第18話 サムエルの帰還 ~新たなジョウカ魔法
この日、ダニエルは朝からそわそわしていた。
学園が長期休暇に入り、兄のサムエルが領地に戻ってくる。
兄に代わり弟の自分が父の補佐をし、領主一族としての務めをしっかり果たしてきた。
他領へ繋がる街道の整備は終わり、歩車分離で安全・快適な通行ができる。
劇的な変化に、兄はさぞかし驚くことだろう。
サムエルのびっくりする顔が見たくて、ダニエルは手紙にこの件については一切触れていなかった。
昼前に、サムエルが到着したとの知らせが届く。
兄が何時に帰ってきても出迎えられるよう、今日はどこにも出かけず屋敷内で待機していたダニエルは、アイボウとともに玄関へ駆けつける。
「兄上、おかえりなさい!」
「ただいま戻った。ダニエル、街道が見違えたな? 父上からの手紙で改修していることは知っていたが、噂以上に滞りなく通行ができて感心したよ」
驚かせようと思って内緒にしていたのに、サムエルはミヒャエルからの手紙ですでに知っていた。
よくよく考えれば、父が兄へ領地の状況を知らせるのは当然だ。
内緒にできると思っていた自分の浅はかさを、ひっそりと恥じる。
「ありがとうございます。それで、『噂』というのは?」
「ああ、王都で旅人や商人たちが『安全で快適に通行ができる』と話を広めているようだ。さっそく、学園でやっかみを受けたぞ。『スパイダーシルク領には、スパイダーシルク道があるのか?』と」
「ハハハ、これが本当の『(スパイダー)シルクロード』ですか……」
厳密に言えば、この改修費は繭の売り上げから捻出されたものではないのだが。
「『すこぶる評判が良いそうなので、よろしければ視察にお越しください』と返しておいた」
「アハハ!」
数か月ぶりに会ったサムエルは背が伸び、さらにカッコ良く、さらに逞しくなっていた。
モブ貴族の戯言にまでいちいち付き合わなければならない学園は、まさに魔窟だ。
精神的に疲労しているであろう兄を労うべく、弟は考えを巡らせる。
父へ帰還の挨拶に行ったサムエルと別れ、ダニエルはアイボウと外へ出た。
向かった先は、町の青果店だ。
サムエルの好物である柑橘系の果実水を使用人に作ってもらおうと、良さげな果物がないか探しにきたのである。
何軒か回り、いくつか手に入った。
これくらいあれば十分だろうと屋敷へ戻りかけたとき、遠くから悲鳴と何かを叫ぶ声が聞こえた。
周囲が一気に騒々しくなる。
「馬が暴走しているぞ!」
「早く逃げろ!!」
荷馬車が、もの凄い勢いでこちらに向かってきているのがわかる。
御者がどうにか制御しようとしているようだが、馬は興奮し落ち着かせるのは容易ではない。
アイボウであれば、一撃で馬を倒すことはできるだろう。
しかし、できれば殺傷はしたくない。
(土壁を作っても衝突するだけで危険だ。馬を傷付けずにどうやって正気に戻すか……)
う~んと考え込んでいたら、ピコン!とあの音が鳴った。
ダニエル・エンダイバー(七歳)
属 性:無属性【ジョウカ魔法:浄化、浄火、城下】
【〇〇ジョウカ魔法:正常化】
魔力量:2,553
【正常化】(ふつうの状態に戻す)
『〇〇ジョウカ魔法』という、まさかのレベル2が登場する。
新たな魔法の発現に驚きつつ、ダニエルは即座に発動させた。
「セイジョウカ!」
アイボウのヘッドの先から白っぽい煙が吹き出し、馬の頭を覆う。
すぐに走る速度が緩やかになり、馬車はゆっくりと停止した。
「ケガはないか?」
ダニエルは御者の男に声をかけた。
「ダニエル様、ありがとうございます。おかげさまで、私も馬も商品も無事でした」
