第百四十六話『賭け』
「この国の制度について。
今一度、御一考のほどをお願いしたく存じます。
......というか、国の身分制度から何から何まで、改定してイヴさん達に謝って貰いたいです。」
「───どうでしょうか?
負けるのが怖いから受けられませんかね?国主様?」
......随分とまぁ鼻につく笑みだ。
目の前に立ちはだかる新学寮長の姿を見て、私は鬱屈とした感情を表に出さないよう気をつける。
整った顔立ちとは裏腹に、その瞳の裏にある敵意。
それが、明らかに私の事を敵と見なして襲いかからんとするように睨みつけてくる。
どうやら、私は完全に新学寮長君に嫌われてしまったらしいな。
......まぁ、だが、別に犯罪者に好かれたいとは思っていない。
寧ろ、元から転け下ろしてやろうと思っていたぐらいだから嫌われても構わないのだが。
しかし、そんな事よりもだ。
「はぁ、別に私としては構わないがね?
しかし、確か君の固有スキルは翻訳能力だけだったと記憶しているのだが......私の思い違いだっただろうか?」
......子奴。
我が腹心の"エルエラ"と、"イヴ・マギア"。
その両名から受け取った調査資料によれば、確か所持している固有スキルは『翻訳能力』又は『魔力循環』の強化だった筈だ。
古代魔導語を翻訳出来るという圧倒的な翻訳能力と、
自らのステータスレベルを無視して魔力循環系を強化することの出来る固有スキル。
それこそ、かつてのレオハルト───
第二十九代『五賢の紫』。
今は亡き、イヴの父親であった"レオハルト・マギア"の『星辰の導き』に似た固有スキルだった筈なのだ。
......なのに、子奴が先程宣った固有スキルの概要───
「先程君が説明していた"物質の無尽蔵な生成スキル"など。
私は報告を受けていないし、これまで君が使っているのを見たことも聞いたこともないのだが。
これは一体どういうことだろうか?説明して頂けるのだろう?新学寮長くん。」
その、固有スキルとしては"破格"すぎる詳細を聞いて、私は思わず彼女を睨みつけながらそう呟いた。
「......そうですね。
なら、説明するよりも見せた方が早いでしょう。お見せしますよ。」
しかし、彼女はそんな私の目を飄々と見つめ返す。
そして、私に対し酷く落ち着いた言葉と口調でもってそう言い返して、鎖に繋がれた両腕を軽く持ち上げて止まった。
そして───
「......『ふとん召喚』」
「ッ......!」「っ、ほんとに物質が───?!」
目の前の女が呟いた瞬間。
その掌から少し離れた空間に、白い布のような何かが出現する。
それを見て、思わず目を見開く私とイヴ・マギア。
───見てみればそれは、確かに"物質"だった。
"魔力は宿っていても"その外殻には確かに肉体と呼べる物質が纏わりついており、魔法で召喚した物質の模造品とは明らかに一線を画す代物だったのだ。
言うなれば"魔導具"の完成系だ。
現世での形を保持する為の"肉体"としての容れ物と、その内に内包する"想像"を繰り返し使用する為の"星辰体"の構築術式。
───つまりは、生きている。
───つまりは、本当に創り出したのだ。
物質を。
無から。
固有スキルを使って。
創り出したのである。
「まさか、こんなスキルって......?
いや、有り得ない......無から物質を創造するなんて。そんなものがこの世に存在するの───?」
イヴが目を見開いて驚いている。
まぁ、無理はないだろう。これは今までのスキルの概念を根底から打ち壊すものだ。
というのも、魂の願いの産物であるスキルは、その繋がりの関係上身体機能の延長線上に位置していなくてはならないのだ。
だからこそ、"自らの肉体"から"外部に影響する能力"は総じて影響力の低いものが多いというのが通例であった。
───だが、これは違う。
『翻訳能力』『魔力循環』までは理解できるが、
こと『物質の召喚』においてはスキルで行うことの出来て良い領分を超えている。
手元から離れて、自らの肉体の外部に物質を創り出すスキルなど、そもそも身体機能の延長線としてあってはならない能力だと言えるだろう。
......それはつまり、この女の固有スキルは、正しく"人智を超えた力"であるということに他ならないのだ。
「な、ながみちゃん!?なんでこんなスキル黙ってたの??!
こんな、世界の歴史を丸ごと変えるようなスキル......え?有り得ない......?!
ていうか貴方一体いくつ固有スキルを───?!」
「いや、だってイヴさん。そりゃそうでしょう?
"魔法系ではない物質の召喚スキル"なんて......イヴさん知ってたら実験動物にしてたでしょう私の事。言えませんよ普通に......。」
「ぐっ、いや、まぁ......そうだけど......!
