第309話 X ガン・ザシャ② x 極性変異 x 介入
#
魔力の増大に合わせてレインの体に変化が表れる。
髪の色が根元から毛先に向かって白くなっていった。肌の色もほんのりと白さが増していく。
首筋から顔へと赤い筋が浮かんでいき紋様のように規則的な形を示すとゆらゆらと揺らめく赤い光を放つようになった。
それは顔だけでなく全身にも表れているようで服の下から光が浮き出て見える。
感じられる魔力圧は先ほどまでとは比較にならないほどだった。
それを見てもガン・ザシャはまだ余裕の態度を見せる。小さな人間に自分が負けるはずがないという自信が垣間見える。
(そうかい… それなら俺からいくぞ )
―功身:赤嵐
魔力の性質を変化させていくと白かった髪の色が赤く染まっていく。それと同時に黒かった瞳の色も赤く変化していった。
空術に特化した性質の魔力を持つかたちへと素早く変貌を遂げる。空術のみで相手を圧倒する腹づもりだった。
レインとガン・ザシャ、互いの間に静寂が流れる。怒りの表情を浮かべるレインに対しガン・ザシャは薄ら笑いを浮かべる。実に対照的な両者であった。
頑なに待ちの姿勢でいる巨獣に対しレインの攻撃がぬらりと開始されていく。
―覇空遷移
何の前触れもなくレインが消えた。ガン・ザシャの目にはそう写った。呆気にとられた表情で気配を追う。
横…。自分のすぐ脇に出現したと一瞬で理解する。同時にもうここから何をしても間に合わないと悟った。
―空震撃拳
脇腹に重い衝撃を受けて吹き飛ばされていく。肋が何本も粉砕されたと言う自覚があったが痛みは感じていなかった。自動的に脳が痛覚を遮断していた。
膨大な空気を振動させてその力を一点に集めて叩きつける魔術だった。巨大な岩を叩きつけられて跳ね飛ばされたようにも感じる。
それでも空中で姿勢を制御すると足から着地して追撃に備える。すぐにでも相手の攻撃が来ると思っていた。
しかし、来ない…
ゆっくりと歩いてきていた。余裕を見せつけている態度にも見えるがガン・ザシャの目には違った風に見える。
怒りを湛える魔力の奔流が圧となって押し寄せてきていた。それでいて荒れ狂うような激しさはなく静かに水を蓄える湖のようにも感じられる。
不気味な感覚に気圧される。相手の存在に脅威を感じているのは間違いない。しかし、それを認めるのは矜持が許さなかった。
来ないならば都合がいいと思い直し損傷を治していく。やがて、レインが間合いに入ると今度はこちらからと攻撃を仕掛けていった。
一際長い胸元の毛を変異させて針を作り出すとレインへと高速で射出する。予備動作なしで放つ瞬時の攻撃、外すことはないと思っていた。レインに反射行動は見られない。
刺されば内包する毒が回る。魔力経路を麻痺させる効果がありこの手の相手には有効なはず。さらには体組織を浸食して溶かす効果もある。獲物はその苦しみにもがき苦しむことになるだろう。
結果を思い描いて期待をする。だが…
―重風
当たる直前、猛毒の毛針はフッと消え失せるように地面へと吸い込まれていった。瞬間的に上から空気圧をかける魔術により下へと押しつけられたのだ。綺麗な円を描く窪みが地面に出来ている。
ガン・ザシャには魔術を使う前の魔力のゆらぎが見えていなかった。相手が何をしたのか理解出来ない。得体のしれない相手に動揺が起きる。
それでも引き下がることはなかった。両足で地面を踏みしめて掴み、不動の構えを見せるとレインに対して再び攻撃を仕掛けていく。
息を吸い込み胸元を膨らませ口から紫色の煙を吐き出す。毛針よりも更に強力な毒による攻撃だ。速度の遅いこの技を当てるのは難しい。普通なら正面から放つことはしない。だが何故か相手は避けないという確信めいた予感があった。
どう防ぐ? 防げるものなら防いで見ろという挑戦を叩きつけるつもりで毒霧を放出していく。
