第298話 接吻
魔力構成を破壊しながら指が喉へと食い込んでくる。素の力も強力で俺は軽々と宙づりにされた。思わず刀を手放して締め付けてくる指を引き剥がそうとしたが徒労に終わった。
レーネは俺の攻撃がまるで効いていないかのように平然としていた。首への締め付けを解くことはしないが握りつぶすこともせず、無言で俺を見ている。
やがて口を開いた。
「勝つつもりがないのなら… 相手を殺すつもりがないのなら向かい合った瞬間に逃げなさい…
それは敗北ではないわ…今、戦わないというだけのこと 」
見透かされているか…
切断することも出来た。そうしなければアルゴルには効き目が薄い事もわかっている。だが、出来なかった。
俺はレーネをアルゴルだと認めたくないのかも知れない。
それは何故だろうか…?
単に人の形をしたものだからか? それとも俺がレーネのことを友人のように思っているからか?
あるいは、そう認めることで俺が俺自身を人間じゃないと認めることになるから………?
思考に囚われていたら突如としてレーネが俺を離して後ろに跳んで引き下がった。僅かに遅れてレーネがいた場所を閃光が通り過ぎる。
ジュジュの荷電粒子咆だ。まだ回復しきっていないのか威力はそこそこだ。
見かねて手を出すことに決めたらしい。だが、力の差は歴然。加勢したところでどうにかなる相手じゃない。
《ありがとう、ジュジュ… だが下がっていてくれ 》
不甲斐ないところを見せてしまったな…
こうなったら覚悟を決めるとするか
#
少しレインの雰囲気に変化が表れたことでレーネの中に期待感が湧いてくる。
(もう少しかしらぁ… )
期待を込めた目で上から下まで値踏みするように見る。
だが、まだ何かが足りないような気もする。本気を出させる以上の何か…レインの中にある可能性を見ておきたいという気持ちがあった。
「ネコちゃんの加勢で逃れられたわねぇ。でも、わたしが相手じゃあ逃げることなんて出来ないわぁ。相手が悪かったわねぇ 」
「そうでもないさ。勝つのは俺だ 」
「そうそう、その調子… 負けると言うことは全てを失うということ… あなたが負けたらジュジュちゃんを殺すわ… 」
自分でも安い挑発だと思ってうんざりする。しかし、古今東西この手の挑発ほど効果があると知っている。
実際、それを聞いてレインの圧が上がる。そして、圧の中に冷たいものが含まれているのを見逃さなかった。
「それとも、あなたより前に殺そうかしら? その方が本気になれるでしょうね… 」
それを聞いて更に圧が高まる。まったく質が異なるもののように感じられた。レーネの望んだ方向に事態は進む。
「それには及ばないさ… もう決めてある 」
――レインの周囲、空間に歪みが生じていく
#
(死なないというなら遠慮はいらないな… )
底冷えするような殺意を抱きつつもどこか冷静な自分を自覚していた。
新たなレインメーカーの可動時間は短い。最高出力を出すなら数十秒で限界を迎えるだろう。
始まりから終わりまでを頭に描き切り実行に移していく。
《換装:レインメーカー… 》
極限まで空間が歪む。瞬間、レインの姿は掻き消え白い機体が姿を現した。同時に空間の歪みが修復され、あとには何も残らない。
《…フォトンブレイズ 》
細身の機体は優美さを感じさせる。同時に直線で構成された輪郭は力強さも示している。力と速さを兼ね備えた動く芸術品だとレインは自負する。
最初からそこにいたかのように堂々たる存在感を放ち佇んでいた。
#
目の前に現れた白い姿をレーネはまじまじと見つめる。見つめながら想像以上の力を感じていた。
レインの本質を見抜くべく全力で分析していく。魔力の他に理力を使用していることに気付いた。レーネ達は理力を使えない。そのことから自分たちとは根本的に違う存在なのだと理解する。
それ以上のことを知りたくなり更なる観測を続けるがレーネの理解の範疇を超えていた。結論としては良くわからない。
それは予想通りのことであったがなんとなく癪に障る感じがある。
(まあ… 直接触れあって感じるしかないのよねぇ )
自分の中に焦りにも似た感情があることに気付くと意識してなだめる。レインという存在を知ってから心が波打ち続けている。
これ程心が動いたのは何百年ぶりのことだろうか?
