第百三十九話『夢の中』
暗い。
暗い。
くらい。
暗い、真っ暗な闇の中。
わたしは、ふと気がついて、空を見上げてつぶやいた。
「......なぎゃみ?なぎゃみ、どこにいるの?」
伸びる手は、見えない。
わたしの手は、まっすぐに。
まっすぐに、空へと伸ばしている筈なのに......
───見えず、きこえず、触れずにカタチを失って。
そのまま闇に消えていった。
「なぎゃみ、こわいよ......。
わたし、どうなってるの?こわいよ......。」
自然と口から言葉がもれる。
頬からなにか冷たいものが伝っていくのが分かる。
冷たいなみだがとまらない。
触れたいのに、さわれない。
聞きたいのに、きこえない。
目を開けたいのに、
開けた先の眼前には、まっくらが広がっているだけだ。
「こわい、こわいよ......。」
闇の中で、ぎゅっと自分をだき寄せる。
その感覚すらも曖昧だけど、
感覚的に自分が震えているのがわかった。
───そんな中。
そんな絶望の闇の中で、
思い出されるのはあの優しい手だった。
あの、わたしの頭を撫でてくれた、ながみの優しい手。
「なぎゃみ......なぎゃみ......。
どこ......?今、どこに居るの───?」
その手に、わたしはまた手を伸ばして───
『はぁー、これだから小童はいかんのぅ。
一口開けば親の名を呟きおる。気が滅入るったらないわぃ。』
「......だれ?
なぎゃみ......じゃない。べつの人......?」
そして、わたしは闇の中で出会ったのだ。
『ふむ、如何にも。
我はなぎゃみでは無いぞ。童よ。』
闇の中でも、綺麗な青色の光を纏った───
剛々とした毛並みをもった、おおきなおおきな狼に───
『───我が名は《蒼神之狼》。
お主の中に棲まう、かつてこの世界にやって来た《侵略者》を打ち倒した、神獣の一柱じゃよ。童。』
その、《蒼神之狼》と名乗る、なぞの存在に。
私は───
「へぇ。ポチ。これからよろしく。」
『いや、話聞いてた?我フェンリルじゃって。
ポチじゃなくてフェンリル───』
その私の中に棲んでるらしい"神獣・ポチ"に。
深い深い、闇の中で。
出会ったのだった。
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【ながみ視点】
ニェルさんが私の学生寮に加入してすぐ後。
あの後、ニェルに私に関係する重大なこの世界の秘密を知らされてから、実に二十日以上......
つまり、私が学寮長に就任してから。
約三週間ほどが経過していた。
「はぁっ、はぁっ......!はぁ......!」
「ほらほら、どうしたナガミカナム?
まだ昼時も過ぎていないが、もう体力が尽きたかっ?!」
「っ、まだまだッ!
だいじょうぶだァっ!!!」
そして、その間というもの。
私は毎日毎日毎日死ぬほどの殺し合いを、ニェルさんと繰り広げ、盛大に負け続ける日々を送っていたのだ。
まぁ、いわゆる組手である。
魔道学園の大魔法『幻想戦闘領域』を使った、実戦形式の試合。
私のふとん技開発の為と、実戦経験を積むための手っ取り早い修行のようなものだった。
「ほらほらほらぁッ!?
早く動かないと死んでしまうぞ!また敗北してしまうのか!?ナガミカナムよ!??」
「ぐっは、もう、ムリッ───!?」
......まぁ多分、戦歴は100勝2000敗ぐらいだろうか?
ニェルさんと私の戦いは、もはや数えるのも億劫なぐらい負け続けている。
そんな戦いが三週間の間、土、日、祝休み無しで続いていたのだ。
「はー、今日も百は殺されたな......?ステータス......!」
しかしその甲斐もあってか。
この三週間の間で、私のステータスは大きく成長を見せていたのだ。
中でも特に伸びたのは魔法系のレベルだ。
全体的に大きく上がり《火炎魔法》は3、《水魔法》は7に、《土・風魔法》はそれぞれ5レベルにアップしていた。
まぁ、大体平均で1~3ぐらい上がった感じだな。
それに加えて、新たなスキルを取得したり、体を動かす系のスキルを鍛えたり、基礎体力の向上を測ったり......