だが、ガン・ザシャの想像を超える対応が返ってくる。
―灼空
空間が、焼ける―
魔力を含む高熱が毒霧を一瞬の内に蒸発、分解させる。ガン・ザシャの巨体も高熱に包まれる。体毛は焼けて全身から炎を吹き上げる。
レインは防御ではなく攻撃を選択していた。断熱圧縮と高温熱変換を行い対象を煉獄に叩き込む。
毒霧を吐くために気道を開けていたことが災いしていた。熱は肺にまで入り込み内側からも焼いていく。
瞬間的に膨大な魔力圧に曝された空気分子は魔力崩壊を起こし周囲に白煙が立ちこめた。それも一瞬のことで白煙は消失して原子同士が結合を始め、今度は煤と水が生まれる。蒸し焼きにするような熱気の中に黒い雨が降る。
ガン・ザシャは身を焼かれる痛みに耐えかねて地面をのたうち回っていた。このときばかりは追撃の可能性も敵の存在も忘れて回復に専念せざるを得ない。
ようやく痛みが引いていくとそこで今は戦いの最中であったことを思いだした。ハッとなって起き上がると相手の姿を視界に入れる。
そこには直立してこちらを見ているだけの姿があった。
何故攻撃をしてこないのか? 何を考えているのかわからない。そんな不気味さがあった。
回復も忘れて見入っている相手に対してレインは言葉を発した。
「オマエの極性変異を見せて見ろよ 」
言葉だけでは伝わらないと考えて両手を広げて自分の姿を見せつける。
それが功を奏したのか相手の理解力が高かったのかレインの意図は伝わった。しかし、ガン・ザシャはそれでもなお、ためらいがあった。
確かに変異を行えば互角以上に戦えるだろう。だが、それを行えば自分と同格であると認めることになる。見下していたはずの小さき存在が自分と並ぶ存在であるなどとあってはならないことのはずだ。
しかし、そうしなければ確実に狩られる。このまま死んでいいのだろうかと自問する。
回復を再開しつつも決断に踏み切れないでいた。
#
ふむ……
まだ本気を見せないか…
俺の意図は伝わっているような気がするのだが動きがない。
どうしたものかな…
別にこのまま倒してしまってもいい… 実際、頭にきていた俺は狩り方を考えていなかった。最悪、魔石だけ売り物になればいいかと思っていた。
だが、こうしてボコボコにしてみるといくらか溜飲が下がったのか冷静にもなってくる。それだけではうまくないなと思い始めてきたのだ。
この際だから魔力変異までさせてしっかりと狩りたい。狩人としての矜持が心の内で頭をもたげてきている。
しかし、肝心の相手がこれではどうにもならない。
ちょっと揺さぶりをかけてやるか…
#
レインは体の前に右手を広げて伸ばすと亜空間から一振りの刀を呼び出した。
落下する前に握りこんで正眼に構える。
それは刀身が真っ黒な刀だった。
黒竜から手に入れた素材を使って作り上げた人間の姿で使うための武器だ。銘を“黒鱗刀・常闇”と言う。
“常闇”に魔力を流していく。
持ち主の魔力を吸い上げていく刀からは尋常ではない気配が漂い始める。
暴力の化身が目を醒ましていく。
#
なんだ… これは…
ガン・ザシャは目の前に表れたモノが信じられなかった。
突如として小さかった相手が何倍にも大きく感じる。
いや、自分よりも…
相手に幻影を見る。それは黒い竜の姿をしていた。はっきりとした姿として見えているわけではない。しかし、それが余計に恐怖を引き立てる。
自分と同格どころではない。格が違う。
いつの間にか右足を一歩、後ろへ引いていた。そのことに気付くと怖じ気づいている事実を突きつけられる。
自分は怯えている、恐れ戦いている…
屈辱以外の何ものでもない。それを払拭するためにはここで引き下がるわけにはいかない。怒りが湧いてきていた。
矜持を捨て去り怒りに身を任せよう…
そう決断したガン・ザシャは気付いていなかった。
両者の元へと急ぎ空を駆ける存在があることに
#
なんだ…?
