第308話 X ガン・ザシャ①
しばらくこの距離で見つめ合うがガン・ザシャは自分から仕掛けるつもりはないようだ。こちらを興味深そうに見つめている。
余裕だな… それなら…
まずは威嚇から始めて見ることにした。俺とジュジュが息を合わせて魔力を高め波動をぶつけてみる。
ヤツはそれを平然と耐えて見せた。自分の方が格上、そう信じて疑わない姿勢が見て取れる。実際そうなんだろう。力の差は感じている。
だが戦いはそれだけで決まるものじゃない。
―操雷電化術式、
《ジュジュ… いつもの… 》
魔術を構築していくのと同時にジュジュに指示を飛ばす。ジュジュは森の中に姿を消していった。俺が正面を受け持ってジュジュが遊撃に入る必勝の型だ。
ガン・ザシャはジュジュを追うどころか目で追いかけもしなかった。あくまで俺を見ている。俺の方が強いと言うのもあるだろうがこいつは人間に強い関心があるようにも思える。
狩人を殺している可能性があるんだったか… その時に何かしらあったのかもな…
警戒を一段引き上げた。狩人の手の内を知っている可能性がある。
―雷神装
最初から全力で攻めることに決めて強化を行う。発動と同時に相手に向かって踏み出すと一瞬で間合いを詰めた。
驚いたような顔でこちらを見ている。だが、反応出来ていないわけでもなかった。
俺が振り下ろす斬撃に対して魔力を込めた前腕を盾にして防御してくる。切り裂かれた毛が空中に散った。それでも刃は皮まで届いていない。
反応が速い。完全とまで言わないが余裕で対応してきている。
しかし…
そこから更にイオンジェットで空中を飛んで体中に斬撃を浴びせていった。巨体に絡みつくように細かく素早く動いて相手を翻弄する。魔力防御が薄いところを的確について刃を肉にまで通していく。
ジュジュも俺の動きに連携して攻撃を重ねる。相手の隙へと爪を突き立てて引き裂いていった。
こうなると相手は防戦一方になる。顔を覆うように腕をクロスさせて防御姿勢を取る。全身に魔力を込めてひたすらに耐え抜く構えだ。
俺達の方が俄然有利な状況になっている。しかし、俺はあまり手応えを感じていなかった。ジュジュも同じように感じている。
肉まで切り裂いているが出血は見られない。劣勢に立たされながらも最小限のダメージに抑えているというのか? いや…
本当に劣勢か?
試しに体から移行させて“絶雷”に込める電子を増やして見る。それをぶつけてやろうとした瞬間、相手の魔力にピクリと反応があった。
《ジュジュ、一旦引こう 》
攻撃を中断すると同時にジュジュにも引くように指示する。距離を取って様子を見ることにした。
すると、ガン・ザシャはすぐに体の傷を修復し始める。体毛も伸びて攻撃を食らう前の元通りの姿へと回復していった。
交差していた腕を下げて顔を見せると唇を歪め牙を見せて笑う。ニヤッとした笑いだ。
やはり何か狙っていやがったか…
電撃もダメージを与えていたはずだが回復術で相殺されていたようだ。こちらの攻撃を耐えながらも一瞬で攻撃に転じることが出来る余力と瞬発力がある。
これは迂闊に攻められないな
そうなると相手の攻撃を躱しながらカウンターで防御の空白を狙うのが一番効率がいいように思える。
とりあえずこいつの攻撃を見てみるとするか
出方をうかがっていると今度はこちらの番とばかりに魔力を練り上げていった。
空術だな…
空間に魔力を広げていってそれを両手に集めていく。掌の上で魔力に支配された大量の空気が圧縮されていってボール状にまとめられる。
それで終わりではなかった。
ボールは回転を始める。速度がどんどん上がっていくと上下から押し潰されたように平たく、まるでタイヤのような形状になっていった。
むしろ手裏剣か…
―シュォォォォォ………
空気を切るような、空間を混ぜるような微かな音が当たりに響く。それに向かっていく気流を感じる。
ガン・ザシャは完成した旋空手裏剣をボールを投げるような振り下ろすフォームで放つ。
―ゴオォォォォッ…
横に跳んで避けると躱したはずの手裏剣が軌道を変えて後ろから迫ってくる。どうやらコントロール可能な魔術らしい。それを上に跳んで躱すとそこにもう一方が襲いかかってくる。
今度はイオンジェットで空中を飛んで横に躱すと手裏剣もカクッと軌道を変えて俺を追尾してきた。わざとギリギリを掠めるように避けるとそのまま通り過ぎていく。
そこまで細かな制御は出来ないようだな…
次々と放たれる手裏剣を躱しているとその速度は増していく。ジュジュに対しても動きを封じるように牽制が放たれる。
手裏剣の動きが速くなるに連れ、それを操るガン・ザシャの動きも激しくなってきた。どうやら手の動きと連動しているらしい。
俺もジュジュもそれを見抜くと手の動きから手裏剣の動きを先読みして余裕で躱せるようになった。
こちらから攻撃出来るだけの隙はある。だが、まだ何かを隠しているような気がする。迂闊に飛び込むのはまずい。
挑発してみるか…
俺はポシェットから煙り玉を取り出すと攻撃を躱すついでに前に出る。顔面に向けて投擲するとヤツは頭を傾けて玉をかわす。しかし、通り過ぎる瞬間に爆発して顔の半分や肩を粉で白く染める。
特にこれと言って意味はない。強いて言うならば爆発音が不快だとかいったところだろう。それでも俺の意図するところは伝わったのだろう。
―Gyeee!…Gyeee…!
