四日目 ①
昼休みの少し前、悠真のスマートフォンが短く震えた。
仕事中だったので、すぐには見なかった。資料を一つ仕上げ、上司へ送ってから画面を開く。
高校時代の友人、佐々木からだった。
『懐かしいの出てきた』
その下に写真が何枚か送られている。
「何だこれ」
一枚目を開く。
高校三年の文化祭。
教室の前で何人かが並んでいる集合写真だった。
悠真は端の方にいる。今見ると、髪も長いし、制服の着方も適当だった。
隣には美月。
笑いながら、片手で小さくピースをしている。
悠真は画面を少し拡大した。
「……若いな」
「何見てんの?」
田中が横からのぞこうとする。
「高校の写真です」
「例の子いる?」
「何でそれ聞くんですか」
「いるんだな」
「いますけど」
「見せて」
「嫌です」
「いいじゃん」
「自分の昔の写真見せるの恥ずかしいんですよ」
「じゃあその子だけ」
「もっと嫌です」
田中は笑いながら自分の席へ戻った。
悠真はもう一度写真を見る。
昨日、美月に言えなかった言葉を思い出した。
遠くへ行ったら、普通に寂しい。
結局、まだ言えていない。
メッセージ画面を開く。
写真をそのまま美月に送った。
『佐々木から来た』
既読はすぐについた。
『うわ』
『何その反応』
『若い』
『まだ十八だろ』
『悠真、髪長い』
『そこ?』
『制服もぐちゃぐちゃ』
『一日目にも言われた』
『事実だから』
悠真は笑う。
少しして、美月からもう一件届く。
『この写真、覚えてる』
『俺も』
『文化祭の最後の方だよね』
『たぶん』
『たぶん禁止』
『じゃあそう』
そこで少し間が空く。
悠真はもう一度写真を見る。
当時は気にしていなかったが、二人の距離は思ったより近かった。
肩が触れそうなくらいだった。
そのうえ、美月の顔は少し赤いようにも見える。
気のせいかもしれない。
そう思っていた時、美月からまたメッセージが届いた。
『この時、私すごい緊張してた』
悠真は思わず画面を見直した。
『なんで?』
すぐには返事が来ない。
一分。
二分。
昼休みの時間になり、周りの社員が立ち始める。
「水瀬、飯」
「今行きます」
スマートフォンを置こうとした時、画面が光った。
『秘密』
「またかよ」
小さくつぶやく。
「何が?」
田中が聞く。
「何でもないです」
「最近それ多いな」
「うつったんです」
「誰から?」
「……友達です」
「例の子?」
「飯行きましょう」
悠真は立ち上がった。
昼食を食べながらも、頭にはさっきの写真が残っていた。
美月が緊張していた理由。
文化祭。
二人で写真を撮った。
それだけなら緊張する理由はない。
少なくとも悠真なら。
いや、自分は当時かなり緊張していた。
好きだったから。
「水瀬」
「はい」
「またぼーっとしてる」
「してません」
「最近してる」
「田中さんまで言うんですか」
「その子にも言われる?」
「何回か」
「じゃあしてるんだよ」
田中が笑う。
悠真は返事をせず、味噌汁を飲んだ。
午後になってからも、美月から連絡はなかった。
こちらから聞き直そうかと思ったが、「秘密」と言われたばかりだ。何度も聞くのも変だろう。
仕事が終わる頃、美月からやっとメッセージが来た。
『今日ちょっと遅くなる』
『仕事?』
『うん』
『了解』
『何が了解なの』
『いや、なんとなく』
『今日会う約束してないよ』
『そうだった』
送ってから、悠真は少しだけ恥ずかしくなった。
ここ数日、毎日会っていた。
だから今日も会うものだと勝手に思っていた。
美月からすぐに返事が来る。
『会いたかった?』
指が止まる。
『別に』
そう打って、消す。
『まあ』
それも消す。
結局、
『最近毎日会ってたから』
と送った。
少しして、
『そっか』
だけ返ってくる。
それが少し不満そうにも見えた。
文字だけでは分からない。
悠真はまた打つ。
『美月は?』
今度はすぐ既読になった。
返事は少し遅かった。
『少し』
悠真は画面を見つめた。
『少しなんだ』
送る。
昨日、自分が美月に言ったのと同じ言葉。
美月も気づいたらしい。
『仕返し?』
『違う』
『絶対仕返し』
『美月が昨日言ってたから』
『じゃあ本当は?』
また返事に困る。
悠真は歩きながら考えた。
本当はどうなのか。
今日会わないと聞いて、少し残念だった。
それは確かだった。
『少しよりは』
送る。
今度は、美月からなかなか返事が来なかった。
駅に着く頃、やっとスマートフォンが震えた。
『私も』
その二文字を見て、悠真は立ち止まりそうになった。
後ろから来た人を避け、ホームの端へ寄る。
何と返せばいいのか分からない。
いつもなら冗談の一つでも言えるのに、今日は言葉が出てこない。
少しして、美月からもう一件。
『仕事終わったら電話していい?』
『いいよ』
『たぶん九時くらい』
『分かった』
『寝ないでね』
『まだ寝ない』
『前に十時前に寝たことあるじゃん』
『高校の時だろ』
『覚えてる』
悠真は少し笑った。
美月は、自分でも忘れていたようなことをよく覚えている。
それが最近、妙に嬉しい。
帰宅して、夕食を済ませる。
風呂にも早めに入った。
時刻は八時四十分。
まだ二十分ある。
悠真は机の上に置いてある卒業アルバムを手に取った。
あの日の文化祭のページを開く。
美月が「緊張していた」と言った写真とは別のものだが、同じ日の写真が何枚か載っている。
教室。
飾り付け。
クラスのみんな。
美月。
昔の自分。
「何で緊張してたんだろ」
口にしてから、答えが一つしかないような気がした。
でも、そんな都合のいい話があるだろうか。
高校時代。
自分は美月が好きだった。
もし美月も。
「いや」
悠真はアルバムを閉じた。
勝手に期待するのはよくない。
それに、もしそうだったとしても六年前の話だ。
今とは違う。
そう思ったところで、スマートフォンが鳴った。
画面には、
『朝倉美月』
の名前。
悠真は一度息を吐いてから通話ボタンを押した。
「もしもし」
『お疲れ』
「お疲れ」
『起きてた?』
「まだ九時だぞ」
『悠真なら寝てるかと思った』
「俺を何だと思ってるんだよ」
『高校の時、修学旅行で十時に寝た人』
「朝早かったんだよ」
『みんなまだ起きてたのに』
「今は起きてる」
『じゃあよかった』
美月の声が耳元で笑う。
それだけで、さっきまで考えていたことが少しどうでもよくなった。
「仕事大変だった?」
『ちょっとだけ。でも終わった』
「そっか」
『うん』
短い沈黙。
でも切ろうとは思わなかった。
美月も同じなのか、通話はそのまま続いていた。
「で」
『何?』
「写真」
『ああ』
「何で緊張してたの?」
『まだ聞くの?』
「気になるから」
『秘密って言ったじゃん』
「じゃあ何で緊張してたって言ったんだよ」
『言いたくなったから』
「理由になってない」
『いつか教える』
「そのうちじゃなくて?」
『悠真みたいにはしません』
「どういう意味だよ」
『そのまま』
美月が笑う。
悠真も少し笑った。
答えはまだもらえなかった。
でも、電話は始まったばかりだった。




