第百四十九話『分の悪い』
「......なるほど、な?
つまり貴様は、今回の件は問題行動を起こしたフィリオン家だけでなく、ここに居る私達にも何らかの非があると言いたいわけか?」
新学寮長、ナガミカナム。
何処かリゼリアに似た雰囲気を感じるその女は、私の問いかけに事実だけを述べるようにして、自らの主張と言い分を並べていた。
その様子は、まさに状況報告。
もしくは、自らが見た事件の概要の説明文と言った方が正しいほどの、言い分であった。
......筈なのに、だ。
「はい。私としましては、今回の裁判自体。
この国の人々が、世界の全てが今まで蔑ろにしてきた積み重ねの結果だと考えています。
なので、貴族様方から私共に向けられた訴訟内容のその追究こそが、イコールこの国の為である、と私は打診したいのです。」
先程の弱々しい姿とは一転して、一切の揺らぎのない様子を見せる学寮長の言葉。
「なんだと......?!
貴様、我々を愚弄しているのか!??
五賢に認められた冒険者風情の一般魔導士如きが生きがりおって、我々の行動が間違っているなどとッ!?!」
それを聞いて、傍聴席・関係者席にいた貴族連中の怒号と恐喝。
そのどよめきが、裁判所中から響き渡り断頭台にいる彼女に向けて投げ掛けられていた。
「ぅぐッ......!」
そして、その声に呼応するように、
ガシャンッ───!という鎖の鳴動する音が裁判所に響き渡る。
関係者の古参貴族たちの声を聞いて、
彼らの小飼いである黒ローブの信徒共がナガミカナムの首元を抑え鎖を引き寄せたのだ。
「そうだ、信徒共よ!!!
その無礼者を早く黙らせろッ!!!」
「我らに仇なす反逆者など、国の為を語る偽善者など今すぐにでも処刑してしまえッ!!!」
先程の発言が効いているのだろう。
裁判所の中心で、被告席の手すりに押さえつけられてこちらを睨み見るナガミカナム。
かの者に味方をする者は、裁判所内に一人も居なくなっていた。
「は、ははッ、流石はお貴族様だっ......!
ルールを曲げて、主張を押し付けて、こうやって民衆を押さえ付けてッ......!
聞く耳も持たず、要らないものは拘束して処刑ですか......!!随分とわかり易いッ......!」
しかし、当然だ。
子奴が今放っている言葉は、我々マナレルムの古参貴族全員に対する宣戦布告のようなものなのだから。
およそ被告人の身分で主張していい内容のものではない。
「ッ、貴様!?
それが、我々マナレルム貴族全員を敵に回す言葉だと分かった上で発言しているのかッ!?
馬鹿にするのも大概にしろっ!罪人の分際でそのような言い草が通るとでもッ───!」
「はは、通るも何も。
これは私に与えられた"権利の行使"ですよッ......?
それを、使うことを止める権利は、誰も持ち合わせてない筈でしょう!?」
だが、目の前の女は、
そんなことはお構い無しに理論を展開していく。
───魔導学園学寮長としての権利。
それは定義上、仮にとはなるが、
学寮長は"この国の貴族階級として扱う"という権利の事を指しているのだろう。
そして我が国の貴族階級の特権として、貴族連名でのワルプルギス裁判の行使権利があるのだ。
つまり、貴族階級の者は貴族階級のもの同士の意志によって国の権力を行使できる。
多くは利権を独占しようとする一貴族や、貴族に仇なす反逆者を罰する為の権利。
......と、なっているのだが───
「しかし、貴様は一貴族として、我々にワルプルギス裁判を仕掛けようと。
自らも含む貴族階級という立場を脅かす内容の訴訟を、この国の全ての貴族に対して発足しようと言う訳か??
それはただの愚行ではないのかね?学寮長君よ?」
「ッ......少なくとも私は、
愚行だとは考えていませッ......ん。
この国の未来を憂いているからこそ、私は学寮長として権利を行使しようと考えています。」
首に突き付けられた短刀の刃。
その鋭い切っ先を諸共せずに此方だけを見詰め、ナガミカナムは声を荒らげる。
『私は、この国の未来を見つめているからこそ───』
......あぁ、とても腹立たしい。
脳裏に浮かんだ顔付きが、言葉が、目の前の女と同調して私に問い掛けてくる。
「......はぁ、この国の未来、か。
随分と主語が大きい事だな?新学寮よ?」
「言論に小さいも大きいもないでしょう?