うん、本当に色んな所を重点的に鍛えられている気がする。それに、新しいふとんスキルも取得したし───っと。
これはまた後で話すとしてだ。
......そして、次に。
「えーと、秘術についての記述......あった、これだ。」
本来の目的である、秘術の捜索である。
こっちはこっちでイヴさん率いる紫区画での図書館での調べ物とか、純粋に学生寮運営の方法を調べたりとか。
とにかく調べものの課題が山積みだったのだ。
例えば、まずやることといえば学生寮の運営とその管理だろ?
そして運営と並行して未だ未加入の新入生勧誘。
......は、もう一週間経ってしまって加入してない新入生が居ないから無理であるとして、その時間を他に裂けるようになったとしてもだよ。
私は一日の時間の大半をイヴ・マギアさんの治める区画......紫の区画にある、あらゆる魔導書が集積された大図書館で調べ物の為に過ごし続けるという。
ブラック企業も真っ白に見えるぐらいの永久労働機関的サイクルで、馬車馬のように働き続けるスケジュールを過ごしていたのである。
うん。どうなってるんだろう異世界???
私の前職でも大体10時間勤務だったのに......まさかここにきて食事を摂ることすら惜しい事態になってしまうとはな?普通に忙しすぎてキレかけたよ?
ふとした時にボケっとしてる時間が増えた気がするよ私???
......が、まぁしかしだ。
今更自らの身の忙しさに怒っても仕方がないのだ。
というか、そんなことをしている時間すら惜しいほど、やることが山積みだったし。
「えーと、じゃあ次の問題を......ナガミさん、答えてみて?」
「あ、はい。解りました。
えー"魔力とは、精神世界と星辰体を繋ぐ通路であり、精神世界から《想像》を取り出す為のエネルギーである"───」
そう、何故ならば、だ。
当然ながら、魔導学園の生徒としての性分......。
つまり、授業だな。
全員が受領する事になる『基礎魔法学』とそれぞれ専攻する学部門の講義の履修など。
私の場合は『基礎魔法原理学1』と『応用魔術学』等、幾つかの講義を受けて、単位を取得しなければならなかったのだ。
まぁ、簡単に言えば大学みたいなものである。
きちんと割り振られたクラスこそあるが、クラスメイトと何かする訳でもないし、選択科目なら出入りは自由。
各々が魔導士として研鑽を積むために、学術知識を学ぶ為だけに集まる施設で、勉学に励まなければならなかったのだ。
......しかも、だよ。
「あのー、ナガミさん......これ、論文の移し紙......」
「ん?あぁ、ありがとうロナウドくん。今手が離せないからそこに───」
「っ!?あ、あっうん!!!
じゃあここ置いとくねっ?!それじゃあっ......!?」
......うん。なんか。
明らかに遠巻きにされているし。
さっきプリントを渡してくれた茶髪黒目の子、確かハーフエルフ?のロナウド君。
第一次試験の時にトップバッターを努めてた彼なんか、ちょっと私と目が合っただけで顔を青ざめさせて慌てて逃げだす始末であるし。
それに、他の生徒達もちらちらと私のことを見たりするが、話し掛けられたりしないし、なんならヒソヒソ声で何かを噂されてたりする。
なんか、聞いた話によると、
"冒険者でコネで学寮長になったやばい奴"とか、"青の学寮長を不意打ちで殺しかけたヤバい新人"だとか。
そんな感じの噂が独り歩きして、止められない所まで大きくなってしまっているらしいのだ。
その結果───
「うん。ぼっち飯である。こっちの世界でもな......」
うん、辛い。とっても辛い。
なんか、学生の頃とかを思い出す感じの孤独感だった。
私、現世の高校の時も、こんな感じで遠巻きにされてる時あったんだよな......特に、留年して下のクラスに混ざってた三年生頃の私とか、こんな感じで無限ぼっち飯だったのをよく覚えているよ。
だが、そんなことで落ち込んでいる暇は私にはなかった。
───だって、例えば、夜。
寝る前に、イヴさんから依頼されて請け負った、というか請け負わされた『古代セルリア聖典』の翻訳作業を進めて進捗を報告する作業が一つ。
そして、その他にも借りてきた魔導書を読み込んだり、選択学科の復習をする時間があったりするのだ。
───そして例えば、昼。
請け負った学生寮の管理運営をニェルさんと共に進めながら、全ての学生寮に順当に舞い込んでくる『任意義務』の労働について頭を悩ませて、とりあえず先送りにしたりして。
そして、取得した"基礎魔法原理学1"や"応用魔術学"の講義を受けに魔導学園へ走ったり、疲労困憊(主にニェルさんとの試合のせい)でぶっ倒れて行けなかったり。
それで講義の先生に怒られたりする毎日があるのだ。うん、連休バイト明けの大学生かな?
