第百三十八話『お話し』
「私の固有スキルの事よりも、学生寮の事よりも重要な事なんですよね?それって。」
「......あぁ、そうだな。そうなるな。」
私とニェルさんは、言っちゃ悪いがそこまで接点はない。
出会ったのも第一次試験の時が始めてだったし、ちゃんと話したのなんて昨日の説明会が初めてだったのだ。
それこそ、私と受験番号が一つ違いで、その戦い方をチラッと見た程度の仲だ。あと青い月の絵画について語り合った仲。
接点らしい接点と言えば、その程度なのである。
「それを......話してくれるんですよね?ニェルさん?」
───しかし、そんなニェルさんが、私の学園寮に入りたいこと以上に私に会いに来る理由とは?
そんなことを思って、私はニェルさんに目線で問い掛ける。
すると、ニェルさんは少しだけ目を細めながら、私の視線に応えるようにふぅと息を吐いた。
私の固有スキルの事や学生寮の事。
それらを目撃しても尚、切って捨てるほどの理由があって私に逢いに来たということだ。
できる限り真剣に聞いた方が良い案件だろう。
そう思って、私は静かにニェルさんの闇夜のような紫色の瞳を見つめる。
そして───
「そうだな......その前に少し聞きたいことがある。」
「聞きたいこと、ですか?」
「あぁ、そうだ。聞きたい事だ。」
「───お前は、『特異点』という存在について。
何か知っていることや、誰かにその名前を教えて貰ったことなどがあるたろうか?」
そんなニェルさんの言葉を聞いて、私は思わず小首を傾げた。
「特異点......ですか?」
───特異点。
確か、数学とか物理とかの分野でよく使われる用語で、
数学分野だと『一般の場合に対して異常な形態を示すところ』とか、物理学分野だと『一般相対性理論を破綻させる無限大のエネルギーを持った一点』とか。
誰かに聞きかじった程度だが、そんな感じの意味を持った言葉だった筈だ。
しかし、そんな言葉を何故いま問いかけられているのだろうか?訳も分からず私はニェルさんの顔を見つめる。
「......、」
が、ニェルさんは黙して語らずと言った具合で、私の疑問に応える様子はなかった。なので、私は少しだけ思い出そうとしてみる。
「うーん、特異点......あまり聞いたことない様な気はするんですけど......。」
「なんでもいいぞ。
誰かが呟いていたとかでも、寝言で出てきていたとかでも。本当に少しの情報だけでも有難いんだが。」
しかし、そんな事を言われてもなぁ......?
私は眉間に皺を寄せながら考える。一応私は〘記憶〙や〘熟考強化〙、〘高速思考〙などの思考に関するスキルを多数所持しているので、些細な事でも考えれば直ぐ出てくると思うんだが......
でも、あんまり印象に残らない奴は流石に───
「......あ、いや。待てよ?
そういえば居たな?特異点という単語を呟いていた奴が。」
───そう。
私は意外と直近で、その単語を聞いたことがあったのだ。
......というか寧ろ、何故忘れていたのか。
そう思うぐらい劇的な場面で、私はその単語をはっきりと耳にしていたのだ。
シーアシラの防衛戦。
私の住む港町を襲った、リザードマン達の進軍を手引きしていた私と同郷の転生者である三ツ矢カゲロウ。
そして、そのバックに着いて彼を操っていた、
歪な笑みの特徴的な、白髪赤目の少年の言葉を思い出す。
『あぁッもうッ?!上手くいかないなッ!??
フェンリルは殺しきれないし、"特異点"は目覚めるしッ!』
その、イライラとした叫びを思い出す。
あの、歪な瞳を思い出す。
嫌悪感の湧き上がる、口元の笑みを思い出す。
......そして、私の大切なルフに、
彼が思いっきり突き付けたナイフの尖い輝きを思い出す。
そう、その相手の名は───
「魔王幹部、ロイ......。
私の一番嫌いな"仇"ともいうべき奴から、私はその単語を聞いたことがある......?」
当時の状況を思い出して、私は口元を抑える。
吐き気を催すような思い出だ。出来れば一生思い出したくなかったから、記憶に封をしていたのかもしれない。
......しかし、今思えば。
なぜアイツは、あんなにルフに固執していたんだ?
それでいて、あそこまで侵入する事が出来たのに、何故ルフのことを殺さなかった?いや、殺せなかったのか......?
口に出していたフェンリルってなんだ?特異点ってなんだ?
私はそんな事を考えて、思わず頭を悩ませるが......
「ほう、なるほど......!
それで、そいつはなんて言っていた?どんな様子だった?!」
しかし、ニェルさんに興奮した様子で顔を近づけられ、それにビクリと肩を揺らしながら私は思考を取り止めて。
どことなく嬉しそうな様子を見せるニェルさんに対して、当時の状況を簡単に話して聞かせた。
「あ、えっと......なんか、めちゃくちゃ怒ってましたね。
上手くいかないとか、なぜ特異点が目覚めてるんだー、とか。」
「ははっ、なるほど!!!目覚めていると!?
そいつはそう言っていたのか!!?魔王幹部の人間が!?それはとても良い事を聞いたなッ!!!」
「良いこと、なんですかね......?
私にはちょっと分かりかねますが......」
ニェルさんが笑う。その目は興奮で瞳孔が開き切ってしまうほど嬉しそうな様子で、私は思わず引き気味に後ろへ後ずさる。
ニェルさん、冷静沈着な美人さんってイメージだったので、少し意外だった。まぁでも、確かにグイグイくる所はグイグイ来てたので自分の気になる事には目が無くなるタイプなのかもしれないが......
しかし、どういうことなのだろうか。
魔王軍の幹部であるロイが口にしていた言葉を、何故ニェルさんが知っていて、それを気にしているのか。
きっと、私は知る必要があるのだろう。
これから、ニェルさんと魔導学園での生活を共にしていくなら、きっと自然と関わることになってしまうのだろう。
だって───
「......私は、特異点について。
何もかも分かりかねますが、でも、ニェルさんはそれを教えに来てくれたんですよね?私に。」
その話をする以外に、
私とニェルさんにこれといった接点はないのだから。
きっと、今から話されるのは、そういった類の話なのだ。多分。
だからこそ、私は椅子から身を乗り出して喜んでいたニェルさんに、少しだけ間を空けてそう問い掛けた。
それに対し、ニェルさんは少しだけ冷静になった瞳で、軽くニヤリと笑って私を見つめる。
そして───
「あぁ、なんたって今日はそれを話に来たんだからな。
ここまでの前置きをしておいて、何も話さないは......流石に無いだろう。」
そして、私がずっと目を背けていた、この世界の問題について。
......私の問題について。
「じゃあ、話すぞ。
特異点というのはな───?」
ニェルさんは、静かな口調で息を吐きながら。
「今、私たちが住むこの世界と、お前。
そして、その全てに関わる神が定められた理───」
「お前の内に眠る、運命を変えうる力の本流について。」
「......私が、今一度。
お前に、しっかりと話してやろうじゃないか。」
その、この世界を取り巻く真実について。
ゆっくりと話し始めたのだった。
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