第百四十七話『革命』
「おい、ゼイアン裁判長!
休憩は終わりだ、裁判を再開するぞ!」
「え、えぇ国主様......?
ですが、あと十分ほど準備に時間が掛かりますが?」
「ならば急げ!早急に準備を進めるのだッ!」
アーレント・キルシュタイン。
話の流れ曰くイヴさんのお父様である、この国を取り纏める国主様の檄が飛ぶ。
それを聞いて、最上段付近で貴族達と会話をしていた神官服の裁判長。
国主さんの呼び方を聞く限り、恐らく五大貴族の一人であろう神官服の様な黒灰色のローブを着た男......。
ゼイアン裁判長が慌てた様子で周囲の信徒達に号令を出し始めた。
「はっ。ゼイアン様、キルシュタイン様。
直ちに準備を進めて参ります。行くぞ、お前達───!」
すると、それだけで周囲にいた信徒の黒ローブ達が駆け出して行く。
忙しそうに裁判所内を動き回り、何やらごちゃごちゃとした機械部品の様なものなどを運んでいるようだ。
その大変そうな様子を見て、私は何故か若干の申し訳なさを感じてしまう。
事の発端は私と国主様の賭けな訳だし。
「イヴさん、大丈夫でしたか?!
何か精神異常とか、体に異常とか熱とかはありませんか?ちゃんと体調は万全ですか?気分とか悪くないですか?ちゃんと睡眠取ってますか!?!」
......が、しかし、だ。
そんなことよりも今はイヴさんの事である。
国主様との話し合いで見たあのおかしな様子。
震える手で俯くイヴさんの姿を思い出しながらも、今も放心状態となってしまっているイヴさんの方へ私は慌てて視線を移した。
「──え?あ、うん......!!?
だ、大丈夫。私は全然問題ないわ。この通り元気一杯よ!まぁ、寝不足ではあるけどね......?」
......たぶん、そのぐらいの余裕はあるという意思表示なのだろう。いつもより若干引きつってはいるが、それでも平然を取り繕おうとして話している様子。
「イヴさん......。」
そんなイヴさんを見て、思う。
......やはり、許せない。
先程は私が間に入ったから平静を取り戻せていたものの、普段ならイヴさんはあのまま連れて行かれていたのだ。
いくら話をしても自分の意思は通らずに、
家名の縛りだけで言いなりにされ、その血の流れる所だけで忌み嫌われて蔑まれる。
そんな平常を、イヴさんは送っていた。
いや、イヴさんだけでなく、
この国に居る不特定多数の人間が幼い頃から味わってきているのである。
そんなことがあっていいのだろうか?
......否、あっていいわけが無いだろう。
世の中に多少の不公平さはあれど、やはり生まれだけで俯いて歩かなきゃならない世界なんて間違っていると私は思うのだ。
そう、少なくとも私はそう思う。
だから、きっと私自身が行動を起こさなければならないのだろうと考えた結果が、今の状況だ。
というか。
多分、そうしないとこの国は変わらないだろうと、私は理解してしまった。
だって───
「......でも、びっくりしたわ。
まさか、貴方がまだあんな固有スキルを隠していたなんて。正直予想外だった。」
そう言って、イヴさんが白昼夢でも見たかのような表情でこちらに話しかけて来る。
きっと、本当に驚きで腑に落ちていないのだろう。
口の中で何かが引っかかっているように神妙な顔をして、此方に目線を向けてきていた。
「でも、ながみちゃん......」
しかし、それも直ぐに過ぎ去り。
少しだけ間を開けたあと、イヴさんが私の方をちらりと見て───
「どうして、あんな命の危機に関わるような固有スキルを、私なんかのために切っちゃったの......?
あのお父様との賭けは少し無謀すぎると思うわ......。」
......そう言って。
弱々しい表情で隈のある瞳を揺らすのだ。
───そう。
この国が変わらない理由。
だって、イヴさんでも"こう"なのだ。
五賢の紫という立場にいるイヴさんですら、この国の主であるお義父様に怯え、現状が変えられないものだと割り切ってしまっている。
平民の血が流れているというだけで迫害を受け、差別され、『私なんか』なんて言葉で自分を卑下するほどに常識を植え付けられて縛られているのだ。
───こんな環境が、この国には蔓延している。
───というか、これよりも酷い物が、わたしの知らない所で燻っているのだ。
そして、それは、
きっとバネのようなものだと私は思う。
強い力で抑制された、針金のバネだと私は思うのだ。
それは、アヌか。
はたまた、イヴさんか。
もしくは、イヴさんのお母様か。
それか、この国のどこかにいる、
一般市民の抑制された生徒たちが ───
「きっといつか、多くの人間が血を流すことになる。
イヴさん、私、今誰かが動かないと、誰かが苦しむ事になると思うんですよ。」
イヴさんと国主様の会話を聞いて確信した。
国民の平等性を求めた革命運動、そしてそれの失敗。
増長する貴族たちの行動に、度重なる平民生徒たちの不平不満による対立関係。
これは、確実にまずい。
遅かれ早かれ、この国は崩壊することになる。
地球にある幾つかの革命戦争で多くの血が流れたように、
この異世界にあるこのマナレルムという国でそれが起きようとしている兆しがあるのだ。
いくら思想が過激だと言われようとも、こと法改正がしっかりと成されていない異世界においては何が起きるかなんて分からない。
それならば、その人類の歩むであろう歴史を知っている私こそが、未然に防げるならば動かなければ───
「......いや、違うな。大切な人を守る為に。
今、動かなければならないと私が考えたんだ。」
まぁ、結局の所だ。
私の行動理念はそこに帰結するのだろう。
アヌを守りたいから、ルフを守りたいから、ルミネさんを守りたいから、イヴさんを守りたいから......
