第百四十話『問題事』
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「......という訳でイヴさん。
しばらく匿って欲しいんですけど。」
「うん。いきなり私の部屋に入ってきて、開幕の言葉がそれじゃあどういう訳か微塵も分かんないけどね?
まぁ取り敢えず、それは災難だったわねと言っておくわ?」
スコラキャッスル内にある五賢用の個室部屋。
その紫色の扉をした『イヴさん専用』の部屋で、私はふぅと息を吐いて一息ついた。
───時刻は昼過ぎ。凡そ十三時頃。
午前中から続いていた学生たちの選択授業も終わって、数時間後の事だった。
例に漏れず私も選択授業の"基魔原"が終わり、板書の写しもそこそこにして、周囲の生徒達と同様に自らの学生寮へと帰ろうとしていたわけなのだが。
「───婚約者になる契約を賭けて。
『幻想戦闘領域』してもらおうじゃないか。この後、俺と今すぐにな。」
「......え?いや......。
えっと、普通に嫌ですけど?」
そう、何故か、明らかに身なりのいい謎の赤髪君......
赤い髪を七三に分けて、サイドにウェーブをかけた様な現代風イケメン君に。
......本当に何故か求婚されてしまい。
基魔原の教室から現在地までの間、無限ストーキング行為をされていたので。
「なのでとりあえず魔導学園内を爆速で走り回って。
この冒険者仕込みの健脚を使って、煙に巻く作業をしてたんですよ。いや、死ぬかと思いました。普通に。」
最近の忙しさの中でほとんど徹夜明けだったからな。
睡眠不足ストリートフルマラソンは体に効くのだ。死ぬかと思った。
「でも、私の冒険者の足を持ってしても、予想外に赤髪くんが健脚でして。完全に巻き切るのが難しくて。
もう体力が限界に達しかけたんで、取り敢えずここに逃げできたんですよ......」
「あー、なるほどね。
普通の人じゃ入れない、五賢の紫の私の部屋なら適任だものね?理由はだいたい解ったわよ。お疲れ様ね。」
ぜぇぜぇと息を吐きながら話す私の説明に、呆れているのか関心しているのか。
その真意は分からないがイヴさんは何処か気の毒そうに失笑しながら、用意していた紅茶と軽い軽食を出してくれる。
少し酸味のある紅茶と、卵と緑野菜を間に挟んだフランスパンの様なサンドウィッチだ。
この世界のテンプレートなタイプの昼食である。
緑の区画で麦を生産しているらしく、特に魔導学園ではパン食が盛んなのだ。
そして、そんな魔導学園テンプレート異世界食を口に運びながら書類仕事をこなしているイヴさんを見て。
私は心外だと言わんばかりに疲労で肩を上下させながら、必死に声を荒らげる。
「ちょ、イヴさん笑わないで下さいよ?!
これでも必死に助けを求めて此処に来たのに!酷くないですかっ......!?」
そう、見知ったイヴさんとの掛け合いなので返す返事は軽いが......割とマジで迷惑してたりしたのだ。
『は?なんだと貴様?
この俺が此方から婚約してやろう、と声をかけているというのに......それを断るだと?
貴様、どういう了見をしているのだ?』
『え?い、いやあの......えーと。
......私、心に決めた人がいるのでぇ......?(嘘)』
『はぁ、それで俺の申し出を断ると?
じゃあ、相手は何処の何奴だ?この俺が其奴に直々に、話をつけてやろうではないか?』
『何あれ、すごくない?
あれって噂の新学寮長と赤の学生寮の───』
「......って感じでずっと押し問答だったし、嘘ついても凄い顔で睨んでくるし、周りの学生達は噂話始めてたし!
これ以上同級生との溝が深まったらどうするんですか!?今の状態でも変な噂が流れてるのに......!」
イヴさんの部屋に入ることで何とか巻いてきたが、しかしそれも一時凌ぎである。
これからまたおかしな噂が増えると思うと、現ぼっちの私的に涙を禁じ得ないのだ。
......しかも、だよ。
相手方が恐らく貴族だったのが頂けない。
これで同じ立場の平民魔導士君とかだったら適当にあしらって終了でも良かったんだが、貴族ともなると話は別だった。
だって、話のタイミング的に。
この婚約申し込みって......
「多分ですよ、これって───」
「政略結婚的な奴、ね。」
......ですよねぇ?!やっぱりッ!!!!」
「まぁ、そうね。貴族社会だと結構使われる手だからね......有力者との婚約は、ね。」
私の言葉を先読みしたように答えを先出しするイヴさん。
その言葉を聞いて、私はげんなりして頭を抱えた。いや、抱えるしかなかった。
「うん、まぁ、私も結構言われたわ。
五賢の紫に就任した時とか、特にね。はは......」
最早思い出したくもないというような顔をするイヴさん。苦虫を奥歯で噛みちぎったような表情である。
うん。多分、イヴさんの年齢からして若いときだろうし、相当大変だったのだろう。
だが、その顔は割とマジで明日の我が身である。
先立の遙か遠い果てを見るような達観した瞳を見て、私は顔を顰めるしかなかった。
「......ちなみにイヴさん。
赤髪で貴族として有力な、けど落ち目の人とか、分かりますか......?」
「あー、数家位はあるけど。
条件に当てはまりそうなのは『エルグ家』か『ローツ家』......大穴で『フィリオン家』とか?
赤毛が多いのは貴族達の血統的に赤の学生寮だから、多分そっちの子達だと思うけど......」
指折り数えるイヴさん。
その悩ましげな顔を見て私はため息を吐く。
もしかしたら新学寮長就任の件でマナレルムの貴族からやっかみを受けるかもしれないなとは思ってはいたのだ。
思ってはいた。
思ってはいたのだが......
