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俺の人生、サービス終了まであと六日らしい  作者: みき


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4/21

二日目 ①

 昼休みになったのは、十二時を少し過ぎた頃だった。


 水瀬悠真は午前中に届いたメールを最後まで返してから、椅子の背にもたれた。昨日は帰宅してから昔の卒業アルバムまで引っぱり出したせいで、いつもより寝るのが遅くなっている。


「水瀬、飯行こうぜ」


 田中が財布を持って立っていた。


「今日はカップ麺じゃないんですか」


「何の話?」


「昨日、来月からカップ麺って言ってたじゃないですか」


「まだ今月だろ」


「絶対来月も同じこと言いますよね」


「来月の俺を信用しろ」


「一番信用できないやつです」


 そんなことを言いながら立ち上がったところで、机の上のスマートフォンが震えた。


 何となく画面を見る。


 表示されていた名前に、悠真の足が止まった。


『今日暇?』


 朝倉美月。


 昨日会ったばかりなのに、もう連絡が来た。


「どうした?」


 田中が横から聞く。


「いや、何でもないです」


「その顔で?」


「どんな顔ですか」


「ちょっと嬉しそうな顔」


「してません」


「女?」


「違います」


「答えるの早いな。女だな」


「高校の同級生です」


「女じゃん」


「そういう意味じゃなくて」


「はいはい」


 田中は楽しそうに笑いながら先に歩き出した。


 悠真はもう一度画面を見る。


『今日暇?』


 短い一文。


 昨日、美月は「また今度は禁止」と言っていた。


 だからと言って、次の日に誘ってくるとは思っていなかった。


『仕事』


 そう返すと、すぐに既読がついた。


『知ってる』


「じゃあ何で聞いたんだよ」


 思わず声に出す。


『仕事終わった後は?』


『特に予定ない』


『じゃあ暇じゃん』


『仕事してる人に今日暇?って聞くなよ』


『細かいなあ』


 悠真は少し笑った。


『何かあるの?』


 しばらくして返事が来る。


『買い物付き合って』


『何買うの』


『まだ決めてない』


『それ買い物って言う?』


『見てから決めるの』


『一人で行けば』


 送ってから、少し冷たかったかと思った。


 取り消そうとしたところで、美月から返ってくる。


『嫌ならいいけど』


 たったそれだけ。


 悠真は数秒画面を見つめた。


『行くよ』


『どっち』


『買い物』


『最初からそう言えばいいのに』


 最後に笑っているスタンプが届いた。


「水瀬、置いてくぞ」


「あ、はい」


 悠真はスマートフォンをポケットにしまい、田中を追いかけた。


 昼食は駅近くのラーメン屋だった。


 田中は大盛りに餃子まで付けていた。


「ランドセル代は?」


「それとこれは別会計」


「財布は一つですよね」


「うるさいな。ところで、さっきの同級生」


「何ですか」


「最近会ったの?」


「昨日、六年ぶりに」


「それで今日また会う?」


 悠真は箸を止めた。


「何で知ってるんですか」


「顔」


「だから俺、どんな顔してるんですか」


「分かりやすい顔」


 田中はラーメンをすすったあと、何でもない調子で続けた。


「昔好きだったとか?」


「何でそうなるんですか」


「反応がそうだから」


「違います」


「じゃあ違うんだな」


「……高校の時は、まあ」


「ほら」


 田中がにやりとする。


「昔の話です」


「本人には?」


「言ってません」


「何で?」


「何でって……言う必要なかったからですよ」


「好きだったのに?」


「その時はいろいろあるじゃないですか。受験とか、卒業とか」


「卒業した後は?」


「大学が別だったんで」


「連絡は?」


「そのうちしようと思ってたら六年経ちました」


 言ってから、自分でもひどい話だと思った。


 田中も少しあきれた顔をする。


「お前の『そのうち』、長いな」


「昨日も似たようなこと言われました」


「その子に?」


「はい」


「じゃあ今日はちゃんと行けよ」


「行きますよ」


「明日になったら気が変わるかもしれないぞ」


「今日の約束ですから」


