六日目 ②
喫茶店を出たあと、二人は本屋へ向かった。
美月が新しい小説を見たいと言ったからだった。
「悠真って本読む?」
「たまに」
「何読むの?」
「何でも」
「またそれ」
「本当に何でも読むんだよ」
「恋愛小説は?」
「ほとんど読まない」
「何で?」
「恥ずかしい」
「読むだけで?」
「何かむずむずする」
「悠真らしい」
「美月は?」
「読むよ」
「好きなの?」
「結構好き」
美月は棚から一冊取った。
表紙を見せる。
「こういうの」
「どんな話?」
「ずっと友達だった二人が、大人になってから恋人になる話」
悠真は数秒止まった。
「……狙ってる?」
「何が?」
「いや」
美月が笑う。
「偶然」
「絶対嘘だろ」
「本当だって」
「買うの?」
「うん」
「じゃあ貸して」
「恋愛小説読まないんじゃなかった?」
「ちょっと気になる」
「じゃあ読み終わったら貸す」
美月は本を持ってレジへ向かった。
悠真はその後ろ姿を見る。
読み終わったら。
その言葉が自然に未来を作る。
来週か。
再来週か。
いつになるか分からない。
でもその時も美月と会う。
それが当たり前のように思えた。
本屋を出たあと、ゲームセンターへ行った。
美月がクレーンゲームの前で止まる。
「これ欲しい」
小さな白い猫のぬいぐるみ。
「取れるの?」
「悠真取って」
「無理」
「やる前から?」
「こういうの苦手」
「じゃあ私やる」
美月が百円玉を入れる。
一回目。
動かない。
二回目。
少しだけずれる。
三回目。
「惜しい」
「全然惜しくないだろ」
「今のは惜しい」
「あと何回やるの」
「取れるまで」
「怖いな」
結局、千円以上使っても取れなかった。
「もうやめろって」
「あと一回」
「さっきも言った」
「今度こそ」
美月がもう一度操作する。
アームがぬいぐるみをつかむ。
持ち上がる。
二人とも少し前へ出る。
「いけ」
「いけいけ」
ぬいぐるみが落ちる。
「……」
「……」
穴のすぐ横。
「惜しい!」
「これは惜しい」
「でしょ!」
美月が本気で悔しがっている。
「次俺やる」
「え」
「一回だけ」
「取れる?」
「知らん」
悠真が百円玉を入れる。
適当に位置を合わせた。
「そこ?」
「うん」
「もうちょっと右じゃない?」
「美月失敗してるんだから黙って」
「ひどい」
ボタンを押す。
アームが降りる。
白い猫をつかむ。
持ち上げる。
「お」
「え、待って」
そのまま穴の上。
落ちた。
「取れた」
「嘘」
美月が景品口からぬいぐるみを取り出す。
「一回で?」
「才能あるかも」
「私の千円返して」
「知らないよ」
美月は猫のぬいぐるみを見て、それから悠真を見る。
「これ、もらっていい?」
「美月が欲しかったんだろ」
「でも悠真が取った」
「じゃああげる」
「ありがと」
美月は嬉しそうに抱えた。
「大事にする」
「そんな大げさな」
「最初のプレゼントじゃん」
悠真の動きが止まる。
「プレゼント?」
「違う?」
「いや、まあ」
「じゃあ最初のプレゼント」
「付き合ってもないのに?」
言った瞬間。
二人とも黙った。
美月がぬいぐるみを見る。
「……そうだね」
声が少し小さくなる。
「いや」
悠真はすぐ続ける。
「そういう意味じゃなくて」
「分かってる」
「今日言うから」
美月が顔を上げた。
「うん」
「だから、それ持ってて」
「……うん」
今度の返事は少し嬉しそうだった。
ゲームセンターを出る。
昼を過ぎている。
二人は簡単に昼食を済ませ、そのあと昔通った高校の近くまで歩いた。
休みの日だから、校内は静かだった。
運動部の声が少し聞こえる。
「ここ、何回来たんだろ」
美月が言う。
「毎日だろ」
「三年間だから……すごい回数だね」
「考えたことないな」
「普通は考えないよ」
校門から少し離れた道を歩く。
卒業式の日に話した場所も通った。
美月がそこを見て足をゆるめる。
「ここ」
「覚えてる」
「昨日話したところ」
「うん」
「本当に覚えてる?」
「美月が『またね』って言って帰った」
美月が少し驚く。
「そこまで?」
「その時は普通だと思ってたけど」
「そっか」
「美月は?」
「覚えてるよ」
「何考えてた?」
「言おうかなって」
「昨日の話?」
「うん」
「でも言わなかった」
「言えなかった」
二人は立ち止まる。
昔はここに制服姿で立っていた。
今は二人とも大人になっている。
「もっと早く、こういうことしてればよかったね」
美月が言った。
「こういうこと?」
「一緒に出かけたり。話したり」
「高校の時も話してただろ」
「学校ではね」
「じゃあ俺が誘えばよかった」
「ほんとだよ」
「美月も誘えばよかったじゃん」
「私は待ってたの」
「何を?」
美月がこちらを見る。
「悠真が誘ってくれるの」
「……分かるわけないだろ」
「だから鈍いって言ったの」
「そんなに?」
「かなり」
「高校の俺に言ってくれ」
「今日言ってる」
「遅いな」
「お互いね」
二人は笑った。
笑ったあと、少しだけ静かになる。
悠真は思う。
本当に、もっと早くこうしていればよかった。
六年前。
五年前。
一年前。
何なら一週間前でも。
でも、過ぎた時間は戻らない。
今できることをするしかない。
「美月」
「何?」
「夕方、ちょっと行きたいところある」
「どこ?」
「川沿い」
「この前の?」
「うん」
「分かった」
そこで言おう。
悠真は決めた。
ちゃんと顔を見て。
昔好きだったこと。
今も好きなこと。
全部。
美月は何も知らず、白い猫のぬいぐるみを抱えて歩き始めた。
その姿を見ながら、悠真も隣へ並んだ。
午後の空は青かった。
少し遠くを見ると、雲の形が妙に変わらないような気もした。
けれど、そんなことを気にする理由はなかった。