しかし、流石に求婚は予想してなかった。
学寮の利権とか土地関係で揉めるとかなら考えていたんだが、まさかの縁談とは。
「うわぁ、マジで面倒臭い......。
どうしよう、ほんと面倒臭いんだが......?」
しかも、相手の素性も名前すらもわからない状態と来た。
控えめに言って地獄だ。ここからどうすれば面倒事に巻き込まれないのか、私には筆舌に尽くし難い想いである。
「うん。まぁ、諦めなさいな?
そういう輩は適当にあしらっておけば大丈夫だから。
というか、それしか無いから。逃げれるだけ逃げるしかないわ。頑張って?」
「それ、ほんとに大丈夫なんですか......?
本当に逃げるだけでどうにかなりますかね......?」
「まぁ......多分......?」
苦々しい顔をして問い掛ける私。
そして、それを聞いて目を逸らすイヴさん。
私はそんなイヴさんの反応を見て、あぁこれどう転んでも面倒臭い奴なんだろうなと理解させられながらも。
いつの間にか出されていた紅茶のおかわりを、口直しの要領で口に含んでいた。
そして、その後。
私は手慰みにイヴさんの資料作成を手伝いながら、少しだけ雑談がてらのティータイムを挟んだ後で。
「まぁ、とりあえずよ。
今日は一旦、この部屋の裏口から出してあげるから。あとは自分の学生寮にでも篭っておく事ね。」
そう言って、私を逃がしてくれるイヴさんに頭を下げながら、言われた通り学生寮に帰っていくのだった。
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「えーと、此処を進んで、右に曲がって......」
そんな訳で、スコラキャッスルの1階。
イヴさんの作業部屋から続いている裏口から"黄の区画"の方へ、小走りで帰っている最中。
慣れない道からの帰り道で少しだけ手間取りながらも、順調に自らの学生寮へと帰っている最中の事。
入り組んだ路地裏から、魔法用の触媒を売っている怪しげなお店の横を通り抜けて、真っ直ぐ行って右に曲がる。
そうすればいつもの大通りへと辿り着くからと、
そんなイヴさんに教えてもらった帰り道を通って私は自らの学生寮へと帰っていた。
......のだが。
「おい、お前さぁ。
『フィリオン=ウォルフ』の二学年、入学組の小精霊ちゃん......だったよなぁ?」
「たしか、最近学寮長になった。
ナガミカナムって奴の学生寮に居座ってるっていうさぁ......お前だよなぁ?なぁ?」
「えっと。あの、すみません。
わたし、これからお仕事があって急いでて......。」
「は?あれって......アヌ?」
しかし、その帰り道の事だった。
私は普段からよく見覚えのある小さな友人。
アヌが何故か赤髪二人に囲まれて凄まれているのを見つけて、は?と目を疑ってしまった。
え?なんでアヌが絡まれてるんだ?
あんなにも優しい完璧小精霊ちゃんである彼女が、人の恨みなんて買うわけないし......
「なんであんな輩っぽい奴らに絡まれてるんだ?アヌ......?」
と、一人、呟いてしまうが。
しかし、その疑問は件の輩たちによって、直ぐさま解決する事となったのだ。
「いやさ。お前の所の新学寮長サンがさぁ?
俺たちの兄上の話を無視したから、ちょっと報復しようと思ってなぁ?」
「丁度いいからさぁ?
お前、今からオレたちとやり合おうじゃん?
憂さ晴らしって感じで......あ、勿論、そっちの反撃なしでな?ハハハハハハッ!!!」
「わっ......あ!?
や、やめてくださッ───?!」
ふわふわと宙に浮かんでいたアヌ。
その、風魔法の制御で回避が難しいのだろうアヌの服をつまむようにして持ち上げる赤髪二人組。
そう、お前の所の新学寮長サン。
つまり、私のせいで絡まれていたのだ。
私が、話を聞く限り、コイツらの兄上とやらの話を無視したから───
「こうやってさぁ、俺たちが持ち上げてプチッと潰してやるからさ?お前、どこまで耐えられるか俺たちと我慢比べなぁ?ハハハハッ!!!」
「ひゅ〜、兄貴クソ野郎過ぎるだろw
小精霊ちゃんビビっちゃって言葉も出ないもんなぁ!はははっ!!!」
「ひっ、あ!??
やっ、やめて、ください......おねがいしますっ......?!」
だからこうやって、コイツらはアヌにだる絡みして、潰してやるなどと宣っているらしい。
そんな情景を見て、私は驚きと怒りに打ち震える。
コイツら、本当に言ってるのか?
だとしたら本当に救えない。
私と赤髪共の兄とやら......恐らく赤髪二人の顔立ちから見て婚約宣言の奴だろうが、彼との問題を私と仲がいいというだけの理由で他人のアヌにまで持ち込むなんて。
「絶対、許せないんだが......?」
そう思って。
私は、いてもたっても居られずに、立ち竦んでいた裏路地から彼らの居る表通りへと飛び出したのだ。
そして───
「おい、お前達、なにして......!」
「ちょっとキミ達さぁ?それやりすぎじゃ......?」
「「......え?」」
......飛び出して行こうとして。
私は、謎の黒髪赤メッシュをしたショートヘアの黄色い目をした女子生徒。
制服を着崩していて、どこかサバサバとしたギャルみのある女の人と、凄まじいタイミングでバッティングしてしまったのだった。
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