いい感じになってきたな、と言うところで何かが接近してきているのを感じた。
かなりの速度だ。そして空を飛んでいるらしい。
数は二…
結構な魔力を感じるが違和感がある。なんだろうか?
こんな時になんだよ…
不機嫌になりながらもガン・ザシャに睨みを効かせていたらとうとうそいつらは俺達のいるすぐ上を通る。
―……シュァァ……
空を切る微かな音に比べてそいつらは大きく、俺達の上に大きな影を落としていった。見上げる俺の目は驚愕で見開かれる。
逆光で見たシルエットは紛れもない人型… あれは……
…ロボットだ。
<<<<<<<<<<<
(別視点)
『こちら管制塔。三時の方向に魔力反応を確認。かなり大きい。大型の魔物だ。リゼラ一号機、二号機。緊急発進せよ 』
「一号機、了解 」
『二号機、了解 』
先にイスハムの搭乗する一号機が動き出した。
「一号機、イスハム…出る 」
アルバインの側面に開かれた発着口へ進み縁に足を掛けると両足を軽く屈伸させ宙空に躍り出る。そのまま落下するかに見えたが機体はふわりと浮かんでそのままゆっくりと飛ぶ。
機体の背面に備え付けられた飛行装置が揚力を生み出している。機体は重力に逆らって釣り上げられていった。
『二号機、タレド…発進する 』
二号機が後ろに続くと二体とも速度を上げつつ四時の方角へと進路を変えて飛んでいった。
対象に接近していくと観測器が捉える情報が精度を増していく。送信された情報を管制官が分析して判明したことをイスハム達に伝える。
『対象が判明した。個体名ガン・ザシャ 』
(あいつか… )
記録にある出現回数は多い魔物だった。イスハム自身も過去に一度だけ接触したことがある。
『適当に相手をして追い払え 』
「了解 」
『了解 』
(長くなりそうだな… )
かなりしつこく襲いかかってくる性向がある魔物だ。過去の戦いではそれなりに長いこと戦ったことを思い出す。
空を飛びはしないがかなりの高度まで跳び上がってきたあと、空歩で不規則に跳ねるような動きをしてくる。そんな動きをする魔物だ。
掴みかかられたらリゼラでは力負けをする可能性もあり距離を取って戦う必要がある。相手の方がリゼラより大きい。
しかし、攻撃を避けながら距離を維持するのも大変だ。それを行いながら激しく動く相手に照準を合わせるのもなお苦労する。
厄介な相手ではあるがだからこそやりがいがある相手だった。気を引き締めて操縦桿を握り機体を飛行させる。
(ん……!? )
ものの数十秒で十分に居場所を視認出来る距離まで到達するが、森の中から光がチカチカと断続的に放たれているのを視界に捉えた。
「誰かが戦っているらしい。急ぐぞ 」
『了解 』
おそらくは狩人だろう。位置関係からそう推測すると速度を上げて現地へと向かう。
ガン・ザシャは残忍な性格をしているという記録もある。もしも狩人なら危険な状況であるはずだ。一刻も早く接触しなければならない。
イスハムはそう考えて出力を上げる。
やがて対象の上空を通り過ぎるとその瞬間に相手の姿を確認した。間違いなくガン・ザシャだ。
直ぐさま機体を反転させて逆向きに推力を上げていく。一般人なら眼球から出血する程の負荷がかかるが訓練された操縦士なら耐えられる。
空中で急停止させると右手に持つ筒状の武器に理力を流していく。リゼラ唯一の遠距離武器である理力式長銃だ。
「攻撃開始 」
『了解 』
二機のリゼラが戦闘を開始する。




