第百四十八話『裁判開始』
裁判所中央にある円形の柵で囲まれたひとつの立席。
そこを中心にして、そこから逆円錐型のように形成されている『ワルプルギス裁判所』の黒を基調とした荘厳な空間の中。
その『ワルプルギス裁判所』の傍聴席に、幾人もの貴族たちが集まって来ていた。
それは、魔導学園の誇る”古参貴族”の皆々様方だ。
この平民の冒険者の裁判において、私の負け面が拝めると思ってやってきたのだろう。
証言台の前にいる私の姿を見て何やらヒソヒソと話しながら険しい顔をしている、いい身なりの集団が目に入ってくる。
しかし、そんなことはどうでもいい。
私にとって大事なのは、国主様との"賭けに勝つ"こと。
ただそれだけなのだから、もはや他の貴族たちは有象無象として考えて良いだろう。
それに、イヴさんにも大口を叩いてしまったし。
「この賭けが成功するかどうか。
全ては私のポテンシャル次第だな......頑張るしかないか。」
そんな風に一人呟く。
私の背後に適当に備え付けられた席にて、フラリアさんが何かを思案するように指を見つめている。
周囲にいる人間は、その何処か静かになってしまっているフラリアさんと離れた所に黒ローブの信徒数名が居るだけなので、まぁ、呟いていても問題はない。
そんなことを考えながら、私は自らの立つ"魔女狩り裁判"の断頭台にて、その裁判所の遙か上段に位置している二つの席を見つめる。
そして、そこに座している男達。
特に、その神の石像の眼下にある、この国の王が座すために作られた席に座っている白髪の男の事を......私は少しの緊張を孕む様な心持ちで、静かに見つめていた。
「───では、始めようか。新学寮長よ。
さて、まずは君の罪を聞かせてくれたまえ?」
すると、次の瞬間。
私の視線に気がついたのか、神の下の男......。
アーレント・キルシュタイン国主様が、私の方を睨むような瞳でそう語り掛けてきた。
どうやら本格的に始まるようだ。
その国主様の言葉を聞いて、一気に気持ちが現実へと引き戻される感覚を覚える私。
「そうですね。私の罪、ですか。
今回の訴訟内容ということであれば、国司貴族であるフィリオン家子息への加害行為についてでしょうか。」
しかし、あくまで冷静に。
相手の口車に乗せられないよう、ポーカーフェイスを心掛けながらも、私は慎重に言葉を発する。
───シンと静まり返った空間。
裁判再開前とは一線を画す程の、ピリピリとした空気感が裁判所全体から伝わってくる。
しかし、それでもやる事は変わらない。
伝えるべきは"事実"と"志向"だ。
それも、揚げ足の取られない事実のみをピックアップして、他の都合の悪い情報は伏せながら、私の考えについて伝えなければならない。
きっとそうしなければ、この目の前にいる厄介な国主様は重箱の隅をつつくように私のことを陥れようとしてくるだろう。
多分、そういう抜け目のない性格の人間だと思うのだ。
休憩中に話した所感だが、とても厄介で心理戦に持ち込みにくいタイプだといえるだろう。
......しかし、だからこそだ。
「───フィリオン家に対する加害行為。
今回の裁判の内容としては、例の貴族様と私共民間人の間で発生した揉め事、となるのでしょう。
この、同様の訴訟内容によりフラリアさんも同席していますので。」
「古参貴族の皆様方からすれば、
恐らく、私共の共謀による悪事の結果である......と、思われても無理は無いかもしれませんね。」
あくまで冷静に。
そして、最初は訴え掛けるようにして、
裁判所内の場を掴んだ上でどれだけ話を自分の都合の良い方向に持っていけるか。
要するに、どれだけこの場を掴めるかが、今回の裁判においての鍵となってくるのである。
それが、この裁判の中で私がやらなければならない、
"国主様との賭け"に私が勝つために必要な、最も重要な第一関門なのである。
「ほう、なるほどなぁ。
では、お主は自らの行ったことが我々国を治める貴族に対する加害行為だと分かっているのならば、何故、フィリオン家に対して暴行を行ったのか?」
「それにつきましては、幾つか理由がございます。
私共があの場で力によって解決せざる負えなかった、明確な理由が幾つか。」
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という訳で、だ。
私は質疑を投げかけてくる国主様に対し、毅然とした態度で返答を返していく。
アヌが言われていた脅し文句。
それを聞いて止めに入った経緯など。
