第297話 X メルゥアンメリー・レーネ
だが万事解決したとまでは言えないだろう。詰めておくべき事がある。
「ルーネをどうするんだ? 」
「どう…とは何が言いたいのかしらぁ? 」
「ルーネは本当に人間として生きられるのかということだ 」
「それはルーネが決めることだけど… わたしはしっかりと社会に溶け込めるように育てるつもりよぉ 」
「できるのか? 」
「できる…とは言わないわぁ 」
「おい! 」
「逆に聞くけど出来なかった時あなたはどうするのぉ? 」
「そっ、それは… 」
「親権を主張して引き取る? 」
「うっ… 」
「それとも…殺す? 」
……最後まで責任を持つなんて出来そうにない。完全に俺の負けだ。まだ父親になる覚悟なんて俺にはないんだ……
レーネに全てを任せるしかない…
「悪いようにはしないわぁ! 養育費も請求しないしっ! 」
高らかに笑いながら宣言をするレーネに何故だか敗北感を覚えていた。一矢報いようなんて気力も湧かない。
《・・・・ 》
いつのまにかジュジュが俺の隣に来ていた。心配そうに見ている。
《大丈夫だよ 》
そうだ、俺は一人じゃない。ナデナデして元気をもらおう。
はぁ~、癒やされる…
《ちなみに血の繋がりと呼べるようなものはありません。髪や瞳の色も自由に変更可能です 》
えっ… そうなの!? 思ったより繋がり薄いな…
ホッとした感じもあるが、どこか残念な気持ちが自分の中にあることに気がついた。
父親としての自覚が芽生えていたというのか? それがここに来て否定されたくないと遠い叫びを上げていると言うことか…
「この話はこれでおしまいでいいわねぇ? 次の話をすることにしましょう… 」
考え込もうとする俺を現実に引き戻すようにレーネは話を進める。そして突然俺に背を向けてどこかに歩き出していく。
「何処に行くんだ? 」
背中越しに疑問をぶつける俺に立ち止まって軽く振り返ると流し目をしながら短く答えた。
「場所を変えるわ… ここだとやりにくいもの 」
そう言うと俺の返事を待たずに足を進めていく。しかたなく後ろをついていった。
そのまま門を潜り町の外に出る。レーネの案内で沙漠の荒野を黙々と歩いていく。
ずっと後ろ姿を眺めているが相変わらず何を考えているのかわからない。多少は打ち解けたし人格に触れて理解出来た部分もあるように感じていたが俺の気のせいだったのかも知れない。
距離を詰めれば詰めるほど離れていくような感じがある。あるいは雲のような存在をひたすらに掴もうとしているような感じと言うべきだろうか?
理解は出来ないながらも、少なくとも敵ではないように思っている。エストルとはまったく異なった行動原理で動いていると判断していた。
やがて、町から離れた岩場に到着する。
無数の大きな岩が地面から伸びて視界を遮っている。町からここが見えることはないだろう。
戦いには打って付けだな…
嫌な予感を感じつつもどうせまたレーネが用意したアルゴルと戦うのだろうと予測する。それならば大したことではない。
ある程度ちからを見せれば満足して帰るだろう…
「それじゃあ本題に入るとするわねぇ 」
「ああ、どんなやつと戦えばいいんだ? さっさと出してくれ… 」
「話が早くて助かるわぁ… でも、戦う相手はもういるのよ 」
ん? そうなの? 既に出してあるんだろうか…
だが、それらしいものは見えない。気配を探って見るがここら辺にいるのは俺達以外にはいない。
まさか……
「そのまさかよぉ 」
両腕を大きく広げ、笑顔で自らの存在をアピールしながら高らかに宣言する。
「戦うのはこのレーネちゃんとでーす♡ 」
戦いへの興奮がそうさせるのかいつもの彼女よりテンションが高い。どうやら本気のようだ。
「意外だな… 自分が出て戦うような性格には思えなかったが… 」
「わたしもそう思うわぁ。戦うことに興味はないのよぉ 」
「……なら戦うなよ 」
「そうもいかないのよねぇ、戦うべき理由があるの… 」
「それを聞いてもいいか? 」
「あら、恐い…詳しくは教えられないけど… ん~、そうねぇ… 」
レーネはもったいつけるように溜める。その間、顎に手を当てて眉や唇を歪ませて悩ましげな表情を作っている。視線だけが横を向いていてどこかコミカルな印象だ。
これから戦うとは思えない調子だが圧だけはびんびんに高まってきている。引き返す選択肢はもうないんだろう。
「強いて言うならば“約束”と“お礼”ね… 」
「どういう意味だ? 」
「残念だけどおしゃべりはここまでよぉ 」
話を一方的に打ち切ると俺との距離を広げるために後ろに下がっていく。主導権はあくまでレーネが保持しながら進められる。
当然か…俺の方はレーネに用があるというわけでもない…
「でも、この姿はお気に入りなのぉ、壊されたくないのよねぇ…だからはじめる前に体を交換するわぁ 」
そう言うとレーネの回りの空間が歪んでいく。
まさか…換装か…
そのまさかだ。空間の歪みが直るのと同時にレーネの姿が別のものに置き換わる。
人間の形は保っている。背筋が伸びて二本の足で直立する様は鎧を着た人だと言っても通じるだろう。
女性らしく優美な曲線を描く姿は赤と黒のカラーリングも相まって変身前のレーネの姿を彷彿とさせる。細かな装飾も各所に施されていて戦うための姿と言うよりは芸術品のように見える。
実にレーネらしい。素直にそう思えた。
しかし、それでも戦いのために作り出されたものではあるのだろう。元のレーネより随分と大きい。身長は二メートルぐらいはありそうだ。
そして、感じられる圧力は凄まじいものがある。俺が今までに戦ったことのあるものたちと比較するならあの黒竜が一番近そうだ。
《ジュジュ… 下がっていて… 》
元の姿も確かに強かった…だが、ここまでとは…
「あなたは姿を変えなくていいのかしらぁ? 」
そう言われてもこの後に及んでレーネと戦うことに躊躇が出てきてしまう。
「……いいことを教えてあげるわぁ。わたし《《たち》》の本体は別の場所にあるのよぉ。これを破壊したとしてもわたしは死なない。遠慮なく戦いなさいな 」
死なない…か… 確かにそうなんだろう
それでもためらいが生まれるのは相手が人型だからか、それともこうして言葉を交わしているからだろうか?
