第305話 拠点造り② x 狩りの開始、エストルの動向
まずは床の中央部分に穴を開けていく。ジュジュも通れるように結構大きめの穴を作る。穴の縁を補強してフロア材が見えるようにすると大木の中心に地下まで列なる穴を開ける作業を開始する。
この作業は木にダメージを与えないように慎重に行わなければならない。特に根の部分は木を支える重要な場所だ。指先に神経を集中して様子を見ながら行っていく。
根の部分を超えて土まで到達するとそこから更に下へと延伸していき、ある程度の深さで横へと掘り進んでいく。人が楽に立って歩ける通路を作り上げて地下世界を開拓する。
ハンビィの生態を聞いてから俺も作りたくなった…地下帝国を…
だが、今回はとりあえずトイレを作るだけに留める。
帝国を築きたいと言っても用途は思い浮かばないんだよな…
広げられるだけ広げて見たいという衝動に駆られるが自重しておく。ハンビィのような生態を持つ生物とカチ合うこともあるかも知れないのだ。まだまだ新参の俺は調子に乗らないほうがいい。
狩り場を制圧していく過程で広げるのが一番か…
通路の途中で横道にそれてその先に部屋を作っていく。出来た部屋の奥半分を深く掘り下げてブツを始末するための奈落を作り上げる。これならジュジュも用を足しやすいだろう。
掘っていく時に大ミミズとやり合った時の記憶が脳裏に浮かんだが土術で固めながら掘れば出てこれないはずだ。遠慮なく掘っていく。
概形が完成すると今度はにおいがこもらないか心配になってきた。ここも換気口を作らねばならない。
地上に出て換気口が繋がるちょうどいい場所を探す。森の茂みの中に隠れて魔物から見つかりにくい場所でなおかつ換気経路が長くなりすぎないところを見定めて穴を通していく。
トイレへと開通させたら穴の地上口に雨よけの笠と虫除けの網がついた煙突を設置した。トイレの他に通路にも換気口を設けて空気の通りを良くする。
こういった作業をしているとネズミとして巣穴を作っていた頃を思い出す。あの時はイタチに追いかけられたりと大変だったが楽しくもあった……ような気がする。
今こうしているのは、あの時の記憶の所為かもな…
ネズミの脳に記憶されていることは今の俺には関係ないはずだ。そのように感じるのはコアがあの時の記憶を俺の脳に流し込んでいるからか?
だとしたら恐いな…
それ以上考えるのをやめて作業に戻る。
地下に戻ると圧力で土を固めた壁や天井、床を木材で補強して雨が浸透してきた時に備える。
休憩を挟みながらの作業を朝から続けていてだいぶいい時間になってきた。今日はこれでおしまいにする。明日の午前中には終えることが出来るだろう。
仮拠点に戻り一晩を明かすと翌日は荷物をまとめて本拠点へ移動する。工事の再開だ。
三階のキッチンに行き放置していたシンクの排水をどうにかしていこう。
魔鉄で配管を作り壁の中を通していく。一階の床下を通すと地下への穴に出して通路の壁に這わせていく。そのままトイレまで伸ばして排水も奈落へ落とすようにした。
あとは一階の穴に蓋を作り、調理器具なんかを棚に収めて拠点の整備は完了する。
完成祝いと言うほどでもないがギートを豆から挽いて煎れることにしようか…
生の豆を小さな片手鍋に入れて焙煎していく。なんとなくいい感じに黒くなってきていい香りがしてきたらドリッパーにペーパーを敷いてそこに焙煎した豆をいれる。
空術で豆を粉々に砕くとカップの上に設置して上からお湯を注いでいく。これでギートが完成した。
香りは……うん、これで十分だな
味については正直良くわからない。コーヒーなんてスッキリと苦ければそれでいいって人間だからな、俺は…
途中で砂糖を加えて甘味を足して飲みきるとジュジュを撫でながらこれからのことを考える。
さっそく俺に対して興味を示している個体がいるんだよな……手始めにそいつから狩るとしようか?
