第百四十一話『繰り上がり組』
「おい、お前達、なにして......!」
「ちょっとキミ達さぁ?それやりすぎじゃ......?」
「「......え?」」
近くの人混みから飛び出してきた少女。
黒髪ショートの赤メッシュに、黄色の綺麗な眼をした、私と同じぐらいの体格をした女子生徒を見つめてしまう。
見覚えのない少女だ。10代後半ぐらいだろうか?
気崩された魔導学園の学制服に、学園指定の黒ローブを雑に羽織っている風体。
そして、それによってダボッとしているローブ袖口を、昔流行った萌え袖の様にして手元を隠しているような、そんな少女が私の隣に飛び出て来たのだ。
「あー、えっと。こんちはー?
なんかゴメンねー、被っちゃって......?」
「あ、いや、こちらこそなんかすみません......!
ちょっと友人を助けようと思ってて、こっちも勢い勇んで飛び出してしまって......」
「いやいやこちらこそー。
関係ないけど飛び出しちゃって~、英雄気取り的な?感じで。見せ場潰しちゃって申し訳ないって感じっしょ?」
そんな、現代日本に居たら凄く黒マスクが似合いそうな感じのダウナー系ギャルっぽい女の子。
私と話しながら自らの赤メッシュを所在なさげに指で回し、気まずそうに目線を流しては軽く頭を下げる。
そんな彼女を見て、私も思わず頭を下げ返して謝ってしまった。
日本人特有の空気読み。
譲り合いの精神的なアレであるが......
しかし、今の状況に至っては、その行動が不味かった。
「......あ?なんだ?
もしかしてお前ら、オレ達の邪魔しに来たのか?」
「え?」「あ。ヤバっ。」
そう、大通りの少し先にいた赤髪の片割れ......。
赤髪A君の方に、私たちの存在がバレてしまったのだ。
「ありゃあ、ミスっちゃったね?
赤髪くんにバレちゃったよ......どうしよっか?」
まぁ、普通に考えて目の前で『赤髪共』に対する妨害行為を譲り合っていたのだ。
流石にバレるというものであるし、当然の結果だった。
「は?まさか、お前らマジでオレたちの邪魔しようと思って飛び出してきたのかよ!?ウケるわw
アニキ、こいつらマジモンの馬鹿だぜ!ははっ!」
だからこそ、こちらに近寄ってきた赤髪くん。
左側頭部を少し刈り上げている"赤髪A君"の方が、気まずさで立ち止まっていたそんな私達の様子を確認して嘲笑うようにそう言ったのも仕方ないことだった。
うん、まぁ仕方ない。分かる。
アヌが絡まれてるのを見た時から飛び出そうとはしてたし、元からバレる想定ではあった。
でも、それにしても正直。
本当に馬鹿みたいなバレ方をしてしまったと自分でも思うし、傍から見たら滑稽なのだろうとは思う。
思うのだが───
「うん、私の友人を虐めてたお前らに言われるとな?
なんか普通にイラッとするから。あまり調子に乗るなよ赤髪A?」
そう、お前に言われる筋合いはねーよという話なのである。
私は近寄って来ていた赤髪Aに睨みを利かせ、直ぐに冷ややかな言葉を浴びせる。
だが、まだ戦闘になると決まった訳ではない。
なので、私は背中の【蒼霊の槍】を直ぐに取り回せる位置で、尚且つ牽制攻撃がしやすい距離感を保ちながら無手の状態を作った。
そんな私の様子を見て、
「......ハッ、その様子だと、どうやら本当にオレたちの邪魔をしに来たみたいだな!?だとしたらそりゃー滑稽だッ!
まさか、オレら兄弟の邪魔するやつが居るなんてなぁ!?」
「そうだなぁ。どうせコイツら入学組なんだろ?
だって、俺たち兄弟が、何処の誰かもわかってねぇらしいもんなぁ。だとすると───」
「......まずは、立場ってものを解らせてやるのが、先決じゃねぇか......?」
そう言って、途端にニヤニヤと笑いながら。
アヌを取り囲んでいた赤髪二人はゆっくりと私たちの方に歩き出し、今度は此方の方を取り囲み始めたのだ。
それを見て、私はふぅと息を吐いて背中に背負っていた槍を静かに構えた。
「......すみません。
赤メッシュさん、巻き込んじゃったみたいです。」
「うんにゃ。アタシ、最初から殴る気満々だったし。気にしなくていいよー。」
私達との距離を詰めるように。
じりじりとにじり寄ってくる赤髪二人と対峙するようにして、赤メッシュさんと私は自然と彼らを牽制する位置取りを心掛けていた。
ザワつく周囲の一般市民たち。
現場は一触即発の雰囲気で、私たち4人の立ち会いを静かに見守っている状況だった。
「なぁ、兄貴!?コイツらどうするよ??」
「まぁ、待て弟。簡単な話だ。
こういう輩には、しっかりとお灸を据えるために。先ずやることがあるだろうが───?」
しかし、そんな中で。
赤髪Bがニヤリと口を動かしながら短杖を構える。
細身の頑丈そうな杖で、幾つかの魔力が込められた宝石と魔術印が刻まれている。
傍から見ただけで高い物だと分かる短杖だった。
そして、私はそれを見て───?