ガン・ザシャは激高したように二回叫び声を上げた。そこから動きが変わる。
地面を両足で蹴り上げて後ろに跳ぶと木の幹に足裏を付けて体を固定した。木術を使っているようだが足の指で幹を掴んでいるようでもある。どちらにせよここから来る攻撃は相場が決まっている。
次の瞬間、予想通りヤツは幹を蹴って飛ぶ。俺目がけて一直線に突っ込んできた。
速い… だが…
完全に動きを見切って横へと躱す。するとそこへ旋空手裏剣が本体とタイミングをずらして迫ってきた。
そう来るよなっ!
これも読んでいた。上に跳んでやり過ごす。しかし、本体の方が移動先の幹を蹴り上げて再び俺に向かって飛んでくる。手裏剣より本体の方が圧倒的に速い。おまけに長い腕を伸ばしてきて躱しにくい。
だったらこっちも…
雷神装を速度が出せるように振り切ってスピード勝負に出る。
木術を使って木々の間を跳弾のように跳ね回る本体に複雑な軌道を描き時間差で飛んでくる旋空手裏剣が二つ。それらを空中を自在に跳び回りながらギリギリで躱していく。
防御を薄くしているため一撃でも食らえば致命傷になりかねない。そんなスリルを味わいつつその時を待つ。
こいつはまだまだ本気を出していない。奥の手を隠している。それを出し尽くした瞬間、そこが一番の狙い時になる。躱し切った先に必殺の一撃を叩き込む。
躱していき相手が焦れるのを待っていた。そして、その時が来る。
ガン・ザシャの軌道がずれて木の幹から外れたところへと飛んでいった。そのままいけば奥の木に跳ね返り軌道修正に手間取るだろう。
一瞬、これは好機か、という安易な考えが頭をよぎるが堪える。まだ、その時ではない。仮にそうだったとしても最初からやり直して機をうかがえばいいだけだ。
追いかけたくなる衝動と逆に相手から距離を取る。
果たして俺の予想通りになった。木がグニャリと曲がりヤツの軌道上に足場を作り出す。空術と木術の複合魔術だ。
そこに体ごと突っ込んでいくと木はゴムのように歪んでいき、やがてガン・ザシャをその弾力で以てはじき返す。
今までとは一線を画す速度で俺の元へと飛来してくる。おまけに空歩のような技術を使っているのか微妙にぶれている軌道を取り躱しにくい。おそらく追尾してくるだろう。
これを躱しさえすればこちらが攻撃する絶好の機会となる。
だが、躱すのは無理だ。相打ち覚悟で攻撃に割り振っていく。
―勝負…
俺が覚悟を決めたその時…
―ドッッッッ……
突然ヤツの直前で大きな爆発が起こる。それによりヤツは減速を余儀なくされた。俺の上を通り過ぎる軌道に変化させられる。
俺は一人じゃねぇんだよ…
―白輝焦煌閃
交差する瞬間、一刀のもとに切り伏せる。
―ザン……
手応えはあった。刀が肉に深く食い込んで骨を断つ感触がある。
しかし…
振り返るとヤツは起き上がってこちらを見ていた。
心臓を切り裂くつもりだったが刃は左肩から入ってしの字を描くように切り裂いていた。
切りつける瞬間、ヤツは空術で回転して心臓を避けていた。あの土壇場でそうやって退けるのはかなりの戦闘センスだろう。
だが、傷口からはだらだらと血が流れ続けている。そう簡単に回復出来ない傷だ。追撃のチャンス…
―空射加速
回復される前にもう一度ぐらいは大きな攻撃を当てておきたい。
直ぐさま肉薄していき、あらゆる角度から斬撃を仕掛ける。防御の隙を突いて手足や背中に攻撃する…と見せかけて先ほど付けた傷を回復される前に再び抉る…
…と見せかけて本当の狙いは別に有る。それを悟られないように本気で仕掛けていく。
空歩と転水を組み合わせ、ガン・ザシャの周囲をまるで蚤のように飛び跳ね回りながら斬撃を浴びせかけていった。
傷の回復にリソースを取られているのか抵抗は薄い。浅く付けた傷からも僅かだが出血が見られる。胸の傷を狙うと嫌がってか大きく回避を取って飛び退いたりもする。
これなら気付かれないか…
《ジュジュッ! 》
合図を送るとガン・ザシャに向かって青白い閃光が伸びていく。十分に溜めを入れた渾身の一撃。当たれば大ダメージは必至。
