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第23話 番外編  誕生のとき

ある静かな夜、縁側から夜空を眺めていた翠蓮は、ふと思いついたことを口にしてみた。


「そういえば……私が生まれた夜には、真っ赤な尾を引く彗星がいくつも流れたって、お父様が言っていたわ。まるで天を燃やし尽くすようだったって」


隣でお茶を飲んでいた景安が、不意にその手を止めた。伏せられていた長い睫毛まつげが上がり、その凪いだ瞳が、微かに見開かれる。


「……柳姑娘。その彗星が流れたのは、冬の終わり、激しい地鳴りが起きた夜ではありませんか」

「えっ? ええ、そうよ。なんで知ってるの?」


驚いて顔を覗き込むと、景安はふっと視線を落とし、どこか自嘲気味に口元を綻ばせた。その少し寂しげな微笑みに、翠蓮の胸が小さく、きゅっと音を立てる。


「その夜、この霊山では、吹雪が収まらず、人も獣も閉じ込めるような異常な寒波が起きました。……それが、私がこの世に生を受けた瞬間です」


「え……?」


「師匠は生前、よく言っていました。『天脈の器』たる私が生まれた夜、あまりの禍々しい冷気に、山が死にかけた、と。しかしその時、遥か南の空を焼き尽くすような『烈火の彗星』が走り、その熱量によって、私は辛うじて生を繋ぎ留められたのかもしれない、と」


景安はゆっくりと翠蓮の方へ顔を向けると、ややまなじりの下がった目を、愛おしげに細めた。じっと見つめられ、翠蓮の耳の裏が急速に熱くなっていく。


「同じ年の、同じ夜。世界を凍らせる災いとして生まれた私と、それを遠くから温め、生かしたあなた。……私たちは、生まれた時から、地続きの運命だったようですね」


低く心地いい声が、夜風に乗って鼓膜を優しく揺らす。

あまりにも完璧で美しく、そして甘やかな響きを含んだ言葉。翠蓮は景安の双眸から目が離せない。


「──って、ちょっと待ちなさいよ!!」


じわりと広がりかけた空気を、翠蓮は自らの怒号で力任せにぶち破った。一気に顔が真っ赤になるのが自分でも分かる。


「何よその『生まれた時から運命の二人』みたいな甘ったるい雰囲気は! 偶然よ、偶然! たまたま同じ日に生まれたからって、調子に乗らないでよね!」


立ち上がってまくしたてる翠蓮に対し、景安は少しも動じない。むしろ楽しそうに、いつもの飄々とした目で彼女を仰ぎ見てくる。


「調子に乗ってはいません。それに夢見がちな柳姑娘のことですから、こういう甘美な話は大好物かと思ったのですが。……おや、顔が真っ赤ですよ。お湯でも沸かして熱を冷ましたらどうですか」


「うるさいわね! あんたが沸かしなさいよ、同い年のくせに老いぼれみたいな顔しやがってーーー!」


完全にからかわれていると知り、翠蓮はぷいっと顔を背けて足早に庵の中へと引っ込んだ。

背後から、景安の愉しげな忍び笑いが追いかけてくる。


胸の奥の鼓動が、さっきからうるさいほどに跳ねたままだ。

翠蓮はパタパタと手で顔を仰ぎながら、自分の頑固なまでの照れ屋加減に、心の中で小さくため息をつくのだった。

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