って、いやそれよりもスキルの数がね!?おかしいって話を私はしたくてねっ!??」
新学寮長の腕を掴んでいたイヴが、混乱したように慌てている。
そんなイヴの反応が予想どうりだったのだろう。
"まぁお前はそうだろうな"とでも言うように新学寮長は軽く苦笑すると、一呼吸おいて此方の方を見つめてきた。
......魔法系では無い物質の召喚スキル。
それはつまり、魔力で形作られた想像ではない、この世界の理に則って生み出された物体であるということである。
つまり、我々と同じだ。
この現世に肉体を持つ、我々と同じ生命体としての役割を許された、"魂を持っている物体を創り出せる能力"ということ。
「まぁ、私も新学寮長になってから色々と調べましたが。
......どうやら私の固有スキルは珍しいようなので。簡単に晒すものではないと思い隠していました。」
それは、珍しいなどという代物ではない。
正しくこの世界の歴史を覆すような固有スキルである。国によってはそれだけで優遇され優先され、そして"禁忌"として扱われるような代物のスキル。
魔力とその星辰体を神と崇める精霊信仰の多い国で見せてしまえば、一瞬で神となるか極刑となるか、そのような危うささえ孕んでいるスキルだと言えるだろう。
「新学寮長となった時に、翻訳能力が固有スキルだと申告しました。
だから、他にも能力を隠していた点については申し訳なく思います。すみませんイヴさん......それと一応国のトップの人も。」
しかし、だからこそ、おかしいのだ。
新学寮長は形式上私に軽く頭を下げた後。
さも当然のことを呟くようにして、私たちに対して口を開き───
「......ですが多分、"翻訳能力"も"物質の召喚"も。
その両方とも、私が所持している以外に見たことがありませんから。レアですよ。恐らくは。」
そう言って、一瞬だけ目を細めたのだ。
私はその言葉を聞いて、思わず口元を抑えて笑い出す。
「くっ、くははっ......。
はははははっ!!!そうかそうか、両方ともか!」
──そう、だからこそ。
ある一点が異常な程に際立って、
私の心を揺さぶって離さないのである......!
「はい。両方とも、ですよ。
国主さん。意味は分かりますかね???」
「あぁ、なるほどな......!
お前の言いたいことは解ったよ......ッ!」
先程の会話の中で、一つ。
彼女の能力の詳細に対し、
軽く"カマ"をかけてみて分かったことがある。
......というか、明白だろう。
私が先程の問答で『魔力循環』を知らない体で話をもちかけた時に、子奴が話して見せた能力の詳細。その話し方がおかしいのである。
『......ですが多分、"翻訳能力"も"物質の召喚"も。
その両方とも、私が所持している以外に見たことがありませんから。レアですよ。恐らくは。』
そう、明らかに『魔力循環』の存在を隠した上で、残り二つの能力を槍玉にあげているのだ。
私の探りに気がついていたとしても、普通、隠すべきは"物質の召喚"の方なのである。
───世界を破滅させるかもしれない"古代魔導語"すら読めてしまう、
圧倒的な『翻訳能力』と、"無から物質を創造する"というこの世界においての規格外とも言うべき『物質召喚スキル』を天秤にかけて。
......躊躇無く其方を切り捨てるぐらい、
『魔力循環』という能力の出処を隠そうとしているである。
そして───
「どうでしょう、この私との賭け。
受けてくれる気になりましたかね?国主さん?」
......この女は、その"全ての秘密"を賭けて。
......自らの、大いなる『隠し事』の重大さを盾にして、この国の国主である私に挑んできやがったのだ。
「くっ、はは......ハハハッ......!!!」
その女の強かな笑顔。
しかし、明らかに此方を挑発するような意志を感じるその瞳を見て、私は抑えきれない笑みを咬み殺すように笑い、そのまま奥の歯を噛み締めた。
この女の表情。
意思の強い眼差しの色。
成程、何処か癪に障ると思っていたが......!
よく見てみれば、かつての若かりし頃の"リゼリア"にそっくりじゃないかッ!?
それならば、我が愛すべき愚娘である"イヴ・マギア"が懐くのも分かるというものだ!!!
───しかし、それならば、話は早い......!
「あぁ、良いだろう。
その賭け、受けてやろうじゃないか!?
この裁判で貴様の敗北と共に、その隠している秘密のその全てを明らかにしてやろうッ......??!」
この魔導学園の主である私に勝負を挑んで来たこと、後悔するぐらい全て丸裸にしてやるッ......!
そう端を発して、私は自らの席。
この国の頂点であることを示す裁判所の壇上へと歩き出したのだ。
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