その時の現場の状況や雰囲気、聞かれたこと全てに対して事細かに返答し、私視点からの当時の様子をしっかりと話して聞かせていく。
今は、流れとして状況の整理の段階である。
だからこそ、話を円滑に。
そして、慎重に進めるために。
私は真実のみを話して、言葉を紡いでいくのだ。
嘘のひとつやふたつ織り交ぜて話せば楽かもしれないが、今回においてそれは無しだ。
何故ならば、裁判開始までにあちらも事件についての調べは付いてあるだろうし、あの場には私たち以外にも大勢の生徒たちが遠巻きに立ち竦んでいたし.....。
それに、もし仮に嘘の情報を織り交ぜたとして、バレた時が厄介だし。
それに何よりだ。
『私から、貴方に一つだけアドバイスを。』
『裁判中は、絶対に───』
『絶対に、自分が真実だと思うこと以外、口にしちゃ駄目よ。ながみちゃん。』
......私が裁判開始前にイヴさんに言われた言葉。
国主様との話し合いの後に、気合いを入れて被告席に移動しようとしていた時に、イヴさんが私の肩を掴んで話してくれたその"助言"の真偽が気になっているからこそ。
今回の裁判においては、なるべく嘘は吐きたくはないのである。
「......なので、私は取り囲まれていた生徒を守る為に。
やむなく、フィリオン家を名乗る子息達に声を掛けることしたのです。」
「なるほどな、政略目的か。
しかし、あのフィリオン家がか。」
「はい、私に対し政略的な婚約を持ちかける形で、決闘を申し込んで来ました。
それにより、私は講義室を追われ、その帰路途中にフィリオン家子息達と遭遇したのです。」
という訳で、今は兎に角持ちうる情報。
嘘をつくこと以外の全ての切れるカード全てを切って、この空間を私の会話主導の方向に持っていくことが最優先なのである。
正直、フィリオン家の人達には婚姻でのゴタゴタとか公衆の面前でボコボコにされたとか、恥を晒してもらうようで悪いとは思うが......まぁ、八割ぐらいは自分たちが悪いので身から出た錆だと思って諦めてもらいたい。
コラテラルダメージというやつである。多分。
「魔導学園の一般生徒を取り囲んだ、だと?」
「そんなことをフィリオン家がやっていたというのか?信じられない。」
「今も入学者達とは対立関係が激化しているというのに、フィリオンは一体何を───」
すると、そんな私の言葉を聞いてか聞かずか。
次第に言葉を漏らして考える様子を見せる傍聴席の幾人かの姿が目に映った。
───なるほど、これは良い兆候だ。
全員が全員、私の話を聞いてくれている訳では無いが、
集まっている貴族たちの中にも考える余地のある人々はどうやら居るようだ。
「おい、貴様ら!静粛に!静粛にッ!!!」
そんな傍聴席の幾人かを、出ずから抑え込むようにして国主様の隣にいる裁判長がそう叫んだ。
......なるほどな?
この様子を見るに、一言に貴族といっても、どうやら一枚岩では無さそうだ。
国主様側の貴族とそれに類するゼイアン裁判長のような"取り巻き貴族"と、入学組と貴族生徒達の対立関係をきちんと問題視している"正統派貴族"達の二種類に別れているようである。
正直、私の貴族不利の意見に対して、簡単に同調して頷くような人間は此処には居ないだろうと思っていたから驚きだった。
きっと大抵の人間が、
顰めっ面をしているか無関心か。
関係者席にいる貴族達なんてもってのほかで、
全員渋ったような顔をして私の話を聞いているのが見てわかるぐらいだと思っていたが。
何も、全ての古参貴族が、階級至上思想に染まり切っている訳ではないらしい。
私はその事実に気がついて、この先の展開に少しだけ希望を見出しながら、今回の国司貴族加害事件についての話を続けていく。
「しかし、フィリオンの子息が取り囲んでいたのは外来からの生徒だろう?しかも、一般市民の......」
「あぁ、確か、"入学組"の生徒だった筈だ。
それを止めようとして我々貴族に手を挙げるなど、以ての外だろう。」
......まぁでも、そう全て上手くは行かないか。
コソコソと近場の貴族と話している傍聴席、関係者席の大半の古参貴族たちを見て、私は内心舌打ちを打つ。
きっと、こんな反応が帰ってくる事も予想していたし、私が完全にアウェイであることも理解していた。
私の話を聞いてもらった上で、血による差別や風習、考え方が色濃く残っているこの国で、身分が高い者と低い者を引き合いに出すような話題を振れば当然共感は得られないだろう事は分かりきっていたからだ。
「それに、そもそもの話。
あの学寮長も何処ぞの冒険者なのだろう?
