五日目 ①
朝、目を覚ました時から、悠真は美月のことを考えていた。
昨日の電話。
二時間十二分。
高校時代の好きだった人の話。
そして最後に交わした、
「また明日」
目覚ましを止めてから、しばらく天井を見上げる。
美月から連絡が来るのを待つ。
いつもなら、そうしていたと思う。
けれど昨夜は、自分から連絡すると言った。
「……ちゃんとする、か」
布団の中でスマートフォンを開く。
まだ七時前。
さすがに今送るのは早い。
悠真は一度画面を閉じた。
顔を洗い、朝食を食べ、着替える。
家を出る直前。
もう一度スマートフォンを見る。
今ならいいだろう。
『おはよう』
送る。
数秒で既読になった。
『おはよう』
思ったより早い。
『起きてた?』
『今起きた』
『早いな』
『悠真から連絡くるかもって思ってた』
指が止まる。
『昨日言ったから』
『覚えてたんだ』
『信用なさすぎ』
『六年分あるから』
『またそれ』
美月から笑っているスタンプが送られてくる。
そのあと、少し間が空いた。
『今日も仕事終わるの同じくらい?』
『たぶん』
『じゃあ』
そこで一度、メッセージが途切れた。
悠真は待った。
昨日までなら、美月が続きを送ってくるのをそのまま待っていただろう。
今日は、自分から打った。
『今日会える?』
送信。
送った直後、少しだけ緊張する。
ただ会うだけ。
ここ数日毎日会っている。
それなのに、自分から誘っただけで、今までとは違う気がした。
美月の返事はすぐだった。
『会えるよ』
その下に、
『悠真から誘った』
と続く。
『そんな珍しい?』
『かなり』
『じゃあ取り消す』
『だめ』
『冗談』
『知ってる』
悠真は笑った。
駅へ向かって歩きながら、スマートフォンをポケットにしまう。
今日は昨日より少しだけ気分が軽かった。
会社に着く。
席へ座ると、田中がこちらを見る。
「水瀬」
「何ですか」
「いいことあった?」
「何でですか」
「今日は朝から顔が明るい」
「そんな変わらないですよ」
「例の子?」
「何で全部そこにつなげるんですか」
「当たってるから」
悠真は返事をしなかった。
田中はそれを見て笑う。
「昨日は?」
「電話しました」
「何時間?」
「二時間くらい」
「それはもう普通の同級生じゃないだろ」
「昔から電話してたんですよ」
「今は高校生じゃないぞ」
「分かってます」
「で、今日も会う?」
「……会います」
「ほら」
「何がほらなんですか」
「ちゃんと進んでるじゃん」
「何がですか」
「自分で考えろ」
田中はそう言って仕事へ戻った。
悠真もパソコンを開く。
仕事を始める。
けれど、いつものように集中できないわけではなかった。
むしろ今日は不思議と仕事が早く進んだ。
やることを片づければ、美月に会える。
そのことが頭のどこかにあった。
昼休み。
美月からメッセージ。
『今日何食べたい?』
『何でもいい』
『それ一番困る』
『前に美月が言ってた』
『じゃあ今日は私が決める』
『お願いします』
『また洋食でもいい?』
『いいよ』
『じゃあこの前とは違う店探す』
『了解』
やり取りが自然になっている。
数日前まで、六年も連絡を取っていなかったとは思えない。
悠真はふと思う。
もしあの日、駅前で会わなかったら。
美月とこうして毎日話すこともなかった。
高校時代に好きだった気持ちも、そのまま昔のものとして残っていたはずだ。
人生は、何がきっかけになるか分からない。
そんなことを考えながらスマートフォンを置く。
午後。
社内の一部システムがまた重くなった。
「またか」
田中が画面を何度かクリックする。
「最近多いですね」
「機械も疲れてるんじゃない?」
「田中さんみたいに?」
「俺はまだ元気」
「昨日早く帰ったじゃないですか」
「娘との約束だから」
「お風呂入れました?」
「入った。来年も入ってくれるかな」
「まだ六歳ですよね」
「子供は急に成長するんだよ」
田中は少しだけ寂しそうに笑った。
「今できることは今やっとかないとな」
悠真はその言葉を聞いて、少しだけ手を止めた。
「何?」
「いや」
田中は気づいていない。
悠真自身も、なぜその言葉が引っかかったのか分からなかった。
今できることは、今。
それはきっと普通の話だ。
悠真は仕事へ戻った。
午後五時四十分。
今日は残業しなくて済んだ。
パソコンを閉じる。
「じゃあ行ってきます」
悠真が言うと、田中が笑う。
「今日は報告しろよ」
「何を」
「知らん」
「毎回それじゃないですか」
「じゃあ、ちゃんと言えたかどうか」
「何をですか」
「それも自分で考えろ」
「意味分かんないですよ」
「そのうち分かる」
「またそれ」
田中は笑いながら手を振った。
「じゃあまた明日」
「はい。また明日」
悠真は会社を出た。
駅前へ向かう。
今日は、美月が待っている。
そう思うだけで、歩く速度が少しだけ速くなった。




