第296話 父 x 娘 x 母
本当に俺が父親かどうかまだ判断がつかない。多分…というか絶対に一般的な父親とはかけ離れているだろう。たまにも何も今日存在を知ったばかりだし…
仕事にかまけて家庭を顧みない父親のように言われても…
でも、見ていたらなんだか面倒を見たくなってきた。決して父親と認めたわけでもないが…
「がんばっ♡ 」
レーネの声援?を背中に浴びながらルーネの元へ馳せ参じる。ルーネの後ろに立つと声をかけた。
「ルーネ… 何が食べたい? 」
声に反応して彼女は振り返り俺を見上げた。目がばっちりと合う。
無表情で何を考えているかわからないがとりあえず敵意はないようだ。俺という存在をどう受け止めて良いかわからないと言った感じなんだろうか?
見つめ合っていたら店主がルーネに声をかけてきた。
「良かった… お父さんがいたんだね。はぐれちゃダメだよ。はぐれないように手を繋いでなきゃ 」
「お父さん… 」
そう呟くと改めて俺を見る。やがて結論に至ったのか俺の手を握ってきた。父親として無事?認知されたようだ。いや、逆認知か? 認知は親がやるものだったな…たしか…
店主も俺達が親子であると判断している。俺もルーネも同じ黒髪だしな…関係ないと考えるのが不自然だ。店主の中ではもう確定事項だ。
認めるしかないのか?
あらゆる状況がそこへ辿り着くようにお膳立てされているように感じる。外堀は全て埋まっている…そんな状況だ。
今だけは父親を演じよう…
ルーネの手を引いて店主の前まで進み出る。買うとしようか、父親らしく…
やれやれ…
「氷菓子でいいか? 」
「うん… 」
「どれがいい? 」
冷蔵ケースの中には四種類のフレーバーが並んでいた。こんな沙漠の真ん中にある店としては種類が多いだろう。これも魔導具のおかげなんだろうな。
技術に思いを馳せていたらルーネがじっとこちらを見ていることに気がついた。
何だ?……ああ、そうか…ルーネの身長では見えないか…
そんなことにも気がつかないなんて父親失格…
そこでハタと気付いた。いつの間にか自覚している!? 自分の中にある父性の存在に驚きを禁じ得ない。演技が本物になってしまいそうだ。
まあ、今はいい…
繋いだ手を離すとルーネの背後に回り、脇へと手を添えて持ち上げる。これなら見えるだろう。
「これがいい 」
そうしてルーネは指をさしてフレーバーを選んだ。茶色いアイスクリーム、チョコレート味のやつだ。こちらではムープラと言う。
「これを一つくれ 」
「毎度っ 」
店主がコーンを用意して反対側の手でディッシャーを使いアイスをすくい取っていく。その作業を眺めていたらルーネがじっとこちらを見ていることに気がついた。
「どうした? 」
「お父さんの分は? 」
俺の分… 一緒に食べようと言うことなのか? そう言う気の使い方が出来るんだな… なんだか可愛く思えてきた…
「同じものをもう一つ頼む 」
「へいっ、毎度ありっ! 」
店主もほくほくだ。別の意味だろうが…
代金を払って受け取ると場所を変えるため、すぐに移動を開始する。俺には目当ての場所があった。
「どこにいくの? 」
ルーネが問いかけてくる。声には少々不満が含まれている。おそらくアイスクリームを今すぐ食べたいのだろう。悲しそうな顔を見ていると今すぐにでも与えたくなる。だが、我慢だ。
「良い場所だ… よりおいしく食べられるだろう 」
溶けないように低温熱変換を使って冷やしながら歩いていく。階段を上り辿り着いた場所は外壁の上だ。
幅1.5メートルぐらいの道になっていてぐるりと一周することが出来る。
高速道路が上を通っていてそれを真下から手が届くような至近距離で見ることが出来るのが新鮮だ。沙漠の景色を一望出来るのもいい。
縁の一段高くなっているところに腰をかけると景色を見ながらアイスクリームを食べ始めた。
二人並んで食べている様は仲の良い親子に見えるだろう。少し離れた場所ではレーネとジュジュがその様子を見守る。心なしかふたりともほっこりしているように感じる。
話すべきことも見つからない。もくもくとアイスを食べながら景色を眺めていると外壁の外側で足無しトカゲが這いずっているのを見つけた。
おそらくはヤツに操られた群れの生き残りだろう。律儀に命令を守っていると言うことか…
町を攻撃しようと探りを入れているのか、町から人が出てくるのを待っているのか?
