第16話 高位貴族との遭遇
「供の者が大変失礼した。私は、フォスター伯爵家のマルクという。これは、妹のシオンだ」
ダニエルが顔を向けると、少女がカーテシーで無言の挨拶をしてくれた。
声を発さないのは、おとなしくて控えめな箱入り娘だからだろうか。
兄妹は青色の指輪をしている。
二人とも水属性のようだ。
「お初にお目にかかります。僕は、ダニエル・エンダイバーと申します」
「やはり、そうであったか」
うんうんと納得したように頷いている男性は、アイボウへ目を向けた。
「それが、オークの変異種を殴り飛ばしたという魔道具か?」
「そうです」
ダニエルは、事前にミヒャエルから話を聞いていた。
サムエルの手紙によると、魔道具を操る自分の噂が王都にまで届いている。
今後、接触してくる者もいるかもしれないから、注意するようにと。
シルクスパイダーの繭の件は秘匿しているが、魔道具に関しては皆の前で堂々と使用していた。
だから、いつかはこういう日が来るだろうとは思っていた。
「ああ、すまない。まさか、このようなところで噂の人物に出会えると思ってもいなかったから、つい尋ねてしまった。許してくれ」
「僕は、気にしていませんので」
そもそも、下位貴族の自分が物申せるはずもない。
「それで、馬車を持ち上げるということだが……本当に可能なのか?」
「はい。許可いただければ、すぐにでも」
「では、よろしく頼む」
「かしこまりました」
ダニエルは、泥濘に沈んだ車輪の横に土壁を作る。
車体は軽々と持ち上がり、御者が馬を引くとあっさりと動いた。
「土属性の者でも、これほど正確に壁を作ることは難しいと聞いている。それを、君はまだ七歳なのに易々と……」
どうやら、マルクは噂どころかダニエルの個人情報をかなり詳しく知っている様子。
前世なら情報漏洩だと大問題になるが、ここは異世界だ。
しかも、相手は高位貴族である。
さすが情報収集能力が高いなと、ダニエルは感心してしまった。
泥濘の穴は、アイボウから魔物の小さな骨を出して埋め、さらに乾いた土を上からかける。
平らにならせば、道の修繕は終了だ。
これで、他の馬車が穴にはまり立ち往生することもないだろう。
「では、僕はこれで失礼します」
「大変助かった。感謝する。ところで……」
マルクは辺りを見回す。
「近くに従者の姿がないようだが、君はここまでどうやって来たのだ? 一人で馬に乗れるのか?」
「乗馬はできませんし、馬に乗ったこともありません。僕は、魔道具で移動していますから」
「魔道具で移動だと!?」
情報収集に長けているマルクでも、この情報までは掴んでいなかったようだ。
驚きと好奇心に満ちた目で見つめられた。
「このように、上に乗っています。では、さようなら」
アイボウはくるっと向きを変えると、ダニエルを乗せて動き出す。
目を見開いたままの大人たちとキラリと目を輝かせる少女が、一人と一台の後ろ姿をいつまでも見つめていたのだった。
◇
屋敷へ戻ったダニエルは、父と重鎮三人へフォスター伯爵家の馬車を救助したことを報告する。
報連相は、前世が社会人だった者には基本中の基本。
伯爵家がダニエルの個人情報を詳しく把握していたことも話した。
「フォスター伯爵家か……」
「たしか、ケビン殿の所属するリングル商会の後ろ盾でございましたな」
執事のクリフォードの言葉に、ミヒャエルは大きく頷く。
「マルク・フォスター様は、伯爵家の嫡男だ。我が家の情報に詳しいのは、当然だな」
リングル商会からスパイダーシルクを買い取り、それを寄り親の侯爵家へ渡す。
侯爵家が加工後王家へ献上し、話題となった。
そのおかげか、派閥グループの中でもフォスター伯爵家は存在感を増しているのだという。
「おそらく、件のスパイダーシルクがエンダイバー領から仕入れた繭で作られたこともご存じだろう」
「では、今回のことで、ダニエル様が繭の生産に関わっていると疑われたりは……」
「いや、さすがにそれはない」
騎士団副団長のマティアスの懸念を、ミヒャエルは否定する。
「僕が真っ先に尋ねられたのは、変異種のオークのことだったよ。アイボウにも興味津々だったけど」
魔道具で変異種に対抗した事実が衝撃的すぎて、まさか同じ魔道具で繭の生産・洗浄をしているとは誰も思わないだろうとダニエルは語る。
「それに、蜘蛛の巣の回収は僕の手を完全に離れている。アイボウに服を着せているから、誰かに目撃されることもないし」
魔道具が最終形態まで進化したことで、第一形態の卓上クリーナーとなっても自発的に動くことができるようになった。
今は、ダニエルが座学の時間の間に、アイボウが自発的に回収を行っている。
領内の蜘蛛の巣のあった場所を完全に把握しているため、無駄なく効率よく作業が進んでいた。
移動中や作業中に銀色の姿が目立たないよう、卓上クリーナーへ被せる迷彩柄の布袋まで用意されているのだ。
「ですが、念のため『不測の事態』も想定しておくべきかと」
騎士団長のジェラルドの言葉に、ダニエルは「そうだね」と返す。
危機管理をすることで、被害を最低限に抑える。これも基本的なこと。
しかし、この『不測の事態』がすぐに起こるとは、ダニエルは思ってもいなかった。
◇
数日後の午後、ダニエルはアイボウとともに領内の見回りをしていた。