最初の獲物はそんなにかからずに仕留めることが出来そうだ。明日から本格的に狩りを始めよう…
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(別視点)
そこは豪奢な調度品で彩られた部屋だった。金色を主体にした装飾を施された家具達は見るものに威圧感を与える。壁にも同様の装飾がなされていて目が眩むばかりだ。
しかし、統一感があるためか不思議と悪趣味には感じない。見る者に計算された品の良さすら感じさせる。
あるいはそれは、この部屋の主が放つ存在感がそうさせているのかも知れない。
椅子に座ってもなお身長の高さがわかるがっしりとした体躯を持つ。加えて鼻筋が通った凜々しくも中性的な顔立ちは性別の判断を迷わせる。
それでも出会った瞬間、すぐに女性であると理解出来るだろう。体つきは女性であることをこれでもかと主張している。
青さが勝つ紫色の髪は邪魔にならない長さで無造作に散らされて無骨な性格を表しているように見える。目の色は髪と同じだった。形の良い唇はそれらと同じ色に塗られ女性をさりげなく主張しているかのようだ。濃い褐色の肌がそれらの色を際立たせる。
厳めしい意匠の軍服を着こなしている姿は近寄りがたい厳しさを見るものに想起させるが、全体を見るとそれぞれの要素が打ち消し合って親しみやすいのか取っつきにくいのかわからない。
どうにも捉えどころのない人物のように見える。
しばらくは机の上の報告書に目を通していたが不意に顔を上げて部屋の端を見つめるとそちらに向かって声をかけた。
「来たな、エストル 」
やや低めの覇気のある声が部屋に響く。それと同時に、何の前触れもなく金髪碧眼の少年が視線の先に立っていた。
「久しぶり…かな? 呼ばれたから来たよ。ジルストラ・ダロム 」
「役職で呼べよ。軍務郷ってな… 今は勤務中だ 」
「いやだね。他に誰もいないんだしいいじゃないか 」
「……まあ、いい 」
この遣り取りは時間の無駄だと考えて本題に進めることにした。エストルが積極的に人の世の理を理解して従おうとするわけがない。
「呼ばれた理由に心当たりはあるか? 」
「帝国にちょっかいをかけたことだろうね 」
その答えはダロムにとっては想定内のものだったが間違った答えだ。しかし、答えを言って訂正することはない。エストルの考えを聞いておきたかった。黙って続きを聞くことにする。
「だいぶ大きなことをしたからね。あちらさんも僕らが仕掛けたことだと考えるだろうな… 」
相手が何も言ってこないのでそのまま続けていく。
「君がこのことで苦労をしそうなことはわかっているよ。でも、悪いことをしたなんて思わないな。だってそうだろう? それこそが僕らの存在意義に叶うことじゃないか 」
エストルの言っていることは正しい。ダロムはそう思っている。それを認めることは不快ではあるのだが、同時に受け止めて深く考えなければならない問題でもある。
だが、考えたところでどうしようもないことだった。エストルの認識の一端に触れたところで、とりあえずは良しとして正しい本題に入ることにした。
「ちげぇよ… オレが問題にしているのは別のことだ 」
「そうなのかい? じゃあ何かな?」
「オマエ、オレの部下を勝手に処分しようとしただろう? 」
「………んん~? 」
怪訝な表情で頭を捻る。そう言われも何のことかわからなかった。心当たりがない。エストルの頭の中にはいち工作員のことなどすっかりと抜け落ちていた。
「トリオン王国でのことだ。ヴィフトルムに止められただろ… 」
人間のことなど覚えないエストルにとっても流石に同族同格の相手については覚えている。ヴィフトルムの名前を出されたことであの時の詳細を思い出すと納得がいったように表情を晴らした。思い出せてスッキリとした顔で楽しそうに言う。
「ああ~っ、そうだったそうだった。思い出したよ。あいつに邪魔されなければ殺せたんだけど 」
「殺せたじゃねぇよ… もし、そうしてたらオレがその端末をぶっ壊していたところだ 」
「……それは聞き捨てならないね。たかが人間一人のためにそこまでするって言うのかい? 」
「オレが育てた部下だ、たかがじゃない。それにな… 組織には規律が必要だ。特に軍事に関わることにはな… オマエだろうと外からの勝手は許さん 」
「理解出来ないね、ただの遊びだろうに… 僕らにとっては使い潰すだけの駒でしかない。いらないんだよ… 縛るものなんて 」
相変わらずエストルの顔には人を小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。しかし、その物言いにはエストルの本質的なものが含まれているようにダロムには感じられた。
それ故にその言葉を冷静に受け止める。真摯に考えた上で言葉を返していく。
「オマエにとってはそうかもな… オレにとってもそうかもしれねぇ… だが、オレは認めねぇ…
理解出来ないって言うならオマエに貸していた部下達は全員引き上げさせてもらうぜ 」
「……そうかい、残念だね。仕込んでいたものもまだあったのに… 」
残念そうな、不満そうな表情になる。まるで玩具を取り上げられた子供のようだ。しかし、その内面はどうにも読めない。演技めいたものが感じられる。
「でも、まあいいや… 」
そう言うとあっさりと元の調子に戻った。やはり残念でも不満でもなかったのだろう。エストルにとってあくまで感情は作り上げるものなのかも知れない。
だが、次の瞬間、エストルの顔から表情が抜け落ちる。人形のような生気のない顔でぽつりと一言だけ呟く。それはぞっとするほど冷たい声だった。
「どうせ、もうすぐ終わる 」




