジュジュは鍛え上げた流れるような動きで人混みの中を進んでいき駅舎から出た。するとそこには…
おお…
視界一面に背の高い近代的なビルが林立する光景が飛び込んできた。今いるペデストリアンデッキは周辺のビルとも接続されていて合理的な動線を確保している。
リニアの駅舎が建設されると同時に周辺も開発されていったという話だが実際見てみるとそれがなんとなくわかる。
もともとここは帝都でも中心部から外れた場所だったようでたいしたものはなかった。そこで遠慮なく最新技術を投入して開発をしていったと言うことなのだろう。
帝都でも高層ビルの大半はこの周辺に集まっているという話だ。オフィスビルや商業施設が集中している。
高層マンションも多いのか人口も増えていてこの人混みの形成に一役買っているということだ。
見るのはあとでもいいか…
街の観察には当てがあるので今はいい。とりあえず遅めの昼食を取ることにしよう。
エンジュ、この辺りにいい店はないか?
《申し上げにくいのですが、この辺りには従魔に対応した店があまりないようです… 》
えっ、そうなの? 軽くショックだよ…
最新の場所だとあんまり従魔を想定したつくりにしないようだな。合理的なのかも知れないが俺のような人間にとってはやりにくい。
《ペット連れ可能な店ならいけますね。おなじみのオープンテラスの店です。店内に連れて行くことは出来ませんが外で食事をすることが可能です 》
ならそこにしよう
迷っている時間が惜しい。さっそく店へと歩いていった。到着するとでかでかと赤を基調とした看板がお出迎えをしてくれる。そこには鮮やかな黄色い文字で店名が記されていた。
どこかで見たような気がするな…
《チェーン店ですからね… タルタインにもありますよ 》
ほう、そうなのか…
そう聞くとテンションが少し下がる。日本でも見たような感じなのはチェーン展開する上で合理性を突き詰めた結果なんだろう。個性は感じられない。
だが、これもある意味では旅の醍醐味なのかも知れない。地域や店舗で違いがあるのかそれとも同じクオリティを保っているのか? 微妙な違いを確かめてやろうじゃないか…
なんて思いながらカウンターの前に来たのだが早速違いはあった。帝都限定のメニューが前面に押し出されている。
なるほど、こう言うのもあるのか…
特に迷うことなく限定メニューをふたり分注文して待つ。するとチェーン店ならではのシステマチックな動きですぐに完成させて注文したものを揃えてしまった。
受け取ってからジュジュの待つ席へと戻り冷めない内に食べ始める。
このファストフードチェーンはハンバーガーやサンドイッチと言ったパンに挟んで提供する料理をメインとする店だった。
帝都限定メニューは衣を付けて揚げた鳥肉をバンズで挟む、いわゆるチキンバーガーだ。本場のアメリカではビーフパティでなければハンバーガーと言わない。それ以外はすべてサンドイッチと呼ぶそうだ。
正確にはチキンサンドなんだろうが、まあ、それはどうでもいい。今の俺に日本もアメリカもない。チキンバーガーでいいだろう。
挟んである内容を確認するために少しめくってみる。揚げ鶏が真ん中に据えられていてその上下を赤い色のソースが絡められた千切りキャベツが挟む。その上に刻んだタマネギが乗せられ最後にバンズで挟んでいる。
結構デカいな、厚みがある…
耐油紙越しに両手で掴み、大口を開けて一気にかぶりつく。最初に感じたのは揚げ鶏の外側を包み込む衣のざくざく感だ。厚めに施された衣はカラッと揚げられてかたい歯ごたえを返してくる。
咀嚼していくとやわらかな鶏肉から肉汁があふれ出す。それが衣と千切りキャベツのざくざく感と混じり合って口の中を楽しませる。
ソースはピリ辛で酸味のあるチリソースだがどこかまろやかな感じがある。マヨネーズのようなものも混ぜてあるようだ。それが鶏肉の脂感と甘味にマッチしている。辛みと酸味が油のしつこさを消して後味をサッパリしたものにさせている。
美味いな…
そこまで期待していなかったのだが想像以上に美味い。この味付けは獣人連合国に由来するものだそうだ。帝都に獣人街があるからその関係だろうか?
