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Fake New Yorker  作者: 成
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3/4

Ⅲ Speakeasy

二軒目に選んだのは、金融街の近くにあるスピークイージーだった。

入口は古いビルの地下にあり、目印らしい目印はなかった。細い階段を下り、重い扉を開ける

と、外の冷気と街の音が一度に消えた。

店内には琥珀色の光が浮いていた。

仕事帰りの金融マンたちが、ネクタイを緩め、昼間とは別の人間になろうとしていた。

男の隣には黒いドレスの女性が座り、女性の隣には、その夜だけ自信を持つことに決めた別の男が立っていた。

スピークイージーにいるドレスアップした女性は、深く考えなければ、たいてい綺麗だった。

遠くから見れば、大抵のものは綺麗に見える。

マンハッタンも、成功者も、酔った女も、誰かの人生も。

近づくと、匂いがする。

萌が店へ入ると、何人かの客が一度だけ会話を止めた。そして止めたことを彼女に気づかれな

いよう、少し大きな声で話し始めた。

萌はその一連の動きを見ないふりをした。

見ないふりをすることにも、技術が必要だった。

小さなステージでは、四人組のジャズバンドが演奏していた。ピアノ、ベース、ドラム、サックス。

ピアノの音は薄い氷のように透き通り、酒で熱くなった頭を少し冷ました。

謙はギネスを、萌はシャンパンを頼んだ。

成はカクテルメニューを開き、値段を一度だけ見た。

その一瞬を誰にも見られていないことを確認してから、サンジェルマン・スプリッツを注文し

た。

演奏が静かになった時、成は父親の背中を思い出した。

子どもの頃、家族がまだ味噌汁を飲んでいる途中に、父親が突然席を立ち、居間のピアノへ向

かうことがあった。

誰にも説明せず、一曲だけ弾く。

弾き終えると、何事もなかったように食卓へ戻った。

成は曲名を知らなかった。今流れている曲と同じだったのかどうかも分からなかった。

音楽について深く考えるようになったのは、もっと後のことだった。

萌は目を閉じていた。

明後日には日本へ帰る。昨日着いたばかりなのに、ニューヨーク滞在の半分はもう終わってい

た。

去る時間が決まった瞬間から、目の前にあるものは過去になり始める。

五番街の光。ブルックリン橋。買い物袋。ベラの目。白いパスタ。窓から見えた街。

萌はニューヨークにいるのに、なぜか日本へ帰った後の寂しさを先に感じていた。

成ともっと話したいと思った。

ただ、成と話すと、いつも少し悲しい気持ちになった。

成は人の人生を動かすようなことを言う。扉を開け、遠くにある街を見せる。そのあと、自分だけ

先に歩いていく。

演奏が速い曲へ変わると、客たちは身体を揺らし始めた。

成は立ち上がり、近くにいた若い客たちと話し始めた。五人ほどの輪ができ、十分もしないうち

に、その中心は成になった。

大きな身振りを使いながら話し、誰かが言葉を挟むと、すぐにその話を拾って笑いへ変えた。周

囲の人間は、次は自分が話したいという顔をしていた。

成が場へ入ると、空気が少し動いた。

謙は、そのことを認めていた。

成の自信は、空っぽの演技ではなかった。彼は実際に働き、実際に外国へ出て、実際に自分の

道を作ってきた。言葉だけでなく、身体ごと前へ進んできた。

だから人は彼についていった。

萌は少し離れた場所で、四人の男たちに囲まれていた。彼らは全員、萌を見ていた。しかし、萌

本人ではなく、それぞれの頭の中にいる萌を見ているようだった。

萌は笑い、写真に応じ、名前を覚えているふりをした。

誰かに褒められた瞬間だけ、彼女の表情から何かが消えた。

謙はエスプレッソ・マティーニを飲んだ。

自分は成や萌の友人でありながら、二人をステージ上の人間のように見ていた。

彼は形のないものに惹かれることが多い。

誰かが言わなかった言葉。会話の後に残る沈黙。名前のつかない関係。音楽が終わった後も空

中に残っているように感じる音。

観察することは、謙の知性だった。

同時に、自分の人生へ参加しないための方法でもあった。

成が席へ戻ってきた。

「金曜日は疲れるな」

「ずいぶん楽しそうだったけど」

「楽しむのにも体力がいる」

成はカクテルを一口飲んだ。

「成」

「何だ」

「萌とお前の関係は何なんだ」

成は笑った。

質問されることを待っていた人間の笑い方だった。

「ここじゃ長くなる」

「短く言えよ」

「無理だな」

「恋愛ではないんだろ」

「まったく違う」

成は萌の方を見た。

「萌をホテルへ送った後、リッツの上のバーへ行こう。そこで話す」

「どうしてリッツなんだ」

「高い場所で話した方が、良い話に聞こえるから」

萌が戻ってきた。

「二人で何を話してたの?」

「君の悪口」

成が言った。

「あら。私がいない時にしか言えないのね」

「いる時にも言えるよ」

「じゃあ言って」

成は少し考えた。

「頑張って酔っぱらってる」

萌の笑顔が止まった。

一秒ほどして、彼女は笑った。

「そう見える?」

「少しな」

成はその日いちばん柔らかい表情をした。

萌はシャンパンの残りを飲んだ。

「酔うのにも才能が必要なのよ。私は昔より下手になったの」

その言葉だけは、謙に向けられているように聞こえた。

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