第17話 じゃじゃ馬娘
『口は禍の門』
この言葉を、ダニエルはしみじみと噛みしめていた。
◇◇◇
「ねえ、稽古を見せて! どんなことをやっているのか、興味があるの!!」
何で正直に話してしまったのか、ダニエルは己の愚かさを呪う。
魔道具が剣術の講師を務めると聞き、シオンが興奮している。
この反応は当然と言える。
ダニエルが逆の立場だったら、同じような状態になっていたと断言できるから。
「でもさ、そろそろ戻ったほうがいいんじゃ───」
「これは命令よ! 私の言うことに逆らうなら、お兄様に言って─────」
「はい! わかりました!! 喜んで!!!」
ダニエルは直立不動の姿勢で応える。
言うまでもなく、下位貴族に拒否権はないのだ。
シオンの乗ってきた馬車を連れてやって来たのは、町の外れにある空き地だった。
さすがに伯爵家令嬢をこんな所へ連れて行くのは……そう言って屋敷へ案内しようとしたダニエルに、シオンは「先触れもなしに訪問して、エンダイバー家へ迷惑をかける気はないわ」と言った。
だったら、僕にも迷惑をかけないでくれよ!と言い返したい。
もちろん、口が裂けてもそんなことは言えないのだが。
命じられるまま、いつものように稽古を始める。
今は手元に木剣がないため、ダニエルはその辺に落ちていた木の棒を握っている。
激しく打ち合う一人と一台を、シオンはじっと観察していた。
「まあ、こんな感じで稽古をしているんだ」
アイボウに一本取られたところで、ダニエルは手を止めた。
シオンは「すごい! すごい!」と飛び跳ね、大はしゃぎ。
やれやれ、これでようやく我が儘お嬢さまから解放される。
ダニエルは一仕事を終えた気になっていたのだが……
「ねえ、今度は私が魔道具と手合わせをしたいわ」
「はあ?」
伯爵家令嬢の我が儘は、終わってはいなかった。
しかし、この要望だけは受けるわけにはいかない。
万が一ケガをさせてしまったら、伯爵家の心証を悪くする。
それこそ、今後エンダイバー家がどんな不利益を被るかわからない。
でも、断ればシオンからまたあの決まり文句が炸裂するだろう。
対応に悩むダニエルに代わり前に出てきたのは、アイボウだった。
ノズルを上にあげ、ヘッドをシオンの護衛へ向けた。
「ダニエル、魔道具は何をしているの?」
「……シオンの護衛が自分に勝てたら、シオンの相手をすると言っている」
「えっ、魔道具が自分の意思表示をしているの!?」
「ああ、こいつは僕より賢いからな」
ダニエルの窮状を見かねたアイボウが、条件を叩きつけたのだ。
「もちろん、受けて立つわ! ジョン、頼んだわよ」
「しかしお嬢様、ここには木剣や模造剣はございませんが?」
ジョンは護衛のため、真剣を携帯している。
先ほどダニエルが使用していた木の棒では、さすがに短すぎるのだ。
「えっと……ジョンさん、アイボウは『真剣で構わない』と言っています」
「ふふふ、魔道具はすごい自信家なのね。面白いわ! ではジョン、遠慮なくやりなさい」
「……かしこまりました」
ダニエルと同様に、護衛のジョンにも選択肢はなかった。
「ジョンは、フォスター領騎士団の序列七位なのよ」
序列七位とは、相当腕が立つ相手と見てよいだろう。
真剣相手に、アイボウに勝算はあるのか。
ここ最近、アイボウはダニエルだけでなくエンダイバー領騎士団とも模擬戦を行っていた。
騎士団長のジェラルドからは、騎士たちの実力の底上げに貢献していると喜ばれている。
さて、結果はどうなるか。
ダニエルは注目する。
まずは様子見で、ジョンが軽く剣を振り下ろす。
それを難なく弾き返したアイボウは、すぐに反撃を開始する。
ノズルを自由自在に操り、ヘッドでジョンの腕を執拗に狙う。
どうやら武器を失わせ、攻撃を無効化させようとしているらしい。
初めは余裕を見せていたジョンの表情が、徐々に険しくなっていく。
アイボウから次々と繰り出されるヘッドでの突き、横薙ぎ、薙ぎ払い、振り上げ等々に対処が追いつかなくなってきた。
そして、一瞬の隙を突かれ剣先をノズルで巻き取られる。
手が離れた剣は地に落下し、アイボウはジョンの胸元をヘッドでツンと突いたのだった。
「参りました」
ジョンはアイボウ(のヘッド)と握手をし、剣を拾い上げた。
「お嬢様、ご期待に応えることができず、大変申し訳ございませんでした」
「あなたは、よく戦ったと思うわ。騎士団長が相手をしたとしても、勝てたかどうか……」
「不甲斐ないですが、おそらく魔道具は全力を出しておりません。最後の胸の軽い突きも、真剣であれば私は間違いなく命を落としておりました」
ジョンの表情は悔しげだ。
「ダニエル、あなたの魔道具ってすごいわね!」
「正直なところ、僕も驚いた。おまえ、こんなに強かったんだな?」
普段の稽古時に自分がどれほど手加減をされているのか、実感する。
戻ってきたアイボウを撫でてやると、嬉しそうにくるっと回転した。
「うん、ますますあなたたちに興味が湧いたわ! 必ずフォスター領に招待するから、楽しみにしていてね!! では、また会いましょう!」
「えっ! シオン、それは────」
できれば、お断りしたい。
と、やんわり希望を告げる前に、シオンは馬車に乗り込み帰っていった。
嵐が去ったあとの空き地には、ダニエルとアイボウだけが残されたのだった。