駆除はするべきなんだろうが自分の意思でここに来ているわけでもないのに問答無用で殺すのも気が引ける。
追い払うだけにしようか…
意識を集中させて威圧を溜めていく。それをトカゲだけに集約してぶつけてやる。
―ぬんっ
突然、容赦ない威嚇をぶつけられたヤツは飛び上がるぐらい体をびくつかせると一目散に町から遠ざかる。やがて土の中に潜り姿が見えなくなった。
これで正気に戻っただろう
再び腰掛けてアイスを食べていたらルーネから話しかけてきた。
「殺さなかったの? 」
「……そうだな 」
「なんで? 」
「なんでって… 」
どう答えたものかな? そう言えば躊躇なく殺していたな… レーネのことも殴っていたし…
しっかりした答えを返さなければならないように思えてきた。答え次第でこの子の人生が決まるような危うさを感じる。心配しすぎか?
「無駄に殺すのは良くないことだからな… 殺すなら殺すでしっかりした理由が必要なんだ 」
「どうして? 」
「どうしてって… 」
困ったな… 想像していたよりも難しい問だった。いざ口に出そうとすると自分の中にあったはずの答えが霧散してしまう。そもそも最初からそんなものは無かったのかも知れない。
ひとつずつ零から組み立てていくしかない。なるべく論理的に組み立てて普遍性を持たせた答えにしたい。その方がこの子の為になるような気がする。出来るかどうかわからないけれど…
「俺は狩人だ。魔物を殺してお金を稼いでいる 」
「さっきは殺さなかった 」
「そうだな… あまり稼ぎにならなそうだった。そう言う理由もある。殺す時は、力を行使する時はその意味を出来るだけ大きなものにしなければならない 」
「どうして? 」
「それを目指さなければ自分が考えの浅い人間になっていってしまうからだ。そうなってくると自分に歯止めがきかなくなってきてしまう。力を無制限に使うことに慣れてしまえばいつかそれが自分に返ってくる 」
「なんで? 」
「世の中のありとあらゆる出来事は繋がっているからだ。俺が見境なく魔物を狩り取っていけば魔物は少なくなっていく。そうなれば俺は稼げなくなる
魔物が減って喜ぶ人間もいるだろうがそれにも限度がある。魔物から取れる魔石は必要なものだからな。それに俺以外の狩人に迷惑がかかるかも知れない
そうなると俺を危険視する人間が出てくることになる。今度は俺が人間に狩られる番になるだろう 」
「狩られるの? 強いのに? 」
「自分の力の価値を知らないなら強くはないな… それに今でも俺より強い存在はいる 」
「そうなの? 」
「ああ、力に溺れるならいつか戦うことになる。確実に… その時に俺は負けるだろうな… 」
ルーネは言葉を返してこなかった。見れば何かを考えているようだ。いや、アイスを食べているだけのようにも見える。
ちょっと話が難しすぎただろうか? 理解出来ているか心配になってきた…
普通の子供なら確実に理解出来ていない自信がある。ただ、ルーネは普通の子供ではない。ワンチャンしっかり理解出来ていることもなくはないか…
よしんば理解出来なかったとしても何かを感じて考えてくれればいい。今は理解出来なくともいつか経験を積んでいけば何かを掴める。そう信じたい。
俺もルーネも完食して景色を眺めるだけになった。
今はなにを思っているのか気になってルーネを見る。相変わらずの無表情で読み取れるものは何もない。
だが、別にそれでいいような気がしてきた。ただ時間を共有するだけでも通じ合えるものがあるように思える。俺の勝手な願望なのかも知れないがそう信じたい。
親と子の関係ってこういうものなんだろうか? 親の経験がないからわからん… ジュジュの時はどうだったかな? いや、一緒には出来ないか… ジュジュとはだいぶ違う
そんなことを考えていたらルーネは立ち上がりこちらを見つめてきた。
何か要求がありそう… 俺と話がしたいのか?
「どうした? 」
俺も立ち上がって正面から向かい合うと問いかける。問いかけながらなんとなく嫌な予感がしていた。物理的な距離は変わっていないはずなのにルーネと距離が開いたように感じる 。
「わたしは魔物とは違う… 」
「そうだな… 」
「でも人間とも違う… 」
「……… 」
なんかいきなり深刻そうな話になった。どう答えて良いか見当もつかないぞ…
「ルーネは十分人間だと思うぞ… 」
「確かに外見はそっくり… でも、それだけで人だと言えるの? 」
人間の定義…俺が一番苦手な問題だ…久しぶりに正面から突きつけられたが果たしてルーネを…いや、俺自身を納得させる答えを出せるんだろうか?