「───ッは?危ない!?」
その杖から何となく、魔力の流れを感じ取って。
ざっと横飛びに飛び退いて、嫌な予感のするルートから自らの身を緊急退避させた。
そして、案の定発動された火炎魔法───
当たれば人間の皮膚などすぐに焼け焦げてしまうだろうそれを避けて、私はふぅっ......!と息をついたのだ。
「......ッわ!??ぶなッ!?
こんな場所でいきなり魔法撃ってくるとか、アイツ思想強めっしょ!?」
「っえぇ、そうですね!
どうやらアイツらとは、話し合いでの解決なんて無理そうだっ!」
槍を握る手の力が、ぎゅっと強まる。
睨み合いの喧嘩ならまだしも、魔導学園の市街地内で一般市民も居る場での魔法発動......明らかに常軌を逸している。
普通、学園内で魔法を使用する時は、『幻想戦闘領域』での仮想魔法のみとされているのにも関わらず『第二位魔法』。
それも、周囲に影響を及ぼす可能性が高い"火属性"第二位・火炎魔法での魔法攻撃である。
「本当に、イカれてるとしか言いようがない......。
周囲の影響も考えないで、魔導士が魔法を行使するとか普通に有り得ないだろ......?」
こんなの、基礎魔法学の最初のページで習うような事だ。
『魔法を行使する際は、周囲の環境をよく見て使いましょう』『魔法は極力人に向けて使わないようにしましょう』って。
「普段魔法に関わりない私でも理解してちゃんと取り組んでたのに......こいつら授業ちゃんと聞いてないだろ馬鹿かよ!?」
こちとら忙しい中で合間を縫って授業に参加してても覚えていたというのに!
私はそんな彼らに酷く憤慨し、絶対に屈させてやると意気込んで槍を構え直した。
「んー?いや、そこかー?
怒るポイントもう少しあったくないか今のー?」
......すぐ隣りで拳を構えていたメッシュさんが何やら呟いているが関係ない。
学園内での『幻想戦闘領域』以外での戦闘は認められていないが、まぁ、今回の場合は許容範囲内だろう。
暴漢に襲われ、やむなく抵抗の意志を見せた。
これは、いきなり魔法を撃ち放たれた私たち側の立派な正当防衛であるのだ。
そう思って、私は彼らに対抗する為に、比較的周辺に影響が出ない『水魔法』でもって対策しようと詠唱を始めていた───
......のだが。
「おいおい?お前、いいのかよ魔法なんか使って?
魔導学園内で"生徒印"無しによる攻撃魔法なんて使ったら、流石に犯罪になるんだがなぁ?」
「......は?何を言ってるんだ?こっちは正当防衛だろ?
私たちは元は傷つけるつもりはなかったし、出来ることなら話し合いで解決したかったと思ってたぞッ!」
「それに、そもそも先に魔法使ってきたのはそっちだし!言ってることが矛盾してるぞ、お前ッ!」
しかし、そんな私の言葉を聞いて。
私にゴミでも見るかのような目を向けて、赤髪Aがやれやれと長いため息を吐きながら呟くのだ。
「──はぁ。お前、"ウォルフ家"って知ってるか???
オレらがそこの三男次男なんだけどよ、この国に昔から使えてる王侯貴族の末裔でな?すっごく偉いワケよ??」
そう言って、私に対して......
カツカツという高圧的な靴音を鳴らしながら近づいてきて、言うのだ。
「それはもう、この国で隣に並ぶ権力なんて数家しかないぐらいだぞ?」
「俺たちが道を歩くだけで市民たちはサッと道を開けて、恭しく頭を下げて媚びへつらうわけだぞ?」
「......だからさぁ?
そんな、オレら"繰り上がり組"のウォルフ家兄弟に、楯突いて武器を向けてるこの状況自体、許されざる犯罪行為だって事になるって言ってんだわ???!
