↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の人生、サービス終了まであと六日らしい  作者: みき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/21

三日目 ③

 駅までの道は、それほど混んでいなかった。


 仕事帰りの人は多いが、昨日の雨のように急いでいる人はいない。風も弱く、歩くにはちょうどいい夜だった。


 悠真と美月は並んで歩いた。


 少し前まで話していたのに、今は会話が途切れている。


 気まずいわけではない。


 ただ、美月が転職について話してから、悠真は何を言えばいいか分からなくなっていた。


「ねえ」


 美月が先に口を開く。


「ん?」


「さっきの話なんだけど」


「転職?」


「うん」


「何?」


「もし、本当に遠くに行くことになったらさ」


 美月は前を向いたまま言った。


「寂しい?」


 悠真はすぐには答えられなかった。


 聞かれると思っていなかった。


「俺が?」


「他に誰がいるの」


「いや……」


 美月が横を見る。


「どうなの?」


 普通に答えればいい。


 さっき店の中で感じたことを、そのまま言えばいい。


 遠くに行ったら寂しい。


 今日も会えて嬉しかった。


 明日も会えたらいいと思っている。


 それだけだ。


 けれど、口を開くと違う言葉が出た。


「まあ、ちょっとは」


 美月が止まった。


 悠真も二歩ほど進んでから止まる。


「ちょっと?」


「いや、まあ」


「ちょっとなんだ」


 美月が笑う。


 冗談っぽい笑い方だった。


「そういう意味じゃなくて」


「いいよ、別に」


「何で怒ってるんだよ」


「怒ってない」


「怒ってるじゃん」


「怒ってません」


「じゃあ何」


「何でもない」


 美月はまた歩き出す。


 悠真も隣へ戻った。


「だってまだ決まってないんだろ?」


「そうだけど」


「だったら今から寂しがってもしょうがないじゃん」


「別に今から落ち込んでって言ってるわけじゃないよ」


「じゃあ何て言えばよかったんだよ」


「知らない」


「何だそれ」


 二人の間に少しだけ沈黙が落ちる。


 美月は数歩歩いてから、息を吐いた。


「ごめん」


「何が?」


「変なこと聞いた」


「いや」


「忘れて」


「でも」


「本当にいいから」


 美月は笑った。


 今度は少し自然な笑い方だった。


「転職もまだ決まってないし」


「うん」


「応募するかどうかも迷ってる」


「そうなの?」


「うん」


「じゃあ何で今日話したの?」


「……誰かに聞いてほしかったから」


「俺でよかったの?」


「悠真だったから話したんだけど」


 悠真は何も返せなかった。


 美月が少しだけ前を歩く。


 その言葉の意味を考える。


 自分だから。


 それが高校時代からの友人だからなのか。


 最近また会うようになったからなのか。


 それとも別の理由があるのか。


 分からない。


 でも、悪い気はしなかった。


「美月」


「何?」


「さっきの」


「何?」


「寂しいかってやつ」


 美月が振り返る。


 悠真は言葉を探した。


 本当は、今言えばいい。


 普通に寂しい。


 行ってほしくないと思った。


 その一言でいい。


「……いや」


「何?」


「やっぱいい」


 美月が目を細める。


「それ私のやつ」


「うつった」


「悪いところばっかりうつるね」


「美月が言うなよ」


 また少し笑い合う。


 結局、本当のことは言えなかった。


 駅が見えてくる。


 改札前まで来ると、美月が立ち止まった。


「じゃあ帰るね」


「うん」


「明日は仕事?」


「仕事」


「私も」


「普通そうだろ」


「そうだけど」


 美月は少し迷ってから言う。


「じゃあ、また連絡する」


「うん」


「悠真からしてもいいんだよ?」


「分かってる」


「本当に?」


「するよ」


「いつ?」


「そのうち」


「ほら」


 美月が笑う。


「冗談だって」


「最近それ多い」


「じゃあ明日」


「……うん」


「また明日」


 美月は手を上げ、改札を抜けていった。


 悠真は少しの間その背中を見送った。


 帰りの電車。


 空いた席に座る。


 窓には自分の顔が映っていた。


「ちょっとは、か」


 今さら自分の言葉を思い出す。


 何であんな言い方をしたのか。


 別に格好つける必要もなかった。


 美月とは高校時代からの友人だ。


 遠くに行ったら寂しい。


 それくらい普通に言えばよかった。


 スマートフォンを取り出す。


 美月とのトーク画面を開く。


『さっきの話だけど』


 打つ。


 消す。


『遠く行ったら普通に寂しいよ』


 そこまで打った。


 指が止まる。


「……今送るのも変か」


 また消す。


 電車が動き出す。


 窓の外へ町の明かりが流れていく。


 家に着いてから送ればいい。


 いや、明日会った時でもいい。


 その方がちゃんと伝わる気がする。


 美月からメッセージが来た。


『家着いたら連絡して』


 悠真はすぐ返す。


『了解』


 少しして、もう一件。


『今日は話聞いてくれてありがと』


『何もしてないけど』


『聞いてくれたじゃん』


 悠真は画面を見つめた。


『転職、頑張れよ』


 打ってから、また違う気がして消す。


 結局、


『また話聞くよ』


 と送った。


 美月から、


『うん』


 とだけ返ってくる。


 それから少しして、


『じゃあまた明日』


 悠真は小さく笑った。


『また明日』


 送信する。


 家に帰ったら、ちゃんと言おうと思った。


 でも家に着いて、風呂に入り、夕食を済ませる頃には、少しだけ気持ちが落ち着いてしまった。


 今日言わなくてもいい。


 明日がある。


 明日になったら、美月にちゃんと言えばいい。


「普通に寂しいって」


 一人で口にしてみる。


 思ったより簡単な言葉だった。


 スマートフォンをベッドの横に置く。


 明日なら言える。


 今日より少しだけ、素直に。


 悠真はそう思いながら目を閉じた。


 言わなかった言葉は、まだ間に合うものだと信じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。