一日目 ③
家に帰ってからも、なかなか眠る気になれなかった。
時刻は十一時を過ぎている。
明日も仕事。
いつもなら動画を少し見て、そのまま寝る時間だった。
けれど悠真は、ベッドに寝転がりながらスマートフォンの写真を眺めていた。
美月と再会したからだろう。
急に高校時代が懐かしくなった。
「どっかに写真あったよな」
スマートフォンには大学以降の写真しかほとんど残っていない。
悠真は起き上がり、クローゼットの下に押し込んである段ボール箱を引っぱり出した。
実家を出た時、母親がまとめて持たせてきた物だ。
卒業アルバム。
昔の教科書。
大学受験で使った参考書。
捨ててもよさそうな物ばかりだった。
「よく持ってきたな、これ」
卒業アルバムを開く。
今見ると、全員幼く見えた。
自分もそうだ。
「髪長っ」
高校三年の悠真は、前髪が目にかかるくらい伸びていた。
美月が今日、
『制服ぐちゃぐちゃだった』
と言っていた意味も分かる。
ページをめくる。
体育祭。
文化祭。
修学旅行。
部活動。
クラス写真。
そして、文化祭の日の写真に手が止まった。
「これ……」
教室の前。
悠真と美月が二人で並んでいる。
誰が撮ったのかは覚えていない。
美月は制服の上からクラスで作ったエプロンを着ていた。
悠真は頭に変な飾りをつけられている。
二人とも笑っていた。
写真を見た瞬間、その日のことがかなり鮮明に戻ってきた。
文化祭が終わったあと。
教室を片づけて。
夕方までみんなで話して。
駅まで美月と二人で帰った。
途中で美月が、
『今日楽しかったね』
と言った。
自分は、
『来年もやればいいじゃん』
と言った。
『来年は卒業してるでしょ』
『じゃあ大学で』
『違う学校だったら?』
『その時考える』
確か、そんな会話だった。
「その時考える、か」
今と大して変わっていない。
悠真は苦笑した。
美月のことが好きだと自覚したのは、高校二年の終わり頃だった。
告白しようと思ったことは何度かある。
けれど二人で話す関係を壊したくなかった。
もう少ししたら。
文化祭が終わったら。
受験が終わったら。
卒業式の日に。
卒業式では、美月を探した。
見つけた。
話もした。
結局、何も言わなかった。
『じゃあ、またね』
最後はそれだけだったと思う。
それから本当に六年会わなかった。
「好きだったな」
小さく言う。
過去形にした。
そうするのが一番自然な気がした。
今日会って少し楽しかったからといって、六年前の感情と今の感情を同じにするのは違う。
美月には美月の六年がある。
自分にも自分の六年がある。
そう思いながら、もう一度写真を見る。
「……まあ」
次に会った時でいい。
もっと話してみれば分かる。
そもそも明日になれば、今日の妙な高揚感も少し落ち着いているかもしれない。
悠真は卒業アルバムを閉じた。
段ボールへ戻そうとして、少し考える。
結局、アルバムだけは机の上に置いた。
ベッドに戻る。
スマートフォンを手に取る。
美月とのメッセージ画面。
『ちゃんと次もあるからね』
『分かってる』
『また今度は禁止』
そこまで見て、悠真は少し笑った。
『じゃあ次いつにする?』
そう打ってみる。
送信ボタンの上で指が止まる。
「……明日でいいか」
文章を消した。
時刻は十一時四十一分。
ニュースアプリを開く。
寝る前に見るのが習慣だった。
国内。
経済。
スポーツ。
地域。
上から順番に軽く眺める。
途中、一つの記事を開いた。
『ページを表示できません』
「あれ」
戻る。
別の記事を押す。
同じ。
『ページを表示できません』
もう一度戻る。
最初から記事の画像が表示されていなかった。
「通信悪いのか?」
Wi-Fiはつながっている。
動画サイトも開ける。
試しにブラウザを立ち上げると、普通に検索できた。
「アプリの不具合かな」
その程度にしか思わなかった。
ニュースアプリを閉じる。
少しして、もう一度開いてみる。
さっきまで表示されていた記事が何件か消えていた。
「更新されたか」
悠真はスマートフォンを充電器につないだ。
部屋の電気を消す。
暗くなる。
布団に入って目を閉じる。
明日の仕事のこと。
昼に何を食べるか。
美月から連絡が来るか。
そんなことをぼんやり考える。
今日の朝までは、美月と再会するなんて思ってもいなかった。
人生というのは、たまにこういうことが起こるらしい。
でも別に急ぐ必要はない。
明日もある。
今週もある。
来月も。
来年も。
時間なら、いくらでもある。
だから美月に聞きたいことも、自分が言いたいことも、次に会った時でいい。
また今度でいい。
悠真はそう思いながら眠りについた。
机の上には、開かれていない卒業アルバムが置かれていた。
画面を消したスマートフォンには、美月との最後のメッセージが残っている。
『また今度は禁止』
その言葉を悠真が本当の意味で理解するのは、まだ少し先のことだった。
*
SYSTEM NOTICE
SERVICE TERMINATION SCHEDULED.
残り時間――
あと六日。