セットのフライドポテトは細長い形状をしている。シューストリングタイプというやつ、マクドナルドでおなじみのあれだ。味付けはシンプルに塩を振っただけなのだがこれがまためっぽう美味い。
外側がサクッとして中はとろけるようなほくほく感がある。噛んでいくとサクサク感のあとに舌の上を撫でるようなクリーミーさを感じる。それを甘く酸味のある炭酸飲料で洗うように流し込んでやるとなんとも言えない満足感を得られた。
ジュジュも満足しているようだ。食いつきが良い。ジュジュの飲み物はバニラシェイクにしているのだが特にそれがお気に入りのようだ。舌を容器に突っ込んで一心不乱に飲んでいく。
最後に、空の紙コップを横に倒してから覗き見てなんとも悲しそうな顔をしていたのが俺の胸をほっこりとさせたものだ。
遅めの昼食が終わると本格的な帝都観光に繰り出していく。店を出てとある建造物へと徒歩で向かう。最初に行く場所は既に決めてあった。
到着するとまずはその外観を確認する。手前の広場になっている場所に留まり地上部から天辺まで舐めるように見上げていく。
おお~… めちゃくちゃ高いな…
やってきたのは帝都でも一番高いビルだ。名前はカレズ・ナクトと言う。観光名所になっていて周囲には俺と同じように見上げている人達が沢山いる。なんだか東京スカイツリーを見に行った時を思い出す。
あの時俺は何歳だっただろうか? だいぶ小さかったように記憶しているが…
スカイツリーと違って電波塔ではないが下から上に向かって段々に細くなっていく構造になっている。それでもオフィスや店舗、ホテルが入り一番上まで箱形を維持している。
地上からの視点を十分に堪能したあとは一番上階の展望デッキまで登る。建物の中心部に向かい最上階までいけるエレベーターへとやって来た。
観光用で有料ではあるが俺にとって大した出費ではない。料金を払いエレベーターの中に入ると思いのほか広い空間が広がっていた。それなりに時間をかけて人が乗り込むと中は多少詰まってくるが苦しくなるほどではなかった。
扉が閉まり箱が上昇していくと思いのほか強力な加速負荷が乗客にかかる。これは日本だったら実現出来ない速さだろう。
途中までは建物の内側を進み外が見えない構造になっているが、残り二百メートルぐらいのところでガラス張りの空間を進むようになった。ビルの側面に出っ張るような形で経路が作られている。
外が見えるようになりよりはっきりとスピードが感じられる。時速四十キロは出ているだろう。普通の道を走る自動車ぐらい出てそうだ。
そんなことを考えていたら減速が始まる。減速の勢いもなかなかのもので一瞬からだが浮き上がるかと思った。当然タマヒュン現象が俺の体の中で起きている。
肉体が強くなってもこう言う感覚がなくなることはない。一緒にいる乗客達も感じていることだろう。何故だか仲間意識がほんの少しだが芽生えた。
到着して箱の外に出るとそこは最上階にある展望デッキだ。ここだけ下の階よりも広くなっている。その床の一部がガラス張りになっていて下を覗けるように作られていた。
覗いてみると地上はミニチュアのサイズに見える。高所恐怖症の人間だったら絶対に覗けないな…
そもそもここまで来るなんて事もないか…
ここは地上から七百メートルぐらい離れている。金を払ってまでわざわざ上がってくるのはこういった景色が好きな人間ぐらいだろう。
《バカと煙はなんとやらですね 》
……言うなよ、そんなこと
山の頂上から見る雄大な景色は人の心を開放的にさせてくれるものだ。遠くまで見渡せることのないコンクリートジャングルの中にあってこう言った景色を見られるようにすることは皮肉めいた視点を人々に与えることが出来るだろう。
それにこちらでは山の上は魔境だ。普通の人間が行ける場所ではない。力があったとしてもそう簡単には辿り着けない。この景色を作り上げたことは人間の技術の勝利と言っていいだろう。
《なるほど、そう言う見方も出来ますね。やる意義のあることなのはわかりました 》
わかってくれたか…
エンジュとの議論?が終わると窓の方に移動する。帝都エルナーシュを一望してやろう。
最初は西側から見ていく。まず目に飛び込んでくるのは巨大な城だ。皇帝が住まう場所。帝都の象徴でありエルナーシュを帝都たらしめている存在だ。レイゼルトの王城が白だったのに比べて帝城は黒を基調としている。
機動騎士なんかの色に近いような感じがする。古代文明との関連性があるんだろうか?