「あらぁ? まだ踏ん切りがつかないのぉ? 早くしないと… 」
―操雷電化術式、
レーネはなにもない空間から剣を取り出した。レイピアのような細身の剣だ。刀身は赤く、優美な雰囲気が調和を保っている。
腰を深く沈み込ませ構えを取った。圧が一気に高まり押し寄せてくる。
マズい…!
―雷神装
本能的に最大の魔術を発動させ最大限の強化を行う。
「死ぬわよぉ 」
至近距離でレーネの声がした。
―後ろっ!
振り返りざまに“絶雷”を抜き放つと刃と刃がぶつかり合う。何とか間に合った。しかし…重い…
ぐっ、ぬぬっ…
気を抜くと押し切られそうだ。こちらは全力で押しているのにレーネは余裕で押し返している。
「ハッ! 」
気合いを入れて刀を滑らせると押し返してくる相手の剣を受け流す。返す刀で上段から振り降ろしを放つ。
―ギィンッ…
いつの間にか戻していた剣に防がれる。やはり相手の方が速い。
それでもかまわずに至近距離から斬撃を放っていく。フェイントも織り交ぜてあらゆる方向から相手の隙を突いた攻撃を仕掛ける。
だが、その尽くが防がれていく。レイピアを高速で動かして俺の斬撃を片手で受け止める。虚実すべての動きに先回りして力のみで対応している。
優美な外観とは裏腹にスペックでごり押ししてくるタイプのようだ。力の差を痛感させてくれる。
「まだ本気を出さないのかしらぁ? 苦戦の演出は美徳ではなくってよぉ♪ 」
俺の斬撃を軽く身を引いてギリギリで躱すと一歩前に踏み込む。今度はレーネの方が攻勢に出た。
これが本来の使い方と言わんばかりにレイピアで突きを放ってくる。
―ガガガガガ……
恐ろしいまでの回転速度で放たれる突きを刀で弾いていく。弾ききれなかった突きを身を捻って躱すと体勢が崩れて均衡が破られた。
後ろに下がりながら突きを捌く。ステップを踏みながら体を左右に振り今度は回避を主体にする。避けきれないものを刀で弾いて打ち落とす。
しかし、捌ききれない突きが体を掠めていき刀傷が刻まれていく。
「相手のことを考えるのは無駄よ。そんなものを気にせず圧倒的な力で蹂躙することが戦いの本質 」
攻撃しながらしゃべりかけてくる。説教のつもりなんだろうか?
余裕だな…チクショー…
「そうしなければこの先、戦い続けることは出来ないわ… 何故なら戦いに終わりなどないから。何の損失もなく、何の憂いもなく勝利していかなければ次の戦いの時にあなたはどうなるのかしら? 」
「知らんっ!! 」
―雷龍咬牙
“絶雷”に雷電を纏わせて振るい、のたうつ龍のような雷撃を放つ。レーネの腹部に直撃してその体を後ろへと押し返していく。しかし…
重ぇ…
吹き飛ばすつもりで放っているのに少しずつしか後退させられない。
「ぬっ… おお… 」
圧力を上げると同時に力を集束させる。若干だが押しのける勢いは増している。しかし、体の内部まで浸透させるつもりでやっているのだが入っていかない。
チッ… やはりか…
アルゴルと同質の力。魔力が分散させられている。
それなら…
距離は十分に稼いだ。雷撃を刀に戻しながら別の魔術を構築していく。接近戦用で集束力、貫通力に優れた術式…なおかつこの状況から立て直しが速く瞬発力を出せるもの…
―雷光烈華斬
イオン加速で一気に接近すると上段から袈裟懸けに振り下ろす。
対してレーネも引くような真似はしない。こちらに身を乗り出して正面からぶつかってくる。こちらの剣閃に対して下から掬い上げるように斬撃を放つ。
剣と剣がぶつかる。
上回ったのは俺の斬撃だった。
雷光を纏った刃がレーネの剣を断ち切る。
刃はそのままの勢いで胸から入っていき脇腹から抜ける。
まさしく袈裟懸けに切り裂いてやった。レーネの体には大きく深く刀傷が刻み込まれている。
だが、次の瞬間、レーネの手が俺の首を掴んでいた。指に力が込められ圧迫される。
「ぐっ… 」
息の詰まるような感触が襲ってきた。




