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Fake New Yorker  作者: 成
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2/4

Ⅱ 白いアラビアータ

翌日の夕方、謙と成はイースト・リバー沿いを歩いていた。

空気が澄んでいた。ブルックリン橋の向こうで、ロウアー・マンハッタンの高層ビルが、薄い冬の

空へ細い光を立てていた。

成は昼まで仕事をしていた。職場から戻ると、ベラの散歩を済ませ、シャワーを浴び、黒いタート

ルネックへ着替えた。

ベラの水を新しくしてから自分の支度を始めるのが、成の順番だった。

「腹減ってるか」

成が聞いた。

「普通」

「お前はいつも普通だな」

「人間は毎日、空腹か満腹のどちらかでいる必要はない」

「その考え方でよくアメリカに住めるな」

レストランへ着いてしばらくすると、萌が両腕に買い物袋を下げて現れた。

「遅れてごめんなさい」

「今来たところだよ」

謙が言った。

「その袋、両腕だけじゃ足りないだろ」

成は立ち上がり、萌の返事を待たずに半分を受け取った。

「半分は日本で売るの」

「お前、インフルエンサーじゃなくて輸入業者なのか」

「両方よ」

三人は赤ワインを一本頼んだ。

萌は窓際の席へ座り、外を歩く人々を眺めた。信号が変わる前から、誰もが少しずつ車道へ出て

いた。ニューヨークでは、待っている人間ほど、待っていない顔をする。

「この辺に住んでるなんて、返り咲いたわね」

萌が成に言った。

成は少し考えた。

「返り咲くって、一度枯れてる前提だろ」

「そういう意味じゃないわよ」

「じゃあ、どういう意味だ」

「本当に戻ってきたのね、っていう意味」

成は何も言わなかった。

ウェイターがワインを注いだ。

「日本は今、世界の注目を集めてるわね」

萌が言った。

「円が安いからな。日本人にとっての不安が、外国人にはセールに見えてる」

「ニュースを見てると、明日にでも国がなくなりそうだけどね」

謙が言った。

「日本のニュースは、毎日少しずつ人を落ち込ませるようにできてる」

「心配してるふりをしながらな」

成はグラスを持った。

「昨日謙と話してたんだけど、親父が働いている会社の人が、五十代で初めて履歴書を書いたらしい。

俺たちの世代は会社が一生守ってくれるなんて最初から信じてない。でも、ずっと信じさせられた後で

梯子を外されるのはきつい」

「昔は選べない苦しさがあった」

萌が言った。

「今は、選び続けなきゃいけない苦しさがあるわね」

「選べる方がいいだろ」

成が言った。

「本当に?」

萌は聞き返した。

萌はグラスをテーブルの上で半回転させた。

「仕事も、住む国も、結婚相手も、全部選べるようになった。でも、選んだあとまで、もっと良いも

のが画面に出てくるのよ」

成は笑った。こういう話になると、彼は答えが出る前に結論を持っている。

「選んだ人間の責任だろ」

萌は呆れたように眉を上げた。

「あなたはいつもそう言うわね」

謙はピザの端を折った。

「責任って言えば、大抵の話は終わるな」

「間違ってるか?」

「半分は正しい」謙が言った。

萌はワインを飲んだ。

「正しい人って、半分だけ正しい時がいちばん面倒なのよ」

謙は笑った。

「謙は日本に住みたいと思う?」

成が聞いた。

「たまにな。ただ、日本に住んだら日本人になれるわけじゃない」

「お前は日本人だろ」

「日本へ行くとアメリカ人って言われる。アメリカにいると日本人って言われる。便利だよ。どっち

にも完全には入らなくていい」

「ずるいわね」

萌が言った。

「日本も外国人に来てほしいとは言うけど、彼らに日本人になってほしいとは思ってないのよ」

萌は窓の外を見た。

「観光客として来て、お金を使って、写真を撮って帰ってくれるのが一番安心なんでしょうね」

「でも高齢化を考えれば、海外の人材は必要だぜ」

成が言った。

「優秀な人間が住みたくなる国にしないと」

「優秀じゃない人間は来ちゃ駄目なのか」

謙が聞いた。

「そういう意味じゃない」

「国が人間を選ぶ時は、だいたいそういう意味になる」

隣のテーブルの男が、こちらを向いた。

「日本の方ですか」

英語だった。彼は去年、仕事で三週間ほど東京と京都に滞在したという。隣にいた女性は、京都

で一度だけ坐禅をしたことがあるらしかった。

「ひとつ不思議だった」

男は言った。

「東京の電車では、あれだけ人がいるのに、誰も人の顔を見ないでしょう。あれは礼儀なのか、そ

れとも孤独なのか、最後まで分からなかった」

成は少し考えた。

