五日目 ②
美月は駅前の柱にもたれて待っていた。
悠真を見つけると、すぐに手を上げる。
「お疲れ」
「お疲れ」
「今日は早いね」
「仕事終わったからすぐ来た」
「珍しい」
「それ今日何回目だよ」
「だって本当に珍しいから」
「そんなに俺、今までひどかった?」
「高校の時、待ち合わせに五分前に来たこと一回もなかった」
「遅刻はしてないだろ」
「毎回ちょうど」
「いいじゃん」
「私は十分前に来る人だったの」
「それは美月が早いだけ」
「そういうことにしとく」
美月は笑いながら歩き出した。
「店、予約してないけど大丈夫かな」
「平日だしいけるだろ」
「またそうやって適当」
「入れなかったら別のところ行けばいい」
「それはそうだけど」
二人で歩く。
もう、並んで歩くことにもほとんど違和感がなくなっていた。
数日前までのぎこちなさが薄れている。
店は少し落ち着いた雰囲気の洋食店だった。
窓際の二人席。
注文を済ませる。
美月はメニューを閉じたあと、少しだけ息を吐いた。
「今日ね」
「うん」
「転職のこと、また考えてた」
「この前の?」
「うん」
悠真は自然と姿勢を正した。
「何か決まった?」
「まだ」
「応募は?」
「それもまだ」
「迷ってる?」
「結構」
美月はテーブルの上に置いた水のグラスを指で軽く回した。
「前は、もう出てもいいかなって思ってたんだよね」
「こっちから?」
「うん」
「何で?」
「ずっと同じところにいるのもどうかなって思って。仕事も変えて、住む場所も変えて、知らないところ行ってみようかなって」
「美月、そういうの好きそう」
「どういう意味?」
「行動力あるし」
「昨日までの私はね」
「昨日まで?」
美月がこちらを見る。
「今はちょっと迷ってる」
「仕事の内容?」
「それもあるけど」
「じゃあ何?」
料理が運ばれてきた。
一度会話が止まる。
二人とも店員に礼を言い、食事を始めた。
少しして、美月が続ける。
「こっちにいたい理由ができたから」
悠真の手が止まった。
「理由?」
「うん」
「何?」
「言わない」
「またそれ」
「今日は本当に言わない」
「そんな大事なこと?」
「私にはね」
美月はスープを一口飲んだ。
悠真はその横顔を見る。
こっちにいたい理由。
数日前までなかった。
今はある。
その数日の間にあった大きな変化といえば。
自分と再会したこと。
そこまで考えて、悠真はすぐに否定する。
そんな都合のいい話ではない。
友人かもしれない。
家族かもしれない。
仕事かもしれない。
「何その顔」
美月が聞く。
「どんな顔?」
「また考えてる」
「ちょっと」
「何を?」
「美月が残りたい理由」
「聞いても教えないよ」
「分かってる」
「じゃあ考えなくていいじゃん」
「気になるだろ」
「気になる?」
「うん」
美月が少し笑う。
「じゃあ、もう少し気にしてて」
「何それ」
「いつか分かるから」
「そのうちじゃなく?」
「今日は『いつか』」
「大して変わらない」
「そう?」
二人は笑った。
食事を続ける。
話題は別のものへ移る。
仕事の愚痴。
最近見た映画。
美月が買ったシャツ。
「昨日着てた?」
「着てない」
「じゃあいつ着るの」
「今度」
「また今度?」
「普通の今度」
「普通の今度って何」
「近いうち」
「俺の言い方みたいになってるぞ」
「悠真のがうつった」
「悪いところばっかり」
「じゃあ直してよ」
「そのうち」
「ほら」
美月は笑った。
食事を終えて店を出る。
夜風は少し涼しかった。
「寒くない?」
悠真が聞く。
「少し」
「上着は?」
「持ってない」
「また?」
「今日は雨降ってないからいいの」
「関係ないだろ」
「暑いと思ってたんだもん」
美月が腕をさする。
悠真は自分の薄い上着を脱いだ。
「着る?」
「いいよ」
「寒いんだろ」
「悠真が寒くなるじゃん」
「俺は平気」
「ほんと?」
「いいから」
美月は少し迷ってから受け取った。
「ありがと」
袖を通す。
少し大きい。
「変じゃない?」
「全然」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ借りる」
二人は並んで歩く。
悠真は美月が自分の上着を着ていることを妙に意識してしまう。
「悠真」
「何?」
「さっきから静か」
「別に」
「また考えてる?」
「少し」
「何」
「言わない」
「私の真似?」
「便利だから」
美月が笑う。
しばらく歩いてから、美月がぽつりと言った。
「残ってもいいかなって、最近思ってる」
「こっちに?」
「うん」
「いいんじゃない?」
「そう思う?」
「美月がそうしたいなら」
美月は前を向いたまま、少しだけ笑った。
「悠真は、残ってほしい?」
また。
また、こういう質問だ。
数日前なら、きっと適当にごまかしていた。
昨日も。
でも今日は。
「うん」
思ったより早く言えた。
美月がこちらを見る。
「……そうなんだ」
「何その反応」
「いや」
「残ってほしいよ」
悠真は続けた。
「最近毎日会ってるし。せっかくまた会うようになったのに、すぐ遠く行かれたら普通に寂しい」
言えた。
三日目に言えなかった言葉。
美月は何も言わない。
「何?」
悠真が聞くと、美月は少しだけ顔をそらした。
「いや」
「今度は美月が黙るの?」
「ちょっとだけ」
「何で」
「嬉しかったから」
小さな声だった。
でも聞こえた。
悠真も何も言えなくなる。
二人はそのまま歩いた。
さっきまでより少しだけ距離が近くなっている気がした。