だが、十分な隙を作っていたはずだがこいつは反応を見せてくる。回避動作に移ろうと体を捻るような動作に移る。
…チッ、させるか
唐辛子玉を顔面に向かって投げつけると同時に土術で足を地面に固定してやる。
唐辛子が炸裂するのとほとんど同時に荷電粒子咆が突き刺さった。
いけるか……ぬっ…
直撃を期待していたが唐辛子を喰らいながらもヤツはしっかりと防御を行っていた。右腕を盾にしてビームに抵抗している。周囲にプラズマがまき散らされていった。
やがて閃光が止む。
荷電粒子咆が当たっていたやつの右腕は肉が吹き飛ばされて骨が露出していた。だがそれは俺が期待していたほどの結果ではなかった。
腕を貫通して臓器にまで達すると思っていたのだが想定よりも魔力防御が厚い。唐辛子玉の効きもいまいちだったようだ。過去に同様のものを経験したことがあるのかも知れない。
結果としてはジュジュとこいつの地力の差を表すことになった。さっきの一撃でジュジュの魔力も心許ない。ここからは俺一人で相手をするとしよう。
どこまでやれるかな…
このまま戦ったとしてコアの力なしに勝てるんだろうか? 奥の手はあるのだが結果は未知数…
考えている間にもヤツは回復を進めている。腕の肉が盛り上がっていき骨を覆っていく。胸から腹にかけての傷は既に塞がりつつあった。
回復される前に攻撃を仕掛けておきたかったがガン・ザシャの纏う空気が変化している。いよいよ本気になったと言うことかも知れなかった。迂闊に仕掛けていくのはまずい。
やがて回復が終わる。俺との間にある空気が徐々に張り詰めていく。しかし…
えっ…?
急に膨らんでいたヤツの魔力がしぼんでいく。直後、どこかに向かって走り出した。
チッ… どう言うつもりだ?
あとを追いかけていく。逃げるつもりかとも思ったが方向が違う。逃げるのならば魔境の奥に向かって進むはずだ。むしろ浅い場所に向かっている。
この先にあるのは……まさか!?
魔術を使って追いかけていくとヤツは俺の予想した通りの場所で止まった。そこに追いついて正面から対峙する。
ヤツが辿り着いた場所、そこは俺達の拠点だ。拠点の大木の前で待ち構えている。
狙いはなんとなくわかる。嫌な予感がビンビンにしている。
俺が見ている前でガン・ザシャは完治した右腕に魔力を込めて大きく振り上げてこちらに見せつけるようにそこで止める。
「やめろっ!! 」
やめろと言ってやめるわけがないことは理解っているのだがそれでも叫ばずにはいられなかった。
―バギャッ!
俺の見ている前でその手は振り下ろされ拠点の入り口付近は無残にも破壊される。細かくなった木の破片が当たりに散らばっていく。辛うじて原形を留めている扉が音を立てて地面をバウンドし木にぶつかって跳ねた。
大木の側面にぽっかりと穴が空き中が見える。棚に収めていた品々の一部は衝撃で床に落ちたのだろう。ちらほらと空きが見える。
魔鉄で補強している効果なのか木に倒れる様子は見られない。修復は俺なら用意だ。
だが、なぁ…
なんとも言えない気分に陥っている俺に対してガン・ザシャは愉快な気分になっているようだ。にんまりと唇の両端を上げる。
魔物でもそんな感じに笑うんだな…
「ギャギャギャギャギャッ 」
今度は声を出して笑う。明らかにこちらを下にみている感じがする。嘲笑っているんだろう。
こいつっ…
《落ち着いてください。ただの挑発です 》
わかっているよ…エンジュ、安い挑発だ…
しかし、この後に及んで未だに人間を見下している態度は許せん。
舐めやがって…
《《こいつ》》を見てもまだそんな舐めた態度が取れるのか… 試してやる…
「おい、エテ公… 笑えねぇようにしてやるよ 」
恐怖でな…
自分の中にあるドス黒い感情を増幅させて全身に魔力を漲らせていく。魔石から体の末端へと伸びていく魔力の経路を拡張する。
魔石の中にある進化の可能性、理想に合わせて肉体の変容を促すのだ。
―極性変異、赤相