ことあるごとに逃げてきた、避け続けてきた俺には無理なのかも知れない…
黙っていたらそんな俺を放ってルーネは訥々と語り出す。
「この町を回りながら人を観察していた… わたしと比べた結果として根本的に存在のありようが異なることに気付いた 」
自分の世界に入り込んでいるようだ。その瞳に俺は映っていないのだろう。自分の考えを吐露していく。
「姿形はほとんど同じ… なのに違う… でも心のありようには似ている部分もあるように思える
わたしはそれが何故なのか知りたくなった 」
淡々と言葉を紡ぐその様子とは裏腹にルーネの顔には表情が生まれ始めていた。興奮して顔を輝かせているようにも悲しそうにも見える。
「だからわたしは……人間を殺してみようと思う 」
その言葉を聞いて俺とルーネの間に決定的な溝が生まれたように感じた。嘘なのか本当なのかわからない。だが、実際にやりそうな思いの強さがあった。
言動を間違えればとんでもないことが起きそうな切迫感が俺を襲う。
「殺すことで得られるものがあるとは思えないな… 」
「意味はあると思う… 少なくとも無駄にはしないよ? 意味の最大化はしっかりとやる。殺したあとでちゃんとバラバラにして調べてみようと思う 」
その言葉を聞いて俺は立ちくらみのような感覚に襲われる。俺が伝えたかったことの意味はあまり伝わっていなかったらしい。いや、それはどうでもいい…
ルーネはかなり本気のようだ。ルーネなりに真剣に考えた末の結論、ただの興味本位ではないと思う。
止めなければならない。取り返しのつかないことになる。しかし、どのように止めればいい?
「わたし《《は》》殺すの…? 」
「…えっ? 」
言われて何のことかわからなかった。ルーネの視線の先を追っていきようやくそれに気がつく。
俺はいつの間にか刀の柄に手を掛けていた。
その事実を目の当たりにして自分が何か人間として大切なものを失っているのではないかという疑念が沸き起こる。
戦うことに慣れすぎたんだろうか? 最初の選択肢に殺すことを選ぶ、それも無意識に… 体に染みついた感覚に自分が支配されているようにも思えてきて気分が悪くなった。
だが一方でこうも思う。オリバーやエストルですら殺す決断が出来なかった。自分なら安易な選択はしない、と…
そう考えたら気分が少し軽くなった。
良くも悪くも今までに自分が辿ってきた道のりが自分自身を形作るのだろう。今の俺なら別の選択肢を選ぶことが出来るはずだ。
何とかなるか…
柄から手を離すとルーネの顔を正面から見つめる。受け止めてやるとしよう。
「そんなことはしないし、させない。止めてみせるよ。平和的に… 」
「止めたところでわたしは止められない。知りたいことを知るまでは… 」
「ルーネが知りたいことを知る方法は一つじゃない。むしろ、そのやり方じゃあ遠回りにしかならないな 」
「そうなの? 」
俺の確信を持った態度に揺らいでいる。俺もそれなりに経験はあるんだよ。そして、心強い援軍が来た…
「そうなのよぉ 」
突然、ルーネの後ろにレーネが現れる。再び後ろから抱きしめると優しい声で語りかける。その表情は慈愛に満ちたものだった。
「わたしたちは人間ではないわ… 魔物でもない… 生き物であるかさえ定かではない…
でも、自分自身が何であるかを自分自身で決めることができる。そういう存在なの…
だから、もしもルーネが望むのであれば人間の姿を捨てることも出来る… でも、そうしたくはないのでしょう? 」
「そうなのかな…? 」
「さっき食べていた氷菓子、おいしかったでしょう? 人間であることをやめたなら今後ああいったものを食べることはできなくなるわ。他のものも同様ね 」
「! どうして? 」
「人は人のためにしか動かないからよ…動けないといった方が正しいかしら? 社会に順応したものにしか社会の成果が分け与えられることはないの 」
「そうなんだ… 」
「よく見てよく考える… そうしてから自分がどう動くか決めていくのよ…後悔しないためにね 」
「……… 」
レーネの穏やかな語り口は俺の知る彼女とは違ったものだ。優しさの中にもひどく真剣味を感じる。俺まで聞き入ってしまうほどだ。
実際、彼女の言うことは俺に響いている。他人事だとは思えない。もしかしたらレーネ自身にも語りかけているのだろうか?
これがレーネのコアな部分なのかも知れない。どちらも彼女自身ではあるんだろうけど…
「今は答えを出す必要はないわ…とりあえずお休みなさい… ルーネは生まれたばかりだから休息が必要よ 」
「うん… わかった 」
ルーネの同意を得ると力の奔流とともに彼女の姿がかき消える。レーネの亜空間の中に入っていったようだ。
とりあえず一安心か…