外観は重厚で厳めしい感じもするが装飾は少なく絢爛豪華と言った感じではない。質実剛健を旨としているといった印象だ。
それを囲んでいるのが官公庁の建物だろう。それなりの高さと大きさをもった建物が帝城を守るように密集している。同じく黒を基調とした色合いで統一感がある。
国家を守り通していく意思のようなものを感じるな…
一説によるとこのビルがこの高さまでになったのは帝城が関係しているという。技術的にはもっと高く出来たのだがあまり高くし過ぎると帝城を上からのぞき込めてしまう。それで高さを抑えたのだという理屈だ。
重力は地球と変わらないぐらいだし魔力格の高い材質は強靱だ。ここは地震も少ないし特別な設計をしなくても素材のアドバンテージだけで千メートルを越す建築は可能だろう。二千メートル級まで挑戦出来そうな気がする。
そうしなかった理由としてもっともらしく思えるが果たしてどうなんだろうな? むしろ、高すぎると不便だからとか、そもそも高くする必要がなかったとかそんなところか…
別のところに視線を移すと公園のような緑地帯があったり高速道路や線路の高架が見えたりする。大学とか図書館とか歴史を感じさせる建物もちらほら見えた。
意外に背の高い建物は少ないようだが歴史的な街並みを残そうとか高さ規制が課されているとかいう理由はありそうだ。
ん?
案内板を確認しながら何処に何があるのかを見ていたらそこに気になる場所を発見した。
獣人街…
獣人連合国からの移民が多く住む土地があるらしい。先ほど食べたチキンバーガーの味付けもあってなんだか中華街を思い出した。
明日行ってみようか…?
遠視術を使って拡大して眺めてみたが周りと建物の雰囲気が違うぐらいしかわからなかった。これは直接出向くしかない。
そう決めると今度は東側を覗いてみる。こちらはそこまで市街地が広がっていない感じがする。街が途切れている場所の距離が近い。
高層建築が多くて開発中のビルもある。これから開発が進んでいくといったように見える。副都心として作り上げていくつもりなのかも知れない。
目線を上げると遠くに山脈が見えた。壁のように南北に広がっていてその両端はここからでも見ることができない。帝国と共和国を隔て、事実上の国境線となっている。
数多くの山脈から成るが、まとめてタイムロン山脈群と名付けられている。通常はただタイムロン山脈とだけ呼ばれるのだが。
タイムロン山脈を越えた先にレーネやエストルがいる共和国があると思うとなんとも言えない感情が芽生えてくる。すこし緊張を伴った敵対心にも似た感情だがどんな国なのだろうといった興味もある。
いつか行くことになるんだろうか? 今のところそんな予定はないがなんとなくそんな予感がする。
まあ、気のせいかも…
ヤツらと因縁が出来てしまったからなんとなくそう思っただけで別に具体的な用事があるわけでもない。
強いて言うならばルーネのことが気に掛かるが…
《父親ですからね… 》
まだ認知するかどうかは保留だ…
壁のような山脈の手前側には本物の壁がある。断崖壁のように帝国が造り出した壁だがあれよりかは幾分か低く薄い。魔境としての格は北の大魔境より落ちる。
管理は主に狩猟ギルドと各地の領主が持つ騎士団で行われているのだが壁から少し離れたところに帝国が持つ要塞がありここからもその姿は見えている。
アルバインよりは小さいがこちらもかなりの大きさだ。オルラッド要塞というらしい。魔境からの脅威から帝都を守るためもあるんだろうが共和国を睨んでいる様にも思える。
そう思うのは俺があいつらを知っているからなのか…
山脈からは帝都に向かって大きな川が二本流れてきている。流れてくるといっても流れている場所に都市を創っただけで川の方が先に在ったんだろうがそんな昔のことはわからない。
出来てしまったのならば、ただ在るだけか…
帝都の北を流れるのがラナン川で南を流れるのがホビス川というらしい。氾濫することもあるらしいが堤防や遊水設備によってここ三百年は水害を起こしたことがないという。
北側と南側の眺望はさらっと見ただけで終わりにすると次は屋上に行く。階段を上り分厚い扉を開けると吹きっさらしの空間に出た。
落下防止のフェンスだけがあるシンプルな場所だ。眺望はとてもいいのだが風が強い。ビュウビュウと耳障りな音がひっきりなしに鳴っていてくつろげる場所ではない。そのせいか人もあまりいない。
俺達は空術で風を防げるが普通の人は我慢して長居をするほどでもないのだろう。
フェンスの前まで来て下界を眺めてみるとガラス越しの風景とはまた違った趣があった。
なんというか、若干恐いな…
空を飛んだことは何回かある。落ちたところで魔術でどうにか出来ることは頭では理解している。だが、飛んでから降りるのと最初から落下するのでは感覚が異なる。本能的なものもあるのかも知れない。
でも、開放感はある。定期的に空を飛んだら慣れてきて飛ぶことが好きになるかも知れないな。
《………バカと煙 》
聞こえんよ…




