第百五十話『異議と契約』
「この、女狐めが......!」
「もう良い、其方の首、
私が直々に切り落としてくれるわッ......!!!」
裁判長席にいた国主様が飛び降りてくる。
服の下に隠していたのか、腰に携えていた革製の鞘から剣を取りだし構え......
一つ、カンと地面を叩いてから、此方にその細い切っ先を向けてくる。
「あれ?もしかして怒っちゃいました......?
あの、私、あんまり殺り合う気とかはなかったんですが、やる気ですかね.....!?」
───レイピアと西洋剣の中間のような細剣だ。
目の前で馴染ませるように握りこみ、下薙ぎに構えるその姿は、壮年の魔法使いとは思えないほどの気迫と隙のなさである。
そして、構えていた細剣をビュンと振り抜き、こちらを睨んでくる国主様。
「我々に対する愚弄。態度。
其方のスキルが有用であったからこそ生かしてやろうと思ったが、それも辞めだ。
貴様は少々やり過ぎたと、その身体に刻み込んでやろう!」
そんな国主様の様子を見て焦る。
......やっべぇ、煽り過ぎた。
国主様に、人の価値だの、運命だの。
ごちゃごちゃと説教された上で身体拘束されたから、ちょっとカチンときて言葉が荒くなってしまったのだ。
でも、それだけじゃなく。
相手の冷静をかく意味でも、少しだけ強く煽ってたんだが。
「ぶっなッ!」
しかし、それにしてもだ。
あんな煽りだけで殺しにくるか?普通?
私の眼前をひゅんと通り過ぎた切っ先。
手足を拘束されている中で何とか回避したそれを見て、冷や汗をかく。
国主様、話した感じの私の印象としては、利益を優先する利己的な現実主義者だと思っていた。
だから、私の固有スキルと貴族としての誇りを天秤に掛けた上で、固有スキルの有益性を棄ててまでプライドの方を優先するとは思ってなかった。
「ほんと、マジで少しだけ冷静をかいてくれればいいと思ってたんだけど、なッ───!」
それが、まさかここまで激怒するとは......
ちゃんと誤算であった。
「チッ......!厄介なッ!」
振り下ろされた細剣を、手に付けられた枷に当てて弾き返す。
私だって冒険者なのだ。
対人戦の戦い方ぐらい熟知している。
しかし、それでも回避するのがやっとなほどの、研ぎ澄まされた剣筋である。
「ぐっ......!?」
しかも、足枷が凄まじく邪魔だ。
手枷に比べたら余裕を持った作りになってるため、動けないほどでは無い。
だが、少しでも距離感ミスると死ぬ。
多分これ以上大きく回避すると、回避中に鎖に引っ張られ転けて死ぬだろうと理解できる。
「よし、信徒たちよ!囲め!!!」
「......は?!マジですか!?
多対一って、卑怯じゃないですかね!?それは!!?」
しかも、だ。
国主様の言葉を聞いて、私の周りを取り囲み始めた黒ローブの信徒たち。
手に鎖鎌やら長剣やら投擲短剣やらを構えた彼らが、じりじりと近寄ってくるのだ。
こいつら、マジで魔導士じゃないな!?
アンリさん達も言ってたけど、ガチの武闘派集団じゃねぇか!??
その光景を見て、動揺する私。
後ろにも前にも、逃げ場は無い。
「さぁ、万事休すだな。ナガミカナムよ?」
「はは、そうですね......?
これは少々まずいかも知れない......です。」
「よく分かっているじゃないか。
さっさと、その首を差し出して去ねば───」
「ただ、私も死ぬ気は無いのでッ!!!
何もせずにやられる気はありませんがねッ!!
『水よ、火よ、周囲を隠す霧を寄越せッ!疑似複合魔法・霧隠れ───!!!』」
だからこそ、私はその危機的状況から逃れるために、霧を発生させる魔法を発動しようとした。
「───ッ!?は?なんでだッ......??」
......のだが。
私の発動しようとした複合魔法は、体外に魔力を放出する前に霧散し消えてしまった。
何か、手元で魔力の流れが失われるように。
ふっと形を瓦解させるようにして消えてしまったのだ!!!