私は誰かの意見を主張しているのではなく、私の意見を主張しているのです。
これは、私が考えている、最悪を想定した貴方方への救済案です。それ以上でもそれ以下でもないですよ。」
「はぁ、救済ねぇ......!」
その言葉を聞いて、私は嗤った。
何を、一国民が思い上がっているのか。
何を、この国の未来を見据えて、だ。
「......貴様、分相応に理想を宣うのも大概にしろよ?
人には人に与えられた価値があるのだ。運命があるのだ。
貴様の、その今夜限りのちっぽけな価値で、私に意見する事が許されると思っているのか?愚民めが?」
「っ......!??」
私の言葉に合わせて、
新学寮長の体が思いっきり押さえ付けられる。
信徒達が、ナガミカナムを取り囲む様にして各々の得物の刃を向けている。
「ぐ、はあ......!」
腕を拘束され、鎖を引っ張られ、痛みで顔が歪んでいる。愚民に相応しい姿だ。
......しかし、あの女と同じだ。
目元に若干の涙を浮かべながらも、こちらを睨みつけることは辞めない。あの忌々しい瞳だ。
直ぐにでも斬り伏せてしまいたい。
あの忌々しい女とその瞳を、私の目の前から消し去ってしまいたい衝動に駆られる。
......が、
「───ふん、まぁ良い。
一度の愚行は許してやろうではないか。学寮長よ。」
しかし、ここで殺してしまっては、子奴の能力も消えて仕舞う。
それは少々勿体ない、というか、我々にとっても損失が大きいだろう。
だからこそ、私は一度矛を収め、目の前にて唸る女に向けて判決を急く為に口を開いたのだ。
「しかし、貴様の愚行を許したとて、そもそもの話だ。
......貴様が我々を起訴することはルール上不可能だろう?被告人ナガミカナムよ?」
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「......貴様が我々を起訴することはルール上不可能だろう?被告人ナガミカナムよ?」
ワルプルギス裁判所の最上段。
空から差し込む光を受けた神像の下で、アーレントお父様が口を開く。
「ルール上不可能、ですか?」
「あぁ。一応説明はしておいてやるが、ワルプルギス裁判の発足条件は"貴族連名"での訴訟が基本だ。
少なくとも三名以上の貴族階級の連名によるものでなければならない。それは貴様も知っているだろう?」
先程まで信徒達に押さえ付けられていたせいか、顔に痛々しいアザを作ってしまっているながみちゃん。
そんな彼女に対し、見下すような視線を向けるお父様の口調は、やはり冷たい。
だけど......
「ながみちゃん、あんな貴族を煽る様な態度取って......ほんとうに大丈夫なの......?」
先程のながみちゃんの弁論。
そして貴族たちに対する態度の変化。
それを聞いてしまっては、正直、冷めた対応になってしまうのも当然であると思ってしまった。
何より、途中からの変化があからさま過ぎて、私ですら怒った貴族達にこの場で殺されてしまうんじゃないかとヒヤヒヤするぐらいだったし。
「まぁでも、本当に貴族達に殺されかけたら......
多分、ながみちゃんの固有スキルの為にアーレントお父様が止めに入るでしょうけど。」
でも───
それにしても、だ。
分かり易く口調が雑になり過ぎている。
あんなの、もしも仮にながみちゃんの意見が通って裁判が制定されたとしても、裁判長のゼイアンに認められる筈がない。
......というか、そうだ。
ながみちゃんが提示している裁判自体、裁くのはゼイアン裁判長なのだ。
彼の考え方は分かり易くお父様側だし、ながみちゃんが訴訟対象にしているテンプレートな古参貴族───
魔導学園の入学組を目の敵にしている、権威主義の筆頭とも言えるお家柄だし......絶対にながみちゃんの味方はしてくれないだろう。
だから、一貴族として正しい手順で訴訟しても、ながみちゃんが裁判に勝てる見込みは殆どない。
というか、絶対に勝ち目がないと思うのだけれど───
「あぁ、連名じゃないと訴訟出来ない話ですか。
そんなの、知っていて主張しているに決まっているでしょう?舐めてます?私の事。」
......なんか、一周回ってキレてないアレ?
完全に敵対する構図になってるし、起訴を取り下げるどころか、前のめりのファイティングポーズでお父様の事を煽りに行ってるんだけど?
いや、まぁ今更取り繕ったところで焼け石に水だけども......!
それにしてもあれはないでしょ......あれは......?
「でも、ながみちゃんが言ってる連名で訴訟する貴族って、一体誰が───?」
すると、そんな私の疑問を解消するように、お父様がながみちゃんを問い詰め始める。
「では、その可哀想な貴族とやらを述べてみよ。
だが、それはお主と共に死ぬ者の名だ。心して述べろよ?」
「はい。良いですよ?