───そして、例えば朝。
入寮してから一緒に共同生活をしているニェルさんと共に、朝食を済ませたあと朝の特訓へ赴き、そしてボコボコにされる毎日。
ちなみにこの朝の特訓はラジオ体操的立ち位置なので、予定表の特訓には含まれてない。サービス残業ならぬサービス特訓である。
うんうん、全体的にとてもブラックだね。真っ黒だ。
思わず笑っちゃうぐらいには真っ黒すぎて逆に楽しくなってくるぐらいの状態であったのだ。
「あ、ナガミちゃんおかえり!いまお茶出すね!」
「おお、ただいまアヌー!掃除ありがとうなー!」
......あ、あと言い忘れていたが。
同居人といえば、アヌのこともそうだ。
ニェルさんが私の学生寮にやって来るのと同時期に、何とアヌも私の学生寮に引っ越してきたのだよ。
しかし、別に私の学生寮に入ったという訳ではない。
『あのね、ナガミちゃん。実は───』
そう。当時のアヌいわく。
なんでも『任意義務』の職場が自分の学生寮と程遠いらしく、小さな自分の体では少々不便なのだそうだ。
だから【黄の区画】と【緑の区画】中間にある私の学生寮の方が通いやすいから、住まわせてくれないかと頼まれたのだ。
もちろん、私は二つ返事でオーケーした。
アヌには魔導学園に来てから色々助けて貰ったし、学生寮の掃除も手伝ってくれたしな。
「はい、どーぞ!お茶とお菓子だよー」
「おおー、ありがとうアヌ〜!助かるよー!」
それに、アヌの入れてくれるお茶とお菓子がとても美味しいので。個人的に凄くウィンウィンなのであった。
───とまぁ、そんな具合で。
───私は、魔導学園での生徒であり学寮長という立場での日々を、全うして過ごしていたのだが。
「では、これで今日の講義は終わります!
次は明後日の昼過ぎになりますので、遅れないように来てくださいねー!お疲れ様でしたっ!」
「あ、お、終わった......!
ね、眠気が......危なかった......!!!」
しかし、こういう時にこそ。
問題事というのは積み重なっていくものなのである。
という訳で、私の受けている選択科目である"基礎魔法原理学1"の講義終了後。
私が板書された内容をノートに写して反芻しながら、復習している最中の事だった。
「......おい、お前。そこの黒髪に短槍を背負った奴。
お前が、噂に聞く"ナガミカナム"だな?新学寮長に任命されたという、あの。」
「......え?
あ、はい。私がながみですけど......?」
板書の写しも終わりかけて、一息ついていた所で。
私は突如として、良い身なりをした赤髪の魔導士くんに声を掛けられたのだ。
......しかし、私には見覚えがない人間である。
というか、一度も会ったことがないレベルで知らない人だった。
「えっと、どうしました?
何か私の学生寮に用事でもありましたか?」
「......あ、もしかして私の学生寮に入寮希望とかですかね!?なら、手続きの用紙と筆記用具を今から渡すのでそこにサインを───!!!」
なので、私は私の学生寮関係の客人だと思って。
出来る限り、すこぶる丁寧な対応を心掛けながら、赤髪の彼に返事をしていたのだが───。
「ふん、お前がナガミカナムであっているか。
なら、話は早いな。お前、俺と───」
「───婚約者になる契約を賭けて。
『幻想戦闘領域』してもらおうじゃないか。この後、俺と今すぐにな。」
そう言って、こちらを無機質な目で見つめながら刻々と語り掛けてくる良い身なりの赤髪魔導士くん。
そんな、彼の無愛想な表情を。
私は教室の椅子にてポカンと見上げてから。
「......え?いや......。
えっと、普通に嫌ですけど?」
当然のように私はそう呟いて。
『何言ってんだこいつ?』と思いながら、魔導士くんの顔を見つめていたのだった。
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