思い出そうとしてやめる。
この瞬間は今だけのもの…ならば過去などと比較する意味はないという結論に至った。
全力を出してぶち当たる。今はそれだけを考えればいい。そう言う思いで核となる端末から魔力を絞り出していく。
(どうせ渡すなら後のことを考えなくていいわねぇ )
レインにつけられた損傷を修復する。折られた剣も地面に落ちた剣先を亜空間で回収し拾い上げて繋ぎ合わせる。
完全に修復すると今度は持てる全魔力を強化に回す。体が悲鳴を上げていくほどの魔力圧で全身が満たされていく。
町からは離れているはずだがそれなりに敏い者であればレーネの存在に気がつくだろう。だが、そんなことはどうでもいい。もうレインの存在だけに集中している。
レインの方もレーネへと意識を集中している。完全に二人だけの世界になっていることにレーネは興奮を覚える。
戦いに重きを置かないレーネにとってこれは異例のことであった。自分の中にある変化に戸惑うどころか楽しいとすら感じる。
(ヴィフトルムのこと… 笑えないわねぇ )
レインの方から仕掛けてくることはないようだ。動き出す気配がない。ならばこちらが先手をもらうことにする。
体を沈み込ませながら前傾姿勢を取る。引き絞られた弓矢の様に全身に力を溜めるとそこで静止した。
(それじゃ………イクわっ♡ )
地面を蹴ると爆発したように衝撃波が巻き起こった。レーネの体は解き放たれた矢のようにレインへと迫る。
一瞬で距離を詰めると未だに動きを見せないレインへと勢いを乗せて剣を振り下ろした。剣閃が肩に直撃する。
レインが自分にしたように袈裟懸けに切り裂くつもりだった。だが、剣は装甲の表面で止められる。
渾身の斬撃が髪の毛ほども食い込むことなく止められてレーネは驚愕した。
だが、胸に去来したのは驚きだけではなかった。強さへの憧憬、喜び、興奮、、、
(……いいわ )
攻撃を受けて微動だにしない堂々たる姿に一瞬だが見蕩れてしまった。動きが止まる。
出来た空白を埋めるようにレインが動きだした。右手を握りこみ拳を形作ると右腕が光に包み込まれ輝きを放つ。
その瞬間、レーネの体は吹き飛ばされる。動きをまったく知覚することは出来なかったが辛うじて腹部に拳を叩き込まれたのだと理解できた。
視界の先ではレインの姿がどんどん遠ざかっていく。それをなんとなく寂しいと感じた。後退を止めるために体勢を整えようとしてあがく。
その矢先、レインの姿が消えた。
(後ろ… )
自分を追い越して後ろへと移動したことは感じられた。同時に自分は負けたのだと理解する。
いつの間にかレーネの体は細かく分断されていた。何をしたのかはわからなかったが結果からしてみれば光子を刃状にして切り刻んだのだろう。
(残念……でも…ま… )
そこでレーネの意識は途切れることになった。
#
バラバラに切断され地面に転がったレーネの体が白煙を上げて崩れていった。
その中からレーネのコアと見られる結晶体が姿を現す。
《帰還》
レインは人間の姿に戻るとその結晶体を拾い上げしげしげと見つめる。大きさは想像よりだいぶ小さかった。一握りぐらいのものだ。
(アルゴルの魔石とは違うな… )
似たような波動を感じたが見た目は大きく異なっていた。透き通った薄い緑色をしていてむしろ理力石に似ていると思った。
太陽に向かって掲げて光に透かしてみる。すると結晶の中に無数の小さな結晶が詰まっている様な構造であることが見えた。それが何を意味するのかはわからなかったが…
眺めていても何が解るというわけでもないので亜空間に仕舞うことにする。
魔力で包み込んで引き込む。その瞬間…
(あれ…? )
レインは自分が白い空間に立っていると把握した。目の前にはレーネが人間の姿で立っている。
「あまり時間がないからさっさと済ませるわねぇ 」
「なんだ? 」
とまどうレインを置き去りにしてレーネは勝手に進めていく。
「まずお礼は言わないとねぇ…ありがとう 」
何に対する礼なのかいまいちピンときていない。それにどう返していいかわからなかった。黙っているとレーネが続ける。
「しばらく会うことはないでしょうけど、いつか絶対に会うことになるわぁ… それまで寂しくないように… 」
そこで言葉を切る。するといつの間にかレーネがレインの眼前まで移動して来ていた。完全に息のかかる距離だ。
驚愕する間もなくレーネはレインの後頭部に手を回し唇を奪った。それだけでなく舌を伸ばして唇を割って侵入していく。
突然のことに、受け手に回ったレインの体は硬直している。舌先が閉じられた前歯の表面をなぞるが、終に開門することはなかった。
僅かな時間であったが永遠のようにも感じられる。そんなあやふやな感覚の中を漂っていたらレーネは唇を離して笑顔を見せる。
悪戯が成功した悪戯っ子のような笑顔だ。上気して濡れたような、湿度で化粧がされ蠱惑的に光を放つ。
「またね… 」
一言、そう言うとレーネの姿は虚空に掻き消えレインは現実へと還っていった。




