五日目 ③
駅へ向かう途中、美月が急に足を止めた。
「ちょっと遠回りしていい?」
「いいけど」
「こっち」
美月が曲がったのは、高校へ続く道だった。
「また学校?」
「今日は前まで行かない」
「じゃあ何」
「ちょっと歩きたいだけ」
「いいよ」
悠真も隣を歩く。
街灯が並ぶ静かな道。
この時間になると、高校生の姿もほとんどない。
「さっきの話」
美月が言った。
「転職?」
「違う」
「じゃあ何」
「残ってほしいって言ってくれたこと」
「ああ」
「ちゃんと言えるようになったね」
「何が」
「寂しいって」
「前言えなかったから」
「覚えてたんだ」
「そりゃ覚えてるよ」
「あの日、ちょっとへこんだんだよ」
「ごめん」
「今さら?」
「今さらでも」
美月は笑った。
「じゃあ許す」
「軽いな」
「ちゃんと言ってくれたから」
少し歩く。
高校の校舎が遠くに見えた。
美月がそこへ目を向ける。
「卒業式の日、覚えてる?」
「まあ」
「何してた?」
「写真撮って、みんなと話して」
「そのあと」
「そのあと?」
悠真は記憶を探る。
「美月とちょっと話した」
「覚えてるんだ」
「校門の近くだろ」
「うん」
「確か、美月が先に帰った」
「そう」
美月は少しだけ歩く速度を落とした。
「あの日さ」
「うん」
「悠真に言いたいことあったんだよね」
悠真も歩く速度が落ちた。
「何?」
「結局言えなかった」
「何を?」
美月はすぐには答えない。
数歩進む。
「言ってたら、何か変わってたかな」
「分からない」
「そうだよね」
「でも、何だったの?」
悠真は聞く。
美月がこちらを見る。
その表情は、いつもの冗談を言う時とは違った。
「明日教える」
「……また明日?」
「うん」
「今言えよ」
思わず言った。
美月が少し笑う。
「珍しいね」
「何が」
「悠真が今言えって言うの」
「最近、美月が途中で止めすぎなんだよ」
「じゃあ、明日まで待って」
「何で明日なの」
「ちゃんと言いたいから」
「今でもいいだろ」
「今だと、たぶんちゃんと言えない」
美月はそう言って前を向いた。
悠真はそれ以上聞けなかった。
自分にも分かる。
言いたいのに、言えないことがある。
高校時代からずっとそうだった。
「悠真もさ」
美月が言う。
「何?」
「高校の時好きだった人、まだ教えてくれてないよね」
「美月もだろ」
「じゃあ明日」
「え?」
「お互い明日言わない?」
悠真は美月を見る。
「好きだった人?」
「うん」
「六年前の話を?」
「そう」
「今さら?」
「今さらだから」
美月は少しだけ笑った。
「言えるかも」
悠真の胸が少し早くなる。
答えはもう決まっている。
朝倉美月。
それだけ。
「……分かった」
「約束ね」
「うん」
「逃げないでよ」
「逃げない」
「本当に?」
「今度はちゃんと言う」
美月が微笑む。
「じゃあ私も言う」
二人は再び歩き始めた。
明日。
たった一日。
それなのに、悠真には少し長く感じた。
聞きたい。
できれば今。
でも同時に、自分も明日まで時間が欲しかった。
美月の名前を口にするだけなのに。
それが六年前にできなかった。
今なら。
今度こそ。
言える気がした。
駅前が見えてくる。
美月は悠真の上着を脱いだ。
「はい」
「もう寒くない?」
「大丈夫」
「着てていいのに」
「このまま持って帰ったら、明日絶対会わないといけなくなるじゃん」
「別にいいだろ」
美月が少し止まった。
「……それもそうだね」
「じゃあ持ってく?」
「いい」
「どっちだよ」
「明日会う理由、上着じゃなくていいから」
美月は上着を悠真へ返した。
悠真は受け取る。
「じゃあ明日」
美月が言う。
「うん」
「逃げないでね」
「美月も」
「私は逃げない」
「本当?」
「本当」
美月は改札へ向かった。
数歩進んでから振り返る。
「悠真」
「何?」
「明日、ちゃんと教えるから」
「俺も」
美月は笑った。
「また明日」
「また明日」
悠真は、その背中が見えなくなるまで見送った。
明日は、美月の好きだった人を知る。
そして自分も言う。
たったそれだけ。
でも、その「明日」が今までのどんな明日よりも少しだけ特別に思えた。