「関わってきた皆を守りたいから、私は今動かなければならないと思った。だから、私が今できる最高の賭けを国主さんとしたつもりです。」
だから、負けるつもりはないのだ。
私は私の大切なものを守るために、
ここぞという最高のタイミングで、最高の場所で、最高の手札を切る。
私はそれだけを考えて、今、賭けに出たのだから。
「だから、見ててくださいよ。」
「イヴさんが私なんかなんて言わなくても良いぐらい、
そんな事を言わせなくても済むぐらいには、私が全て解決して見せますから。
貴族の出自の問題も、国民との確執も、イヴさんが抱えている血の運命も全部全部......。
私が五賢の紫、真理の魔女に認められた学寮長として、今できる最大限の貢献をして───。」
「そう、この国に、血や権威なんかで左右されない豊かな場所を作ってみせますから。
イヴさんのお母様が作ろうとしていた楽園。
今度は私が受け継いで、血も涙も流させずにこの国に革命を起こしてやりますよ!
───だから、今度は転けたりしないので、ちゃんと見ててくださいよ?イヴさん!」
そう言って、私はイヴさんに笑いかける。
言葉も出ないぐらいには唖然とした表情のイヴさん。
そんな彼女に対して、ゆっくりと視線を合わせて、瞳を見つめて、伝えたい気持ちを伝える。
「思えば今回の件も、新学寮長挨拶の時も、第二次第一次試験の時も、イヴさんに迷惑掛けまくりました。
助けて貰ったのに、我ながら恩を仇で返してるなーと、思うことも多々ありました。」
特に新学寮長挨拶の時とかな。
見てて下さいって言ったのに、最後の最後でミスって血ぃ流して評判下げちゃったし。
その後にも、魔力循環の件やら学寮長の仕事内容やらで助けて貰ったのに。
今まで、何も返せて居ないのだ。
助けて貰ってばかりだった。
「だからこそ、この思いだけは本当です。
ここからは、イヴさんに迷惑かけるつもりも、安直に動いて負けるつもりもありません。」
「......」
「イヴさんに貰った分、今ここで倍にして返しますよ。
貸し借りは無しです。絶対にイヴさんのお父様の顔......あの伸び切った出鼻を思いっきり挫いてやりますから!」
それに、イヴさんの境遇が、表情が───
昔の私と、少し似ていたから───
「だから、私がイヴさんが苦労してきた分まで、私が───」
しかし、そう言って。
私がイヴさんの肩を安心させる為に叩こうとして、近づいて行った時だった。
「分かった。解ったわ、ながみちゃん。」
「貴方の気持ちは、よく分かった。」
イヴさんが突如頷いて。
私がイヴさんの肩を取り持とうとしていた手を、しっかりと握り返してきて───?
「───ながみちゃん、良い?
私から、貴方に一つだけアドバイスを。
『裁判中は、絶対に───』」
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「......いや、違うな。大切な人を守る為に。
今、動かなければならないと私が考えたんだ。」
───真剣な表情で語る新学寮長。
その憂いの残る表情と、どこか悲しげな声色をした言葉を聞いて。
アタシは思わず。
神妙な心持ちになって、目を細めた。
「へぇ......面白いじゃん。」
「カナちゃん。
今の話聞いて、そんな事言っちゃうようになったんだぁ......?」
さっきまでと違う、覚悟の籠った瞳の色だ。
紫を見て、安心させるように目線を合わせる彼女のことを見て、アタシは思わず感心するように笑ってしまった。
だって、だってさ。
カナちゃんってば。
自分の為に裁判してる時は、あんなに弱気だったのに。
自分の為に動いてる時は、あんなに勝手だったのに。
「今は人のために、誰かの為にー、って。
───はは、なんか、昔と違う人みたいだよね?」
本当は、誰よりも怖がりな癖にさぁ......。
消極的で、自信がなくて、いつも何も言わずに俯いてた。
毒にも薬にもならない様な、女の子だった筈なのにさぁ......。
「はは、驚きだよね。ほんと。」
───そう、だって......。
───昔は、あんなに"✕✕✕✕✕"てたのに。
「ははっ、はは......!
面白いね。ほんとに......」
そう呟いたアタシの表情は。
一体、どんな色をしていのだろうか。
分からない。
分からないけれど、きっと───
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