絶対に死なないんでね。まずは───」
「五賢の赤、ウォルフ......ルドルウィンズ・ウォルフ・パーカーさん。ここに書状もあります。
裁判再開前に書いてもらったので、書きたてホヤホヤですよ。良かったですね。」
あぁ、まぁウォルフなら貸すわね。
アイツ、何故かながみちゃんの事気にかけてたし、面白そうなことに首突っ込むの趣味だし......。
「あぁ、フィリオンの分家の倅か。厄介な......」
そして、そんなウォルフの名前に顔を顰めるアーレントお父様。
ウォルフは今回の件のフィリオン家、 昔から赤の学生寮を治めていた古参家の分家だからね。
魔法の才能と、所持している"固有スキル"。
その二つが飛び抜けて優秀だから赤の学寮長になっただけで、貴族としては二流も二流の家柄だから......お父様側の古参貴族達には、無限に嫌われてるのよね。
後、普通に馬鹿だから。問題ごとばかり起こして普通に厄介がられてるというのもあるわ。
私もいつも手を焼いているし......。
「そして次に───」
「五賢の青、"ルナティクスゼイアン"学寮長のガスト=イェサイルさん。これは、一応事前に貰ってたので。数日前のやつですけど。どうぞ。」
「は......?あの、魔神教にしか興味が無い五賢の青が?お前に力を貸したと???」
「はい。私の考えを聞いて、快く協力してくれましたよ。
私、人望あるので。国主様方と違って。」
ながみちゃんの口から飛び出た名前に驚く。
まさか、あのイェサイルが......?
自宗教の魔神様にしか興味が無い変わり者の貴族家の1人だと思ってたのに。
学寮長として、貴族としてながみちゃんを助けるぐらいには、仲が良かった......?
それとも、別の何か関わりがある───?
「それに、イェサイルさんだけじゃありませんよ。
青の学生寮子爵位のグランベル様、黄の区画第一区を治めている伯爵位ウェルドート様、同じく伯爵位ネルヴエット様、男爵位ラーゼン様等々......」
「一応、色んな方から書状貰ってるんで。
見たければどうぞ。控え室に保管してあります。」
......は?ながみちゃん!?
そんな有数の貴族達と、何処で───!?
ながみちゃんの言葉に思わず驚く。
しかし、それも当然だ。
驚いているのは私だけじゃない。
「......お前、いつその様な伝手を作った?
裁判再開までの数時間で、どうにか出来る書状の数ではないだろう?それは。」
「そりゃあ、何も準備してない訳ないでしょう?
裁判までの間に沢山時間があったんですから。少しはやることやってますよ。私だって。」
国主席にいたお父様も、関係者席の古参貴族も、傍聴する自他国の貴族・生徒たちも。
お父様の問い掛けに、飄々とした顔で答えるながみちゃんの言葉と表情を見て、信じられないといった様子で驚きの声を漏らしたのだ。
「国主様、これを......」
「まさか、本当に、か......?」
そして、信徒の一人が持ってきた書状。
各貴族印が示された印鑑入りの書状を見て、再度驚きの声をあげるお父様。
「さぁ、どうします?
これで法律上は問題ないですよね?
ちゃんと連名で訴訟を起こしている訳ですし。」
「あぁ......問題は無い。問題はない。」
「だが───」
「......貴様。どこから謀っていた?
"賭け"の最中、いや、終了後......もはや裁判前からこうなると予想していたか?
いつから、お前はこの裁判に持ち込む気だった───?」
「ん、まぁ、そうですね?
正直、裁判再開前までは時間稼ぎ程度で再裁判して流して、ここまで徹底的にやるって気はなかったですけど。」
「───でも、イヴさんの話とか、国主様の話とか聞いて考えが変わりまして。」
「もう、私の大切な人達が傷つかない為に、
この国の色んな事のために、出来る所までこの国の貴族の事をボコボコにした方が良いなと思いまして。
ちょっと、当初の融和路線から外れることにしたんですよ。」
───幾つかは、なぁなぁで済ませる択もあったんですけど。辞めました。すみません。
そう言って、ながみちゃんは静かに頭を下げて、その黒い瞳でアーレントお父様を見つめ返した。
「あぁ、そうか、そうか。そうだったか。」
そして、そんなながみちゃんに対して、お父様は手で顔を抑えながら空を見上げて───?
「この、女狐が......!
もう良い、其方の首、私直々に此処で切り落としてくれるわッ......!」
そして直後、そう呟いたお父様は、
腰に携えられた剣を掴み、壇上からふっと飛び降りたのだ───!?!!
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