「そうじゃなくて」


 田中は何か言いかけて、やめた。


「まあいいや」


「何ですか」


「別に」


「気になるんですけど」


「そのうち教える」


「それ俺のやつじゃないですか」


 二人で笑った。


 午後の仕事は、いつもより少しだけ長く感じた。


 急ぎの仕事があるわけではない。むしろ普段より順調だった。それでも時々時計を見てしまう。


 五時半を過ぎる。


 美月からメッセージが来た。


『終わりそう?』


『あと少し』


『駅前いる』


『早くない?』


『暇だから』


『俺には今日暇?って聞いたくせに』


『私は暇なの』


 悠真は資料を保存した。


 田中が横からこちらを見る。


「行ってこい」


「まだ何も言ってません」


「顔」


「その顔判定やめてもらえます?」


「明日結果教えろよ」


「何の結果ですか」


「知らん」


 悠真はため息をつきながら会社を出た。


 駅前まで歩く。


 昨日美月と再会した交差点を通った。


 ほんの一日前のことなのに、少し前の出来事のように感じる。


 待ち合わせ場所に着くと、美月は駅ビルの入口近くに立っていた。


 悠真を見つけると軽く手を上げる。


「お疲れ」


「待った?」


「十分くらい」


「先に見てればよかったのに」


「一人で見てもつまんないじゃん」


 美月は当たり前のようにそう言った。


「で、何買うの?」


「服とか」


「とか?」


「靴とか」


「決まってないじゃん」


「だから見てから決めるって言ったでしょ」


「俺いる?」


「いる」


「何のために」


「荷物持ち」


「帰るわ」


「冗談だって」


 美月が笑いながら悠真の少し前を歩く。


 その背中を追いながら、悠真はふと思った。


 昨日の朝まで、この人と今日一緒に買い物をするなんて想像もしていなかった。


 六年間、一度も会わなかった。


 それなのに一度会ってしまえば、昔みたいに話せる。


「悠真」


「ん?」


「これどう思う?」


 美月が一枚のシャツを自分の体に合わせていた。


「いいんじゃない?」


「ちゃんと見て」


「見てるよ」


「何色がいい?」


「今持ってるやつ」


「これ?」


「うん」


「理由は?」


「美月っぽい」


 言ったあとで、自分でも少し恥ずかしくなった。


 美月は何も言わず、シャツをもう一度見る。


「……じゃあこれにしようかな」


「そんな簡単に決めるの?」


「悠真がいいって言ったから」


「俺、服分かんないよ」


「知ってる」


「じゃあ聞くなよ」


「いいの」


 美月はシャツを持ってレジへ向かった。


 悠真はその後ろを歩きながら、昨日よりも少しだけ意識してしまう自分に気づいていた。


 高校時代の好きだった気持ち。


 それが単に懐かしくなっているだけなのか。


 それとも、まだどこかに残っていたのか。


 今はまだ分からない。


 だから、急いで答えを出す必要もないと思った。


 店を出ると、美月が紙袋を悠真に差し出した。


「はい」


「何」


「荷物持ち」


「冗談じゃなかったのかよ」


「半分冗談」


「半分は本気じゃん」


「持ってくれる?」


「一個だけだろ」


 悠真は紙袋を受け取った。


「ありがと」


 美月が笑う。


 その顔を見てしまうと、断るほどのことでもなかったと思う。


「次どこ行く?」


 悠真が聞いた。


「疲れた?」


「まだ一軒しか行ってないだろ」


「じゃあ、もうちょっと付き合って」


「はいはい」


「その言い方、昔から変わってない」


「美月も人使い荒いの変わってない」


「そんなことないよ」


「文化祭の時、俺に全部荷物持たせたの誰だよ」


「あれは悠真が持つって言ったんでしょ」


「言わされたんだよ」


「そうだっけ?」


「都合の悪いことだけ忘れるな」


 二人は笑いながら次の店へ向かった。


 昨日よりも距離が近い。


 それでも悠真は、その変化をまだ「恋」と呼ぶほどには考えていなかった。


 ただ、一つだけ確かなことがあった。


 今日、美月から連絡が来た時。


 少し嬉しかった。


 それだけだった。


 今は、それだけで十分だった。

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