「ふはははは!!!
貴様、今魔法を使おうとしたか!?」
「ッ、それがどうかしたってんですか?!国主様!?」
「残念だったなぁ......!?
貴様のその枷には、魔法を阻害する特殊な魔力が流れているのだよ?
その枷は、我が国の重犯罪者魔導士を拘束する為に開発した、対魔導士用魔導具だからなぁ!!」
......っ、魔法に対策をされていた?!
だとすると不味い!
すぐに、ふとん召喚の方にイメージを変えて防御に徹しなければ信徒達が攻撃してくるッ......!
固い、固いふとん!
それが、私の身を守るイメージで───
「───ぐっ!?」
しかし私がふとんを召喚しようとした時だった。
突如として、私の足枷に繋がれていた鎖が引っ張られる。
先程まで近くに居た信徒の一人。
私のことを近くで監視していた護衛兼監視用の黒ローブが、私の邪魔をしてきたのだ。
「魔導師様の御心のままにッ......!」
くっそ、コイツ......?!!!
私の身体乱暴に扱ったり、鎖引っ張ってきたり色々した上に邪魔までしやがって!絶対許さないからな......!!?
───ていうか、何が魔導師だ!
この国主様、完全にお前ら寄りのインファイターじゃねーか!!!
こんな剣技上手い魔導士見たことねぇわッ!!!
いや、待て! 違う!そうじゃない!
そんな事よりも今は、早く逃げなければ───?
「やれ、信徒共ッ!!!
その者の首を切り落としてしまえ!!!」
「あ、まずッ───!!?」
しかし、そう考えた時にはもう遅く。
私を取り囲むようにして集まっていた信徒達の群れ。
それが、国主様の号令と共に私に飛びかり、それぞれの武器を振り下ろしてきていて───!?
「くっあ、〘雲逃れ〙発ど───!!」
「ちょっと待ちなさいな!貴方達ッ!!!」
しかし、だ。
その声が聞こえた瞬間、
ぴたりと動きを止める信徒の群れ。
───そして、ふわりと浮くようにして傍聴席から降りてきた彼女を見て、恭しく頭を下げる彼ら。
「信徒達。命令よ。
他の誰の命令も聞かず、下がっていなさい。」
「はい、解りました。
魔導師様の仰せの通りに。」
そして、何故か国主様を置いてけぼりにして、何処かへと去っていく信徒達。
「おい、おい!信徒共ッ!?
待てっ!アイツを殺せッ!?」
それを見て、国主様は慌てて剣幕を張るが、聞く耳を持つ黒ローブは一人もいなかった。
その光景を見て、私は困惑する。
「え?あ、どういう事だ?
なんで、あいつら下がって......?」
「ナガミちゃん。
まぁ、それについては後から話すから。ちょっと待っててね。」
そして、そんな私に声を掛けてくる、彼女。
「───さて、お父様。」
「言われた通り、
裁判中の行動は大体大目に見ていたけれど......これは少々やり過ぎではなくて?」
「くっ、貴様ッ!!私を裏切ったな!??
平民の、反逆者の娘の分際で───!!!?」
「はぁ。裏切ったも何も、先に契約を破ったのはそっちでしょう?アーレント・キルシュタイン?」
そう言って、国主様に対し。
先程までとは違う威圧感のある態度で、カンカンと靴を鳴らしながら近寄っていく彼女を見て。
「───ナガミカナムは殺さない。
それが、今回の裁判を発足させる唯一の契約だった筈だけど?
どうして、貴方は剣を抜いてしまっているのかしら、お義父サマ?」
その、険のある瞳でもって、
国主様のことを見下している彼女の様子を見て。
私は、思わずその名前を呟いたのだ。
「イヴさん......?
なんで、貴女が───?」
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