そのような者の言葉を、我々が聞き入れる必要が何処にあるというのか。
言質を聞かずとも、適当に処罰してさっさと首を切ってしまえば良い話だろう───?」
......だからこそ、私は一刻も早く。
誰よりも早く、この場の空気を掌握しなければならない運命にあるのだよ。
そうしなければ、国主様派閥の貴族達の意見に押されて、所詮少数でしかない私の意見は自らの首と共に吹き飛んでしまうのだから。
だから、多少無理やりにでも相手の懐に潜り込んで、
その懐から急所の心臓を突き刺すような一撃を浴びせなければならない、と思う。
「───なるほど。
なるほどなぁ、君の意見は理解した。言わんとすることも、その主張も叶わない通りではないだろう。」
「でしたら、まずは私共の意見を認めて......」
「───しかし、だ。それはつまりだよ?」
だからこそ、だ。
「我ら、国に利益を齎す古参貴族。
引いてはその古参貴族の筆頭である、国司貴族の身分である"フィリオン家"の子息よりも。
その、平民の友人の生徒とやらを助けることを、優先に行動した、ということであるよな?」
「......はい、そうですね。ですが───」
「ほう。つまりそれは、この国に仕える為に渡した、お主の"学寮長"という立場を弁えず。
あろう事か、自らの私事を叶える為の道具として使い、国ではなく私用のために動いた......ということになるよな?新学寮長殿よ?」
......私は、乗り越えければならないのだ。
「それは、そうかもしれませんが───」
「ハハッ、それはそれは!!
なんとも酔狂な事だな!!新学寮長殿よ!??
公法を破って、公私の混同をして、国の利益を損なう行いを遂行し、あろう事か咎人に成り下がってまで罪を自供しないか!!!」
───この、アーゼント・キルシュタインという、私の敵にしか成らない男の事を。
「やはり、あの女と同様に。
反逆者というのは、自らの犯した罪を清算するという考え自体が欠如しているのだろうなぁ?
あぁ、全く、嘆かわしいことだ───!!!」
どうにかして、この圧倒的不利状況下にて。
私は、言葉と口先だけで、乗り越えなければならないのである。
「......はい、そうですね。
概ね、国守様の言う通りです。
私は学寮長という立場を弁えずに、その場に居た貴族様の側に立つことよりも、自らの友人の安否について優先しました。人を選びました。」
という訳で、私は問いかけてくる国主様の質問に、若干臆するようにして返事を返す。
ここで、感情に任せて言い合いをしてはいけない。
本当に腹が立つが、まだだ。まだ、いまは冷静に情報を"さらけ出して"やるのが先である。
「はぁ、そうかそうか......!なるほどなぁ......!
つまり貴様は、自他ともに疑いようもなく、"公法を破った"と認めているわけだな......!?」
そして、その言葉に。
私が、少しだけ臆するようにして発した、
悲劇の渦中にある人間を演じるようにして発した同調の言葉を聞いて、ニヤリと嗤う国主様。
私はその笑みを見て、思わず口を閉ざして......。
その、内心で溜まる、憤りにも似た感情を表に出さないように気をつけながら、何も言わずに黙り込んで目線を逸らして───
「はい、そうですね......。
法律を犯している事実は理解しています。
私は、私共の罪は、もはや抗うこともできないほどに、明確なものであると認めざるを得ません。」
「そうか、そうか。ならば───」
───そして、国主様がそんな私を見て。
───勝ち誇ったように、もう一度口を開こうとした瞬間。
「......だからこそ、です。」
私は、すっと目線を上げて、目の前の勝ち誇った顔をしている国主様へ向けて言葉を紡ぐ。
「私は、今回の裁判判決において、
裁判を受けるべきであるのは私達だけでなく、この国の貴族全てだと考えています。
この現状を招いたのは、一重にこの場に集まって頂いた古参貴族の皆様、そしてそれに類する皆様全ての問題である......と、そう主張させて頂きたい。」
「......はぁ?貴様、何を?」
そして、その言葉を聞いて、先程の笑みとは打って変わって困惑する様子を見せる国主様。
そんな国主様に、私も同じように先程の様子とは打って変わって、断固として譲らないという感情を全面に押し出しながら、その言葉を発するのだ。
「つまり、私は今回の裁判について。
自らの罪と共に、この国の法のその全てを取り纏めてきた国司貴族、引いては古参貴族の皆様。
そして、国主アーレント・キルシュタイン様各位の貴族階級に位置する全名を、"魔導学園学寮長・永巳叶夢"の名において。」
「この、魔導学園における最高裁、
"ワルプルギス裁判"での裁判判決に問いたいと考えております。
つまり、訴訟ですね。
原則として、学寮長には認められている筈です。
その権利を行使して、私は貴方達に対し、裁判での正当な判決を求めます。」
───遙か高みでこちらを見下ろす、彼らにそう言い放って。
───私は、精一杯に語気を強めた言葉でもってして、このマナレルムという国との全面戦争にも近いその裁判開始の火蓋を。
......今、切って落としたのだった。
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