第15話 街道の改修
ダニエルは七歳になった。
学園に入学した兄サムエルの代わりに、毎日、父ミヒャエルの補佐を務めている。
といっても、十二歳の兄とは違い、まだ七歳のダニエルに執務の手伝いはできない。
専ら、治安面での貢献だ。
魔道具が進化し自発的に動く。意思の疎通もできる。
騎士団の仕事が忙しい騎士団長のジェラルドや副団長のマティアスの手を煩わせなくとも、指導教官の役割まで果たしてくれる。
現在、実技の講師は魔道具が一手に担っていた。
防御魔法を行使できるようになったこと。
剣術の腕も上がったこと。
さらに、ダニエルは移動手段を手に入れたことで、最近は領内での行動範囲が広がっていた。
◇◇◇
「進め! アイボウ!!」
大型の物体に跨った少年が、近隣領へつながる街道からは少し外れた森の中を疾走している。
わらわらと湧いて出てくる魔物を、物体から伸びたノズルの先が容赦なくどんどん吸い込んでいく。
小型から中型まで漏れなく。
周囲に魔物がいなくなったことを確認すると、少年は満足そうにうなずきながら相棒を優しく撫でる。
それに応えるように、物体がくるっと一回転したのだった。
ダニエル・エンダイバー(七歳)
属 性:無属性【ジョウカ魔法:浄化、浄火、城下】
魔力量:2,079
ダニエルの魔力量は、二千を超えた。
次は第五形態へ進化するのか?と魔道具へ尋ねてみたところ、見た目の進化は第四形態で終わりとのこと。
今後は、魔力量の増加により収納容量が増えていくようだ。
「アイボウのおかげで、遠出ができるようになった。ホント、ありがとな!」
『アイボウ』とは、魔道具に付けた名前だ。
前世からの相棒という意味と、某有名ペットロボットに因んでいる。
そのアイボウに跨り、頭に付いている取っ手をしっかりと持つ。
アイボウは、コードでダニエルの体をシートベルトのように固定する。
こうすれば、振り落とされることはない。
乗馬ならぬ乗魔道具といったところである。
アイボウも、主を乗せることを喜んでいるらしい。
コードの先にあるプラグが、尻尾のように左右に激しく揺れていた。
ダニエルを乗せても低空飛行ができるため、道なき道でもまったく問題はない。
一人と一台は、どんどん進んで行く。
◇
「父上、只今戻りました!」
本日分の仕事を終え、ダニエルは屋敷へ帰還した。
アイボウもダニエルの傍らにいる。
「おかえり。森の様子はどうだった?」
「小型や中型の魔物はおりましたが、大型は見かけませんでした」
「そうか……では、作業を進めても問題はなさそうだな」
「もし作業中に現れたとしても、冒険者たちがいれば大丈夫かと。それに、いざという時には僕たちが対処しますので」
ダニエルの言葉に合わせて、アイボウが直立させたノズルの先のヘッドをクイッと傾ける。
まるで敬礼をするように。
「ハハハ、それは頼もしいな」
息の合った最強コンビを、ミヒャエルは目を細め眺めていた。
ダニエルがいま任されている仕事は、街道を拡張するための事前準備だ。
エンダイバー領では人や物の出入りが活発となり、馬車や荷馬車の往来が増えていた。
これまでは領内への流入は少なかったため問題はなかったが、馬車同士や通行人との接触事故が増えており対策が急がれた。
そこで、ダニエルは父へ提案する。街道の横に側道を作り、乗り物と人を分けてみてはどうか?と。
これは前世での『歩車分離』の考えだ。
歩行者と馬車を分け、安全性を高めるのである。
ガードレールや柵の代わりに木を所々に残しつつも、視界は広く見やすいように。
また、安全面の観点から、死角を作らないようにとの配慮もあった。
息子の提案に父は即決し、まずは作業の障害となるものがないか事前調査から始まる。
言いだしっぺのダニエルが率先して開始し、調査の終わった箇所から作業を進めていく。
馬車などは通行しないため、側道自体の広さはそれほど必要はない。
開通できた箇所から、通行人へどんどん開放していく。
街道と側道の間にはいくつか待避所も設けたため、速度の遅い荷馬車が早い馬車へ先を譲るということもできるようになり、利便性が高くなったのだった。
◇◇◇
数日後、ダニエルは新たに開通させた側道付近を見回っていた。
通行に問題は無いか。
不具合は起きていないか。
領主一族としての確認だった。
ふと見ると、街道の片側に一台の馬車がやや傾いた状態で停まっている。
昨日、一昨日と降り続いた雨のせいで、どうやら道の一部がぬかるんでいたようだ。
従者と御者たちが必死に泥濘から車輪を移動させようとしているが、上手くいっていない様子だった。
後続の馬車などは、ちょうど待避所の横だったこともあり回避して進んでいるため、混雑はしているが渋滞までは起きていない。
それでも、二次被害を出さないために早めの対処が必要だ。
ダニエルはアイボウから降り、従者たちへ指示を出している壮年の男性へ声をかけた。
「あの……よろしければ、僕がお手伝いをしましょうか?」
「少年よ、気持ちは有り難いのですが……あなた一人が加わったところで、状況が好転するとは思えないのですよ」
「僕が魔法で馬車を持ち上げますので、馬で引いてくだされば脱出できるかと」
「あなたは『神の餞』持ちでしたか。指輪の色は銀色。ほう、無属性とは珍しいですね。ということは……」
『神の餞』持ちだから、ダニエルが貴族だと気づいたようだ。
壮年男性は、興味深げにアイボウを見ている。
「そちらの魔道具で、持ち上げてくださるのですか?」
「えっと……土壁を作って持ち上げます」
「でも、あなたは土属性ではないですよね?」
「そうですが、この魔道具で土の壁は作れます」
ジョウカ魔法を説明するのは、非常に難しい。
百聞は一見に如かずと、ダニエルは現物を見てもらうことにした。
「試しに壁を出しますね。ジョウカ!」
目の前にポンと現れた一メートルほどの高さの壁に、壮年男性だけでなく従者たちも目を丸くしている。
「壁の高さは自在に調節できますので」
「な、なるほど。噂に違わず、かなりの使い手ですね」
「噂ですか……」
「失礼いたしました。主に確認をいたしますので、少々お待ちください」
男性は馬車へ戻り、誰かと話をしているようだ。
ふと窓からの視線を感じると、閉じられたカーテンの隙間から少女がこちらを見ていた。
青みがかった金髪に水色の瞳を持つ、可愛らしい子だ。
ダニエルと目が合うと、再び閉じられてしまった。
しばらくして、壮年男性と護衛騎士と見られる男が馬車から降りてくる。
後ろには、青みがかった金髪の若い男性と、先ほどの少女の姿があった。