「たぶん両方です」

萌が笑った。

「日本人は、人に迷惑をかけないことはとても上手なの。でもそのせいで、助けてって言うのはあ

まり上手じゃない」

「ニューヨークは逆だな」

謙が言った。

「頼んでなくても事情を全部説明してくる」

皆それぞれに頷き、それにつられるように笑いが広がった。

それから女性が言った。

「ニューヨークでは、瞑想って自分を良くするためにやるでしょう。でも京都では、自分を少し小さく

するためにやっているように見えた」

成は一度、彼女の側から日本を眺め直した。

「それは、外から見た日本だから見えるものかもしれないね」

隣の男性は、その話を聞いているあいだから何度か口を開きかけていた。彼にもまた、日本で見

つけた何かがあり、それを誰かに話したくて仕方がないらしかった。

「僕はね、古いものと新しいものが同じ場所にあるのが好きだった」

そう言って、少し身を乗り出した。

「寺の横にコンビニがあって、その向こうを新幹線が走っている。アメリカにはあまりない時間の

重なり方だった。来年は日本の地方を旅したいと思っている」

成は返事をしようとしたが、ウェイターが大きな白い皿を運んできた。

白いアラビアータだった。

トマトの赤はどこにもなかった。クリームにも見えたが、香りは軽く、唐辛子とニンニクの匂いが

立っていた。皿の中央で、白いソースをまとったパスタが湯気を上げていた。

萌はしばらく皿を見つめた。

「これをアラビアータと呼んでいいの?」

「赤い必要はどこにもない」

成が言った。

三人は食べ始めた。

その後の五分間、誰も話さなかった。

「どうだ」

成が聞いた。

「おいしい」

萌が答えた。

「だろ」

「一理あるな」

謙も言った。

「赤い必要はなかった」

成は本当にうれしそうだった。

白いアラビアータを発見したことが、自分の仕事の成功より重要であるかのように振る舞った。

二本目のワインが半分ほど減った頃、萌が成に聞いた。

「彼女はいないの?」

「いない」

「どうして?」

「ニューヨークへ来てまだ半年だ。今は仕事だよ」

「いつまで仕事なの」

「四十くらいまでには結婚したい」

謙が顔を上げた。

「四十まで待つのか」

「男として一番価値が高くなる頃だろ。金銭的にも、精神的にも、時間にも余裕が出る」

「その時、ただの四十歳になってたらどうする」

「その可能性は考えてない」

「だろうな」

萌がグラスを置いた。

「女性を株みたいに話すの、やめた方がいいわよ」

「別に女性だけの話じゃない。俺自身も含めた市場の話だ」

「もっと悪いわ」

成は笑った。

「萌は今の彼と結婚するのか」

「たぶんね」

「たぶん?」

「彼は今、パパの会社を手伝ってるし、自然な流れだと思う」

成はそれ以上聞かなかった。

萌はワインを飲み干し、空になったグラスを見つめた。

父親。恋人。家業。フォロワー。結婚。年齢。

彼女には選択肢が多いように見えた。実際には、どの道にも先に誰かの名前が書かれていた。

「成は自由でいいわね」

しばらくして、萌が言った。

「自由?」

「行きたい国へ行って、仕事も変えて、何でも自分で決めてきたでしょう」

「自由って、決めた後の責任まで自分で持つことになるから、しんどい時もあるよ」

「そうね」

萌は笑った。

「だから、あなたは自由なのよ」

それが褒め言葉なのかどうか、成には分からなかった。

二十代の後半になってから、成が日本の友人から受け取る長い連絡は、たいてい結婚式の案内

になった。

海外に長くいると、それさえ少なくなった。

日本へ帰っても、昔のように夜が終わるまで会える友人はほとんどいなかった。六時半までな

ら。子どもを風呂に入れないと。明日は保育園があるから。そんな言葉が予定の前後につくよう

になった。

昔は朝まで飲んでいた男と、今では九十分だけビールを飲む。会話には住宅ローンや保育園や

妻の仕事が混ざった。成の方には、飛行機とホテルと仕事と、次に住みたい国の話があった。

ときどき成は、自分だけが取り残されているように感じた。

でも翌日には、自分の方がずっと遠くまで進んでいるようにも感じた。

たぶん、どちらも少し違っていた。

彼らはもう、同じ時計を見ていなかった。

食事を終える頃には、三人とも酒が回っていた。

成と謙は酒に強かったが、まったく酔っていないとは言えなかった。萌は身体を少し揺らし、笑う

回数を増やしていた。

謙には、彼女が酔いを楽しんでいるというより、真剣に酔っぱらおうとしているように見えた。

何かを忘れるためではなく、何かを感じるために。


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