街道の拡張工事は、地元の業者たちによって着々と進められている。
進捗状況を見ながら、また事前調査を再開するつもりなのだ。
「ダニエル~!」
町の通りを歩いていたら、後ろから声をかけられた。
アイボウがすぐに反応し、主の前にサッと出る。まるで護衛のように。
手を振りながら走ってきたのは、一人の少女だった。
エンダイバー家は、町の者たちに顔を知られている。
皆が気軽に挨拶をしてくれるため、町中で声をかけられるのはよくあることだ。
しかし、今日の相手は特別だった。
青みがかった金髪に水色の瞳。
先日は下ろしていた髪を、今日は町娘のように一つに縛っている。恰好も、それに準じたもの。
明らかに、お忍びと言わんばかりの姿だった。
少女が連れているのは冒険者風の若い男で、顔に見覚えがある。
おそらく、護衛騎士なのだろう。
「こんにちは。本日は、どうされましたか?」
この場で名を口にしてもよいのかわからなかったので、ダニエルは無難な挨拶に留めておいた。
先日とはまったく異なる雰囲気に、同じ人物とは到底思えない。
もしかして、顔が似ているだけの別人なのだろうか。
ダニエルは戸惑っていた。
「う~ん、ダニエルはもっと砕けた口調で話しなさい。同い年なのだから、私のことはシオンと呼び捨てで構わないわ」
「いえいえ、さすがにそれは……」
名前が同じなので、やはり同一人物だった。
いくら相手に言われたとしても、男爵家の自分が伯爵家の令嬢を呼び捨てにするなど、とんでもない。
ダニエルが首を横に振ると、シオンが目を吊り上げた。
プウッと頬を膨らませる顔は小動物そのもの。
可愛らしい顔が、一瞬にして台無しとなった。
「これは命令よ! 私の言うことに反抗するなら、お兄様に言って─────」
「わ、わかりまし…わかった! 今日は、シオンの言う通りにする!! これで、いいのか?」
「そう、それでいいのよ」
満足げに頷く姿に、やれやれとため息がでる。
伯爵家の箱入り娘だと思っていたら、とんだじゃじゃ馬娘だった。
本人からの命令なので、ダニエルは肩の力を抜き気楽に構える。
「それで、シオンはどうしてここにいるんだ?」
「領地へ戻る前に寄り道をして、エンダイバー領を見に来たの。そうしたら、偶然ダニエルに出会ったってわけ」
兄のマルクとシオンは、招待を受け近隣の他領へ来ていた。
馬車を救出したあの日は、目的地へ向かう途中だったとのこと。
用事を終えフォスター領へ戻るまえに、せっかくここまで来たのだからエンダイバー領を視察してから帰ろうという話になったようだ。
兄とは別行動を取り、シオンは自由気ままに町を散策していたらしい。
貴族令嬢なのに、そんな自由奔放で大丈夫なのか。
余計なお世話ながら、ダニエルは心配になった。
「こんな田舎町を見ても、大して面白くもないだろう?」
同じ領都でも、フォスター領はもっと栄えているはず。
「たしかに田舎ではあるけど、道は側道まで石畳で綺麗に整備されているし、水路まであるわ。それに、小さな町の割には人や店がたくさんあって正直驚いたの。治安も良いようだし……」
町の治安が良いのは昔からだが、人口が増えてもそれが維持できているのはダニエルの存在があるから。
オークの変異種を殴り飛ばせる魔道具を操るのが領主の次男だと知っていたら、普通は悪いことをしようという気は起きない。
噂を知らない他領から流れてきた窃盗犯の三人組は、見回りをしていたダニエルと遭遇。
子供だと舐めて掛かったが、アイボウによって三人纏めて殴り飛ばされた。
コードでグルグル巻きにされた三人組が騎士団の詰所まで連行される姿を、多くの領民が目撃したのだった。
「へえ、意外にきちんと観察しているんだな? その辺は、さすがと言うべきか」
「当たり前でしょ! 他領の良いところを取り入れて、自領を発展させる。お兄様は、今ごろ熱心に見回っていると思うわ」
「なるほどね……『他領の良いところを取り入れる』のか」
現世での、ダニエルの世界は狭い。
高位貴族のシオンとは違い、七歳のダニエルが他領や王都へ行く機会はまったくない。
現に兄のサムエルだって、十二歳にして初めて自領を出たのだから。
「僕が他領へ行くのは、学園へ入学してからだな。それまでは、やらないといけないことがたくさんあるし」
「もし、ダニエルさえ良ければ、フォスター領へ招待するわよ? あなたなら、お父様もお母様も喜んで迎えるわ」
「ハハハ! 田舎男爵家の次男が伯爵家へ招待されるなんて、分不相応すぎるよ」
貴族用のマナーや礼儀作法はクリフォードから学んではいるが、前世が庶民だったダニエルは堅苦しいことは苦手である。
やはり、自分にはエンダイバー家が合っているのだ。
アイボウが、ダニエルのお尻をツンと突いた。
そろそろ稽古の時間だと言っている。
「シオン、ごめん。そろそろ剣術の稽古の時間だから、これで失礼するよ」
「ダニエルの魔道具は剣のような武器ではないのに、剣術も学んでいるの?」
「剣術の先生は、すごい有能だけどとっても怖いんだ。だから、拒否はできない」
「有能な人材ってことは、やっぱり王都から? 私の先生も、お父様がわざわざ王都から招いたのよね……」
「えっと……僕の先生は、こいつだよ」
魔道具を指さすダニエルに、シオンだけでなく護衛も目を見開いたのだった。