つまり、お前ら正当防衛云々以前に、国に処罰されるべき立派な犯罪者ってワケな?!はははははっ!!!!」
そう言って、赤髪Aはニヤリと笑いながら、手に持っていた短杖を振るい私に差し向けてきたのだ。
「繰り上がり......いや、ウォルフ家......?」
その名前を聞いて、私は思わず呟いてしまう。
こいつら、"繰り上がり組"......
確か、アヌが前に言っていた話に聞く感じだと『マナレルム出身の貴族で身分主義の奴ら』という意味だったはずだ。
なんでも、自らが貴族の身分であり、純マナレルム出身というだけで権力を振り翳す不当な輩だとか、噂程度に聞いたことがあったが───
......と、いや、今はそんなことよりも、だ。
───問題なのは、赤髪Aが口にしたウォルフという家名である。
確か、ウォルフの姓というと、"ルドルフさん"。
【五賢の赤】である、あの"ルドルフさん"の名前の中にも"ウォルフ"の姓が入っていたはずだ。
......ということは、コイツらはルドルフさんの弟なのだろうか?
いやでも、今日の昼間やって来た突発求婚赤髪野郎は幸いにも"ルドルフさん"ではなかったしな。
ということは、経歴詐称か?
もしくは分家とか。そんな感じなのだろうか?
「顔は......似てないもんな。」
......とすると、やっぱり詐称か?
ルドルフさんの威光を傘に着る為の、隠れ蓑として使ってるんじゃないだろうか?こいつら?
いや、でも、ルドルフさんの弟だった場合不味いしな。
どうしたものか───?
「うーん......。」
......と、私は考え悩んでいたのだが。
「ハハッ!ビビって動けなくなったか!?
まぁ、そうだろうな!フィリオン=ウォルフ家って言ったら、昔から赤の学生寮を治めてた名家だもんなぁ!
学のない"入学組"の新入生でも、流石に分かるかッ!!?」
......そう言って、赤髪Aはその短杖を私に向けたまま、後ろにいたアヌの方に目を向けてゆっくりと口を開いて。
「───おい、精霊チャン?
お前も入学生なら、オレたちの言ってること分かるよなぁッ......?」
そう言って、ニヤニヤと笑いながらくいと顎を動かし、アヌに向けて何やら指示を出したのだ。
それを受けたアヌは、小さく、震える。
僅かながらではあるが、その小さな肩をビクリと揺らして、赤髪Aの顔をゆっくりと見上げた。
そして───
「───あ、えと......な、ながみちゃ......。
いや、黒髪の生徒さん......」
「あの、わたしは大丈夫だから......。この人たちは......、
そう、えっと......わたしの友だちだからっ......、これも、いつもの絡みみたいなやつで......。」
「全然、気にしてくれなくて平気だからっ......!」
そう言って、ぎこちない笑顔で此方に向けて笑いかけてきて。
「だから、さ。
わたしのことは気にせずに、さ......、」
「このまま家に帰って?ね?お願いだから───?」
そう言って、震えた声で、
私に向けて揺れるような目線を送ってきたのだった。
「......ハハハッ!だとよォ、おふたりさん?!
どうやら、お前らの"人助け"は偽善だったらしいな!?カッコわりぃー!なぁ、兄貴!??」
「あぁ、そうだなぁ?
ちょっとこの精霊チャンと"決闘"で遊ぶだけで、全然健全な付き合いだもんなぁ俺たちはっ?ハハハハハッ!??」
それを観て、聞いて、
私は思わず槍を握る手を緩めて、思ったのだ。
「......あー、解った。
今、全部解ったわ。うん。つまりこういう事だな?」
手に持った"蒼霊の槍"の切っ先を向ける。
「......あ?お前、何して───」
「たとえ、お前らがウォルフさんの弟だったとしても、どっかの名家の家の次男三男だったとしても───だよ?」
そして、そのギャハギャハと笑っている、気持ち悪い下衆の臭いのする赤髪魔導士の一人へと『蒼霊の槍』の切っ先を容赦なく振り抜いて。
「───、っは!??ぐぁッれ!?
......れ?なんともない......?いま、切られたはず......?」
困惑する赤髪クソ野郎に対し、私はここ最近で恐らく、いや、確実に一番になるぐらいには眉間に皺を寄せて彼らを睨み付けながら。
「とりあえず、何もかも気に食わないから、アヌを虐めた罪で一旦死刑な?
お前ら、絶対にぶち殺すわ。私が直々にぶち殺す。」
───そう言って。
返す刀で、挑発するように赤髪Aの顔面の真ん前に『蒼霊の槍』の切っ先を留めてから......鋭い視線と共に、怒りのままに戦闘開始の火蓋を切ったのだった。
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