事情を聞くと、道の端から急に子供が飛び出し、馬が驚いて暴走を始めたのだという。
助けてもらった礼だと、御者の男が商品の果物が数個入った袋と七面鳥のような大きな魔鳥を一羽差し出す。
「ぜひ、皆様でお召し上がりください」
「ありがとう。では、遠慮なく頂くよ」
魔鳥はアイボウへ預ける。
屋敷へ戻るころには、きちんと仕分けされていることだろう。
兄の帰還を祝う豪華な夕食となりそうだ。
果物の袋を抱えたダニエルは、アイボウに乗って屋敷へ戻った。
部屋に戻る前に厨房へ行き、使用人に食材を渡しておく。
昼食時に出してもらう柑橘類と、夕食に使ってもらう鶏肉と果物。
魔鳥の骨からは良い出汁が取れるので、それも忘れずに。
アイボウは、羽根も出してくれた。
ジョウカ魔法で洗浄されているので、とても綺麗でフワフワしている。
「ダニエル様、羽根はこちらで処分しておきましょうか?」
「何かに再利用はしていないのか?」
「大きな羽根でしたら矢に加工できますが、小さい物は……」
「そうか。まあ、とりあえず取っておくよ」
前世からの癖で、後で何かに使えるのではないかと、つい溜め込んでしまう。
結局、何にも使わず捨てることになるのだが。
◇
久しぶりに、家族三人で昼食を食べる。
話題は、サムエルの王都生活についてだ。
学園の寮に入っているのは、王都にタウンハウスを持っていない下位貴族が多いという話はダニエルも手紙で知っていた。
しかし、同じ下位貴族でも家の経済状況はかなり異なるらしい。
「私は、ダニエルのおかげで経済的な悩みはありません。冒険者も、生活費を稼ぐためではなく自分の実力上げと小遣い稼ぎのためにやっています」
サムエルは冒険者ギルドに登録し、学園が休みの日に依頼を受けて魔物を討伐したり、ダンジョンへ潜っている。
その稼いだお金で、兄は弟に短剣をプレゼントしてくれた。しかも、兄弟でお揃いのものを。
携帯用の革ベルトと一緒に渡されたダニエルは大喜びし、食事中の今も外さず身に着けていた。
「最近は、キリスとダンジョンへ行くことが多いです。なるべく多くの魔物を狩って、少しでも金銭的な貢献ができればと……」
「バウニー家はかなり困窮しているらしい。私もできるだけ支援はしているが、状況はなかなか好転しないようだ」
バウニー男爵家はサムエルの亡き母の実家で、キリスは一つ年上の従兄にあたる人物とのこと。
現当主は、ミヒャエルの義兄になる。
昔、エンダイバー家はバウニー家から経済的な支援をしてもらったことがあり、今はそのときの恩を返しているのだという。
「領の主要産業である養鶏が、他領との価格競争に負けてしまった。何か、別の目玉になるようなものがあれば良いのだが……」
ミヒャエルの話に、ダニエルは考える。
養鶏で生産されるものは鶏肉と卵だ。
それ以外のものといえば、骨か羽根しかない。
そこでふと、先ほど厨房でアイボウが出した物が頭に浮かぶ。
自分が前世で愛用していた物に使われていたことを思い出した。
「父上、兄上。確認ですが、鳥の羽根は矢以外に使い道はないのでしょうか?」
「う~ん、ないな」
「珍しい鳥の羽根なら高値で取引されることもあるそうだが、普通の鳥では……」
やはり、この世界では利用されていないようだ。
「僕に考えがありますので、夕食が終わったあとで時間をいただけませんか?」
「それは構わない」
「バウニー家を助けることができるのなら、私は喜んで協力するぞ」
まずは二人に実物を見せて、この世界でも需要があるのか確認をしなければならない。
ダニエルは裁縫の上手な使用人に協力を要請し、試作品を作るための材料を集めに再び町へ出かけたのだった。




